ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記

よなぷー

032ハンニバル

 イナーズがカイザ王子をいさめた。

「殿下、どうか冷静に。貴族の娘1人のために、全員を危険にさらすおつもりですか」

 赤髪の勇者は答えず、緑がかった黒い短髪の勇者に尋ねる。

「カレイド、君はどう思う?」

 無精髭ぶしょうひげの貴族は肩をすくめた。

「俺は王子の命令をとうとびますよ。マンプク王国にも、行けと言われたら行きますがね」

 洒脱しゃだつな姿勢を崩さない。

「向こうは歓迎せんでしょうな」

 紋章官のモンショが――痩せた老人だ――再考をうながす。

「殿下、今一度ご自分の立場をご考慮こうりょせられよ。魔王を倒すと宣言したではありませんか。それをたかが1人の脱落で目的を見失われるのか」

「たかが1人、されど1人だ」

 俺にだって、こうと決めたときのカイザ王子が容易に揺るがないということは、この前会話したときに思い知らされている。彼はヒロイとキスまでしている仲なのだ。

 果たして言った。

「ならお前たちはカレイドと共に王城へ帰還せよ。僕だけでもマンプク王国へ向かい、ヒロイを助け出す」

「そんな無茶な。第一マンプク王国の一味がヒロイ嬢をさらったと、断定できる証拠はないのですぞ」

 ご老体の意見ももっともだ――と考えていたとき、俺はふと思い出した。手を挙げる。

「殿下、用を足しに林へ行ってもよろしいですか?」

「ああ、あまり離れるなよ、ヒロ」

 俺は早歩きで木々の中に分け入っていった。樹木に隠れて、俺は頭上にささやいた。

「『女神』シンセ。応答してくれ」

 さほど待つこともなく、壊れたテレビのように不確かなシンセの姿が目の前に現れた。前回と一緒だ。

 そう、俺は用を足しに来たのではなかった。シンセに広院の現状を聞きに来たのだ。女神は白い平野から俺を眺めていると語っていた。

「ヒロ、神力は有限で、残り少ないのです。私を呼び出したのは広院の件についてですね?」

 俺は消えかかる立体像に早口でまくし立てた。

「そうだ。あいつは誰にどこへさらわれたんだ? マンプク王国で間違いないのか?」

 シンセはもはや透けて消滅寸前だ。声も不明瞭になった。

「はい。犯人はハンニバルという男。マンプク王国の斥候せっこうです。彼はアクジョをさらおうとして、間違えて広院を誘拐してしまったようで……。今はそれに気づかず、また目覚めた広院もアクジョを演じています。今はマンプク王国への途上にあり……」

 そこでテレビの電源を切ったかのように、シンセの映像は目の前から消えた。俺はまた1人となる。くそっ、もう少し聞きたかった。

 にしても、やっぱり黒幕はマンプク王国か。広院はまだ殺されてはいないらしい。アクジョと取り違えたというが、それも影響しているのか……

 そうか。王子周辺の情報を得ていた給仕のスパイは、ゼイタク王国のおりの中だ。舞踏会を襲撃してきたドラゴン使いは、魔物共々殺されている。

 だからマンプク王国側はいまだ気づいていないのだ。カイザ王子とアクジョの婚約が解消されたことに。アクジョを――王子の婚約者として――さらったつもりでいるのだ。

 まあ、どっちにせよ王子にとって大事なひとであることに変わりないか。ただそれはこっちの事情で、敵側はもし広院がアクジョでないと勘付いたら、人質の価値なしとしてその首をかっ切ってしまうかもしれない。妹も明敏めいびんにもそのことに気づいているようだった。

 俺は陣に戻った。まだ王子と冒険者、従者らの会議は続いている。太陽はすっかり昇って緑色の平地を照りつけていた。

 アクジョはふてくされていた。彼女の天敵である広院の誘拐を歓迎しつつも、怒り狂うカイザ王子を見て、複雑な思いに浸っているらしい。

 王子が俺に話しかけてきた。多少は頭が冷めてきたみたいだ。

「ヒロ。ヒロイがさらわれたとき、悪漢は何か言ってなかったか? 敵の容姿は? 細かいことでもいい、何でも教えてくれ」

 俺は少し悩んで、それから頭を振ってはっきり答えた。

「思い出しました。彼は『俺はマンプク王国のハンニバルだ! アクジョはもらった!』と叫んでいました」

 一同はどよめいた。イナーズが目をしばたたく。

「何でそんな大事なこと、今まで黙ってたんだ!」

 このごもっともな意見に、俺はこうやり過ごした。

「恐怖と焦燥しょうそうで、一時的に記憶が抜け落ちていたんです。すみません……」

 ひどく反省しているかのように演じてみせる。お人好しのイナーズは長く息を吐いた。カイザ王子が腰に手を当てて考え込む。

「『アクジョはもらった』と言っていたのか。ヒロイとアクジョを勘違いした……?」

 彼はさっきの俺の思考を辿るように、ヒロイの身の危険にあせりだした。

「やはりマンプク王国へ行くしかないな。ヒロイを取り戻しつつそのまま縦断し、魔王の大陸を目指す。それが最良の選択だ」

 もはや決意は揺るがぬと悟り、一行は王子の前にこうべを垂れた。

 こうして東へ急進していた魔王討伐隊は、進路を南に取って疾走を開始した。ハンニバルと広院の姿に出くわすことはなかった。おそらく仲間と落ち合って、今頃馬にでも乗って祖国を目指しているのだろう。

 2日後、ゼイタク王国との境目さかいめである森に差しかかる。整備済みの街道が馬車には嬉しいが、隊が蛇のように伸びてしまい、防御面に不安があった。

「嫌な予感がするわ」

 馬車の中から薄暗い森林を眺めつつ、アクジョは不吉につぶやいた。

 そしてその第六感は的中した。

「敵だ!」

 左右から鋭い矢が雨のように叩きつけてきた。

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