ブレードパラダイス〜女装少年奮戦記

よなぷー

028旅路へ

 生まれて初めて街の外に出た。三圃制さんぽせいの象徴ともいうべき帯状の畑が前後左右に広がっている。馬4頭立てによる重量有輪犂じゅうりょうゆうりんすきを駆る農民が、俺たち魔王討伐隊に向けて遠くから手を振っていた。

 装備を整えた冒険者や兵士の姿も見える。魔物に農民が襲われないか警戒しているのだ。こちらも、俺らに気づいて何度も頭を下げた。

「久しぶりに街の外に出たわね」

 金髪のツインテールを風になびかせ、隣のアクジョは窓外の牧歌的な光景に視線を投じる。俺と彼女は特別あしらえの3人乗り馬車に並んで座っていた。

 良家のお嬢様だからといって特別扱いはされない。しばらくドレスの着替えは数着のままだし、村や別の街に着くまで入浴もままならない。化粧品も携帯可能な程度しか持ち込めなかった。

 それでもアクジョはウキウキしていた。婚約破棄までいったのに、まだカイザ王子のそばにいられる。そんな幸せがしばらく続くことに無邪気に喜んでいた。これが危険な旅だという認識は毛頭もうとうなさそうだ。

 やれやれ。ただまあ、彼女にふさぎ込まれるよりははるかにマシか。結構美しい顔なんだし、どうせなら笑ってくれていた方がこちらも助かるというものだ。

 出発の前、アクジョの元許嫁いいなずけであるイナーズが、俺たちのもとにやって来た。緑色の豊富な癖っ毛、ワシのような鼻、鎖かたびらに赤と白の鎧かけといった様子だ。

「アクジョ、また10年前のあの数週間のように、カイザ王子共々楽しんでいこう」

 アクジョの幼馴染ウーザイは花をつんで彼女に渡した。駄犬のような筋肉バカは、皮の鎧を窮屈きゅうくつそうに着込んでいる。

「アクジョが行くなら俺だって。きっと守るからよ、期待してくれよな」

 ポニーテールの武闘家ケルはアクジョにというより、俺に挨拶に来た。前でとめる異国情緒あふれる赤い衣装だ。

「あたい、頑張る。ヒロも、負けるな」

 前にアクジョがフゴー家を名乗ったとき、何だかいわくありそうな態度をひらめかせた彼女である。だが今日はアクジョをちらりと見ただけで去っていった。

 一行50余名のうち冒険者1名につき従者1〜2名という編成なので、実質戦力は20名を切る。だがあのアホみたいに強かったカレイドの姿を思い出すたび、勇者さえ健在ならまず大丈夫かと思われた。その勇者はカイザ王子が先頭、カレイドが最後尾について、部隊を守りつつ進撃している。

 乗り心地の良くない馬車の旅は、夕暮れ時に中断した。細い川を渡ったところで皆んな馬を降り、木に繋ぐ。冒険者はまきを拾いに近くの林へ入り、一方付き人たちは野営のテントを張り始めた。俺も協力して火を起こす。たちまち炎が上がってなべがかけられた。

 魔物はいなかった――というより、いたけど逃走したらしい――ため、特に危険もなく燃料組が林から戻ってくる。木材の追加に火の粉が舞った。

 何だか家族でキャンプに行ったときのことを思い出す。まだ俺も小学生で、広院もパリピの気配がなかった頃だ。無性に現実世界が懐かしく思える。親父やお袋、高校の先生や友達などの顔が脳裏に浮かんだ。

 他の従者たちと一緒に野菜のスープを煮込む。俺は誰にも男だと気づかれず――やれやれ――談笑して、この旅初となる夜を過ごしていく。

「闇夜は魔物が強くなるそうだからな。打ち合わせ通り、交替で警戒だ」

 カイザ王子が六ヶ所の焚き火を回りながら、そう注意喚起した。バケツを裏返したような聖なる兜を小脇に抱え、勇者の剣を腰にき、銀に輝く鎧を身につけている。

 彼の後ろにひかえるカレイドは、あの夜同様、ツノの生えたヘルメットにやたらとゴツい金色の装甲をまとっていた。

 もしまたあの悪夢のようなドラゴンが来たら、勇者らには先陣に立って戦ってもらわなければならない。まともな冒険者では太刀打ちできず、火炎放射で焼き殺されるだけだろうから。

 もちろんそのときは、俺も『音撃』で戦わないとな。あの竜のうろこに通じるかどうかは分からないが。

 与えられたスープを食べ尽くして、俺は食器を洗いに川へ向かった。護衛としてイナーズがついてくる。彼の持つランタンの光が頼もしい。

「なあヒロ」

 イナーズが皿やスプーンを洗浄する俺に語りかけた。

「王子もアクジョも婚約指輪を外していたが、何かあったのか?」

 目ざとく気づいたか。別に隠すこともないだろう――無理に広める話でもないが。

「ああ、2人は婚約破棄したんです」

 イナーズはあからさまに仰天し、のどを掴んで白目をむきかけた。「え? え?」と二度聞き返してくる。

「良かったじゃないですか、イナーズさん。これであなたにもまたチャンスが出てきました」

 一拍置いて、彼は俺を怒鳴りつけた。

「何も良くない!」

 そういえばイナーズはお人よしだった。冒険者ギルドで初対面したときも、アクジョの身を思いやっていたっけ。

「そうか、そうだったのか。でもなぜ? お似合いの2人だと思っていたのに……!」

 イナーズは片手で顔の左半分をおおった。まるで自分が傷つけられたかのようにうめく。俺は簡単に説明した。

「舞踏会のホールで、ヒロイって子を短剣で切りつけて怪我を負わせたんです。それで失脚せざるを得なくなって……」

 イナーズが俺の肩を掴んで揺さぶった。

「何で? どうしてアクジョがそんな真似を?」
 
 おっと、喋り過ぎた。これ以上は王子に口止めされてたっけ。

「さあ……。ともかく食器は洗い終わりましたから、戻るとしましょう」

「う、うむ……」

 そのときだった。

 巨大なコウモリが、俺たちを襲ってきたのは。

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