ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記

よなぷー

044完敗

 俺は心臓の動悸どうきがおさまるまでしばらく待つ。今夜は何回命を懸けたことだろう? ケルの軽い体を地面に横たえて、俺はしばし中腰で息を切らした。マンプク王国の首都警備隊は恐れをなしており、弓矢や魔物で追撃してくるということはないようだ。

「アクジョ!」

 ウーザイが飛びついてキスしかねない勢いで、幼馴染の生還を喜んでいた。元許嫁のイナーズは、アクジョのかせを外すのに苦労している。勇者カレイドが代わり、その剣で豆腐のように拘束具の留め具を切り裂いた。木の板が地面に落ちる。

「ありがとうございます、カレイド様。イナーズ、ヒロ、それからウーザイも一応――ありがとう」

 しおらしく感謝の言葉を口にする。一転、倒れたままのケルの背中を足蹴あしげにした。

「何なのよこの小娘! どさくさ紛れに私をさらって! もう少しで殺されるところだったじゃないのよ!」

 俺はアクジョを羽交はがい締めして引きはがした。

「ケルはお前がフゴー家の――商人アキンドの興した
財閥の跡取あととりだと知って、マンプク王国に引き渡したんだ。さっき言ってただろ」

「ええ、アキンドが勇者エイユの遺体を持ち帰って、名誉のかてとしたことを恨んでたんでしょ? 私には関係ないじゃないのよっ!」

 ケルが目覚めたらしい。うめきながら寝返りを打ち、ゆっくり両眼を開けた。

「う……。あ、あたいは……」

 カレイドがあごのひげをなでる。

「俺たちに捕まったんだよ、お嬢ちゃん。逃げようとしたら俺がぶった斬る。うちの野営地に戻るとしようか」

「……分かった」

 俺、アクジョ、ケル、イナーズ、ウーザイ、そして勇者カレイドは、ほりに沿って移動した。アクジョが嫌そうにもらした。

「すごい血の臭い……」

「カイザ王子とヒロがヒロイ救出に動いてる間、連中、色々仕掛けてきたんでね。この俺が蹴散らしてやったのさ」

 勇者は特にえらぶるでもなく、あくびをかましながらそう言った。

 やがて明かりの元――魔王討伐隊の宿営地にたどり着く。マンプク王国の攻撃は途絶えたままだったらしく、見張りを立てて交代制で眠りをとっているようだ。さすがに勇者が2人そろっているので、敵も無駄死には避けたいらしい。

 それまできょろきょろしていたアクジョが、お目当てを見つけて手を挙げ、声をかけようとした。

「カイザ……」

 それは急速にすぼまり、浮上しかけた笑顔と共に消え去る。彼女の視線の先には、食事を取りながら仲良く談笑するカイザ王子と広院の姿があった。アクジョの手が力なく下がる。

 俺は彼女の震える肩を叩いてなぐさめた。

「カイザ王子はヒロイを救出に王都へ乗りこんだが、お前には関心がなかった。今のお前がやるべきは、別の男を見つけることだ。もうあきらめて2人を祝福してやれよ」

 アクジョから歯ぎしりの音が聞こえる。ツインテールの金髪が揺れ、頰を涙が伝った。

「馬鹿っ!」

 彼女は背を向けて走り出した。悲哀ひあいと屈辱にまみれ、ただ感情のままに疾駆しっくする。俺は後を追いかけた。

「待てよアクジョ! 待てってば!」

 またさらわれて人質になってもらっても困る。それに単純な同情が加わって、俺はしばらくアクジョを追走した。

 彼女は運動神経がある方でもない。しばらくしてずっこけ、顔から地面に倒れ伏した。俺は早歩きに切り替え、動かないアクジョのかたわらにたどり着く。号泣する彼女を見下ろして呼吸を整えた。

「泣くなよ、アクジョ」

 悪役令嬢は悲嘆に暮れて土をかきむしる。

「カイザ王子様……! カイザ王子様……!」

 俺はただ黙って、彼女の慟哭どうこくを耳にした。しかしいつまで経っても泣き止まないので、れ物に触るように声をかける。

「戻ろうぜ。みんなの元へ」

「嫌よ!」

 アクジョがいきなり身を起こし、半身の姿勢で俺に訴えた。鋭い眼光だ。

「もう認めるわ。私は泥棒猫に負けたのよ! 完膚かんぷなきまでにね!」

 俺の太ももを殴りつける。何度も何度も、か弱い力で。

「もう嫌……もう帰りたい……。メス猫が現れる前の、あの相思相愛だった幸せな頃に……」

 くたびれたか力尽きたか、アクジョは両手をついてうなだれた。嗚咽おえつをもらし、さめざめと泣く。

「アクジョ……」

 俺は何だか心の奥がもやもやした。彼女の情けない姿に感情が揺さぶられる。自分でもこの現象を持て余して、俺はその場に両膝をついた。そしてごく自然と、アクジョの頭を撫でていた。

「そんななげくな。気持ちは分かるけど――男はカイザ王子だけじゃない。カレイドと一緒に行ったイナーズやウーザイ、俺がいるじゃないか。他にもまだ出会ったことのない奴が、お前に好意を抱いている奴がいるかもしれないんだ。まだ18歳、しかもフゴー財閥の令嬢だ。ちょっと周りを見れば、自分が1人不幸を背負っているなんて思えないはずだ。違うか?」

 駄目だ、どうも上手く言えない。励まし下手な俺だった。アクジョは目元を手でぬぐう。涙は枯渇こかつを知らなかったが、その顔には多少の理解の色が見えた。

 そして、過去を断ち切るように宣言した――やや弱々しげに。

「そうよ、カイザ王子様が何よ。ヒロイが何よ。私を捨てたこと、いつか後悔させてやるんだから。……それにしても――」

 彼女は落涙しながら俺を見据えた。今まで俺に見せたことのない瞳の色だった。

「私の物のくせに、私を慰めようだなんて10年早いわ。この馬鹿」

 そして、アクジョは微苦笑するのだった。

「ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • よなぷー

    ありがとうございます!

    1
コメントを書く