憎悪の英雄

hibiya

第5話 スラム

燃え盛る炎。血みどろの戦場、人々の救いを求める声、それを観測し続けた誰かの記憶。

何度も何度も手を伸ばしては、決して救うことが出来いことを悟った時の苦渋の表情。どれだけの血を流しても、苦しむ誰かの為、争いを止めるべくただ戦い続けていた…気が遠くなるような戦いの後に待っていたのは更なる地獄。終わりのない憎しみの連鎖に身を引き裂かれながらも男はただ歩き続けた。

青年は一度たりともその地獄から逃げ出すことはなかった。目を背けず事実と向き合い、ただ漠然たる理想だけを掲げて人々を導き続けた。

戦いの果て人々からの感謝の念など、ある筈は無かった。


「…ん」

まだ、日も登っていない薄暗い部屋で少女は目を覚ます。誘われるように外に出ると、屋根の上にヘイトが居るのを見つけた。

飛翔フライ

「起きたのか、随分早いな」

頷き返すアリスの表情が少し暗いことから、疑問に思ったヘイトだったが気にせず話題を振ることにした。

「悪い、もしかしたら鍛錬の為に剣を弄ったせいで妙なものを見せたのかもしれん。そのだな…色々考えたんだが王都の学園に、俺達全員編入という形で三日後辺り試験を受けようと思うんだがどうだ?」

「マスターがそう決めたのならそれでいい、私はマスターの命令に従うだけ。でも何故?」

「目的は二つ。一つはアリサ達に経験を積ませる為、もう一つは他国の情報を入手する為だ」

実際アリサ達に関しては、一から調整を行ったため元の力は失われているし、この国のこれからの動向及び他国の動きが史実通りではなくなるからだ。

「わざわざ三日後にしたってことは…」

「そうだ、俺とアリスでアイツらを鍛える。せめて聖剣使いと同程度の強さになってもらわないと今の状態では危うい、何かあった時にいつでも守ってやれる訳じゃないからな」

「分かった。それで気になってたんだけどマスターの剣見てもいい?」

「…別に構わないが」

アリスに、腰に差していた剣を渡すと鞘から剣を抜き何かを呟いた。

『起きなさい、夜兎やと

神々しい光と共に剣の形状が変化していく。光が消えた後、目の前に現れたのは和服姿の女性だった。

「…アリス、命を吹き込んだのか」

「実験のつもりだったけど、成功したみたい」

『初めまして主様、度々に及ぶ調整ありがとうございます』

「感謝されるような事じゃない。それにしてもアリス…色々と弄ってくれたようだな」

この剣には元々、付与効果は一切付けずにいた。それと言うのもこの武器は本気で殺さないように極力そういった類のものを削ぎ落とした欠陥品に仕立てあげたからだ。

「しょうが無い、これだけ側が強力なのに付与効果に手をつけない方がおかしい」

勝手な言い分を言っていたアリスであったが見るからにわかるのだ。これは不味いということが。

「この波動はもはや、聖剣、魔剣と同格かそれ以上だな。しかも…魔力因子を結びやがったな」

「ぶい」

そう言ってピースをしてくるアリス。魔力因子とは、空気中の魔力を剣が吸収し、剣自体が持つ魔力へと変換したものを、所有者の魔力と繋ぎ、同化させることにより実質俺にしか使えない武器に仕立てあげたという事だ。

俺の魔力反応が感知されなければ持ち主とは認められず、鞘から抜くことすら出来ないし、本来の力を発揮することも出来ない。

「はぁ…取り敢えず朝飯にするぞ」

ヘイトはアリスの頭を撫でて家の中に入る。朝食を作る最中、これからの予定について大雑把に話した。この3日間でヘイトとアリスである程度扱いて、聖剣や魔剣に認められる程度に実力をつけること。しばらくは、この国に滞在して、情報を集めること。

「鍛錬を開始する前に、アリス。一人一人の適正を教えて欲しい、魔法分野はアリス担当。剣術、武道の類は俺で分担するからな」

「…アリサは魔法適正。他2人は剣術、魔法どちらも適正」

「なるほど、優先してその2人には剣術を磨いてもらうとしてアリスはアリサを頼む。学園への編入手続きには俺が今から向かうから、後のことは頼む」 

そう言って転移を行い王都の裏路地、通称『墓場』に出る。この場所がこう言われるようになったのには理由がある。

「変わらんな、ここは…」

道と言えるほど整備されていない地面。ボロボロの屋根や衣服。痩せ細った人々。その光景は、何度見ても変わらない。この国以外でもこういう風にスラム街がある国は少なくない。

「おい、アンタ!金目のものをよこしな!悪いけど、こっちも生きるのに必死なんでね!」

俺を呼び止めた少年が握っていたのは、刃渡り数センチ程度の短いナイフだった。周辺を探知すると数十人程で俺の周りを囲んでいるらしい。

「金目のものは渡せないが、変わりに食糧をくれてやってもいい。但し、タダとは行かない。どうする?」

少し間を開けて少年が口を開く。

「…分かった、何をすればいい?」

「ちょっとリオ!」

「戦わずに住むならそれに越したことはない、何より食糧を渡してくれるって言うんだ。聞くだけ聞いてみればいいさ」

どうやら、この少年の名はリオと言うらしい。雰囲気から察するにこの集団のリーダーと言った所か。

「何、別に窃盗や人殺しを頼む訳では無い。そうだな…依頼をする前にお前にその資格があるかどうか試させてもらおう」

ヘイトは、右手を突き出して1本の剣を生み出し地面に刺した。

「抜いてみろ、話はそれからだ」

少年は、恐る恐る剣を握ると勢いよく引っ張った。ふらつきながらも、手にはしっかりと剣が握られていた。

「及第点と言ったところだな、いいだろう。食糧を出す」

整備されていない道に包装された、保存食を大量に出した。歓喜の声を上げていたものが多い中、リオだけはヘイトを凝視していた。

「この剣、普通のじゃねぇだろ…」

「よく分かったな、それは魔剣だ。それを扱えるものはそう多くない」

「だろうな、持ってるだけで魔力を吸われる…。それに何か禍々しい物を感じる」

片膝をついて地面に再び突き刺すと、疲れた様子でヘイトを見ている。

「リーダーであるお前と、そこの集団には全員これから毎日鍛錬をしてもらう。お前達が強くなれば家族や友人、知人だって守る事くらいできるようになる。全てを失う前に強くなり、そして冒険者として金銭を稼げばいい。そうすれば何を失うでもなく、家族に飢えを感じさせず尚且つ、こう言う盗賊の真似事をせずに良くなる」

「冒険者として、か。確かにこれだけの魔剣を持っているアンタなら強いんだろうけど、正直な所どうしてそんな事をしてくれるんだ?今までここに来るような物好きは、大抵貴族の下衆野郎ばかりだった。アイツらは来る度に悪事を企んでいたし、誰も俺たちに救いの手を差し伸べてはくれなかった、だからこそ何故アンタは小汚い俺たちを助けようとしてくれるんだ?」

「簡単な話だ、お前たちが気に入ったからだ。ただの弱き者を大勢救える程俺には力がないが、意思ある者、明日を生きようと足掻いている姿を見て何もしないほど薄情でもないからな」

そんなヘイトを見てリーダーである少年は、ただ一言「そうか」と呟き仲間たちの輪に戻っていった。

「盛り上がってる所悪いんだが、これからの事について話すからよく聞いておけ。予定としては30日程度を目標として強くなってもらうつもりだが、生憎と俺も忙しい身でね、コチラに来れない場合もある。そういった場合は訓練メニューをこなして欲しい。本格的な指導は明日からだが何か質問はあるか?」

特に無いと言った様子で、皆首を横に振る。

「よろしい、では俺はもう行く。明日の昼頃また来る予定だ。ではな」

転移魔法を使い、学園の少し前にある路地に飛ぶ。そこから変身魔法を使い、容姿を16歳頃の肉体へと変化させる。それに伴い執事服のサイズも合わせる。それが終わると今度は学園前にある受付に行き、学園への学費諸々とクラスの選択と言うものを行った。

クラスには2種類あり、単純に剣か魔法のどちらのクラスに所属するかと言うものであった。当然、俺とブリノア、カーミラは剣でアリスとアリサは魔法で登録した。並行して説明と日時についての打ち合わせをしておく。

一仕事終わり、再び路地裏へ行き転移魔法を発動して、家に戻る。

リビングに転がる2つの素体。調整は終わったらしいが、俺が新たに名を与えないと目覚めないと言われていた事を完全に忘れていた為、考えていた名を2人に与える。

「起きろ、エリス(ブリノア)エリサ(カーミラ)」

2人の名を交互に呼び肩を揺すると、徐々に電源が入ったかのように目が開き周囲を確認する。ヘイトがいることに気づくとすぐに跪く。

「「おはようございます、主様」」

アリサと同じ軍服を着た2人を見て、アリスが着せたのだろうなと思いつつ話を続ける。

「堅苦しくして欲しくないんだが…まぁいい、さて2人にはコレからやってもらう事がある。着いてきてくれ」

家の外に出ると既に様々な魔法が使用された痕跡があった。アリス達はどうやらココから移動して10km程離れた場所にいるようだ。お互いに邪魔をしない距離となると逆方向しかない為転移魔法を使用して10km程離れる事にした。

「先ずは2人が聖剣と魔剣、どちらの適性があるかを見る、どちらか好きな方を握ってくれ」

2人の前に聖剣と魔剣を生み出し、突き刺さっている剣を握らせてみると面白い事に2人ともどちらの剣にも適性があった。これはあくまでも憶測に過ぎないが、1度闇を抱えた人間が、キレイさっぱり魂諸々浄化された事で聖剣と魔剣どちらにも適性を持ったのかもしれない。

「取り敢えず、これからお前達に稽古をつける。肉体改造による影響でレベルの消失が起きているようだから稽古が終わり次第レベル上げを行う。スキルの取得、技の鍛錬等やる事は山済みだがやるしかない」

「「了解しました」」


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