取り扱い説明書

増田朋美

あの時

今日は、あの時の事についてお話したいと思います。
本当は、口に出して言う事も、こうして成文化することができたのも、言われてから15年以上たった今日になって、やっとできました。今までは言うだけで激しいパニックを起こし、こうして口に出していう事すらできなかったのです。今でもこうしてキーを打つだけでも、本当にこの悲しみは、ありありと浮かび、目が涙で濡れます。
始まりは、高校三年生になったばかりのころの、全校集会でした。発言したのは学年主任だったと思います。
「本日は人間について、講義する。人間というのは、良い人間と悪い人間とがあり、それをランキング形式で発表していくことにする。」
と、拡声器を持った学年主任は話し始めました。
「まず、一番偉い人間は、医療、介護、福祉についている人間だ。なぜかというと、自分を犠牲にして、他人のために生きようとしているからだ。其れは、社会的にも高く評価されて、自分の未来も、自分の家族の未来も明るくすることが出きる、素晴らしい人間だ!うん、この職業についていれば、誰でも明るい未来を得る事ができる。だから、バカと言われ続けているお前たちだって、この職業についていれば、ある程度挽回することもできる。だから、お前たちは必ずこの職業に就くように!」
この時点で、おかしいと思われる方もいるかと思います。一体どういう意味でこういうセリフを言ったんでしょうか。たぶん今思えば、単に、生徒を黙らせることだったのかと思いますが。
「次に良い人間とされているのは、学校の先生、保育園、幼稚園の先生という人間だ。彼らは、自分を犠牲にして他人を教育していく、良い方へ向かわせようとしているのだから、これもよい人間として見るべきだろう。そして、悪い人間を矯正することができる権限も持っている。ただ、この人間になるのは、バカなお前たちにはできるはずもないから、相当努力しなければならんぞ!」
次の順位はこういう順位でした。できるはずもないとは言っておきながら、同級生の中には教育者になった人も少なからずいます。
「やや悪い人間とされることもあるが、良い人間とされているのは、研究者や文学者などの人たちである。この人たちはおよそ偏屈な名匠で、他人に迷惑をかけることもあるが、研究でよいせいかを得る事ができたときだけ、良い人間とみなされることになる。まあ、お前たちは到底できる職業ではないがな。」
と、学年主任は、言い続けました。一体どういう根拠でこういうセリフを言うのか、私もよくわかりませんでした。
「そして、人間の中で一番悪い人間とされているのが、音楽や美術に属している奴らである。奴らは、自分だけの訳の分からない表現だけを求めて、他人に感謝することもしない最低の人間である。そして、お金を生み出すこともできず、一生親に頼って生活することになる。いいか、親は、最後には死ぬんだぞ。そうなったら、このひとたちは道路で野垂れ死ぬんだ。こういう人間を要請する大学もたくさんあるが、其れは狂人を養成するためにあるところだから、そこを目指すと思っている人は、今すぐここで死んでしまいなさい!」
私は、こんな言葉を言われて、本当に死にたくなりました。同時に、こんな言葉を言われて、絶対
に負けないと思いました。音楽という物は、こんなためにあるではないはずです。そういう事をいわれるために、生きているわけではないでしょう。
「そして、正しい生き方について教えておく、正しい生き方とは、医療、介護、福祉の仕事に就き、自分を犠牲にして他人のために生き、そして今まで育ててくださったおとうさまお母様に、お金を渡して返すというのが正しい生き方である!自分のために生きるとか、自分の技術を身に着けるなどの生き方は、最低な生き方であり、そういう事を求めて生きているような人は、人間として最低だから、今すぐここで死ぬように!」
この言葉を聞くと、今でも死にたくなります。
もう、何も見えなくなって、今すぐ死にたくなります。
私たちは、なぜ生きているのでしょう。
なぜ、生きていなければならないのでしょうか。
いずれにしても、この言葉を言われた時から、私の人生は奪われました。
私の人生は、苦しくつらく、死にたいだけのものになりました。
そして、今、私は、自殺だけが最期の救いとして生きるしかなくなってしまいました。
もう、生きているのに、希望も何もいらないから、
もう、この世とさようならして、安らかな場所へ逝かせてください。
私は、どうして、こんなことをいう教師に出会ってしまったのでしょうか。それはきっとただ一つしか答えがなかったのでしょう。私は、この世に生きているべきではなかったという事だと思います。
きっと、この言葉を言われた通り、私は、死んでいれば、これからくるしむこともなかったのではないかと思います。
そう、あの時、私は死ねばよかったのです。
私は、その通りにならないと誓っておきながら、そのような運命をたどることになってしまった。
そうです、この答えは死ぬことなのでしょう。
神様。
神様、もしいらっしゃるのであれば、私を殺してくれてかまわないから、どうか死なせてください。
これ以上、生きていても仕方ない私を。
これ以上、生きていても仕方ない私を。
これ以上、生きていても仕方ない私を。
殺して下さい。
死なせて下さい。
死なせてください。
ああ、死なせて下さい。
もう、生きて何ていなくていいから、死なせて下さい。
私は、もう、生きていたって、世界が変わるわけでもありませんから。
死なせて下さい。

という、印象があるほどの言葉でした。十五年たった今でも、私はパソコンの前で泣いてしまうほど、辛い言葉でした。
なぜ、あの人はそういう言葉を言ったのでしょうか。

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