俺の学年が勇者として召喚されたが、俺は早速腹黒王族にマークされたようです

イミティ

第29話 無力な自分





 ルナの視線を振り切った俺は、鍵をラウラちゃんではなく女将さんから受け取り、クロエちゃんを連れて隣の部屋へと入る。


 クロエちゃんが落ち着かなさげにしているところに、扉の施錠音が響く。無論、俺が閉めたのだが、その音にビクリと反応する。


 「……そんなに緊張されると、こっちもいたたまれないんだけど」
 「あ、す、すいません……」


 少し雰囲気が妖しい(怪しいではない)ものになってしまったのを悟ったのか、クロエちゃんは謝罪を口にする。


 「いや、構わないけどね。それで、話っていうのは?」
 「はい。えっと、もしかしたら気づいているかもしれませんが、父のことについて、です」


 俺は、やはりかという納得顔をする。まぁ、その父親の方から先に聞かされていたのだから。


 「私の名前は、クロエ・イグゼ・ルートバーン……現国王、セミル・イグゼ・ルートバーンの娘です」
 「だろうとは思っていたけど、やっぱりか」


 俺の言葉に、苦笑いをクロエちゃんはした。
 思っていた驚きが来なかったからだろう。さっき俺が匂わせていたのは、ここでクロエちゃんの反応が止まらないようにするためだったりもする。


 狙い通り、苦笑いで済ませたクロエちゃんは、次へと話を進めていく。


 「私の他には、兄が一人います。父は側室を作らず、母一人しか娶りませんでしたから」


 その手の話は残念ながら俺の知識の及ばないところだが、まぁ理解できないわけじゃない。


 セミルは奥さん一筋だったから、普通の王族にしては子供が少ないと言いたいのだろう。


 ルサイアはあの腹黒王女一人だけだったが、あそこは特殊そうだしな。


 「それで、家出をした理由は?」
 「はい。実は、私は他国の王子との婚約が決まって……」


 ……そういう話か。
 ただの親子喧嘩なら仲を取り持とうと思っていたが、これは単純な話じゃなさそうだな。


 「他国っていうのは?」
 「【マグノギアン】です。そこの第一王子との婚約が決まっていたのですが……」
 「それが嫌だったの?」
 「いえ、そういう訳では……すいません、そうかもしれません。ですが、婚約自体は、私も割り切っていたのです。兄が父の跡を継いだとして、そしたら私は他国へ嫁がなくてはなりませんから。結局は、遅いか早いだけの違い」


 だが、その話は少し矛盾していた。
 割り切っているのなら、家出はしない。ということは、まだ話は終わりではない。


 「ただ、この前突然、破談の知らせが来て……その王子がどうやら新たな人を見つけたようで、そちらの方が気に入ったようです」
 「それならそれで良かったんじゃないの?」


 もちろん、これで話が終わるとは思っていない。単なる相槌に過ぎない。
 案の定、クロエちゃんはフルフルと首を振る。


 「ただ、【マグノギアン】の方は、側室でもいいならと交渉してきています。そして、父も、それを断ることは無いと思います……」
 「……それが嫌で、クロエちゃんは家出してきたと」
 「はい………」


 当初考えていたよりも、事情は複雑だった。


 だが、引っかかるところはある。
 一国の王女を妾にするなど、そしてそれをあの王が容認するなど、有り得ない。つまり、クロエちゃんをどこかに追いやらなきゃ行けないか、そのマグノギアンとどうしても仲を取り持つ必要があるということだろうか。


 「そこまでしてあの王様がする理由は何? 他に嫁がせる先がないとか?」
 「いえ、そういう訳では……ただ、どうしても【マグノギアン】に、謝礼という形で、父は私を送りたいのだと思います」
 「謝礼?」
 「詳しくは言えませんが、この国は【マグノギアン】に対して、大きな借りがあるのです。それを返済しなければ、立場的にこの国は不利になってしまう……父は、その辺りを考えた結果、その交渉を飲むことにしたようです」


 つまり、あの王様も苦渋の決断だったということか。
 現在大国が拮抗した状態であるのは知っている。【ヴァルンバ】もその大国の一つだからな。
 だが、立場が弱くなればその拮抗もなくなる。この国からしたらもちろん、周辺の国もそれは望まないように思える。


 勇者を他国に分散している状態で拮抗が崩れるのはよしとしないだろう。交渉の内容が周りに知られているのかはわからないが、どちらにせよ、拮抗が崩れれば、その原因となったヴァルンバは窮地に陥る。


 ならばこそ、それを防ごうとするセミルの判断は、としては正しいのだろう。


 「私も、その必要性は理解しているんです……でも……妾なんて、あんまりで………」
 「クロエちゃん………」


 消え入りそうな声で言うクロエちゃんに、俺はそう言うだけしかできない。


 相手の顔も知らず、自分の意思すらなく、正妻ですらない。それを、17のクロエちゃんにさせるのは、あまりにも酷というものだ。


 だが、そうしなければ、この国は時間と共に危険になっていく。貴族や国は体裁というものを気にするから、いつまでも借りを返さないと、いろんな面で不利になるだろう。
 他国との交渉なんかが特に顕著なはずだ。それが大きな借りともなれば、尚更。


 俺は、どちらの考えも、気持ちも理解できる。出来てしまう。
 そして、どちらにも共感して、同情してしまう。苦渋の決断をしたセミルにも、それを嫌がるクロエちゃんにも。


 多少の問題ならどうにかするつもりだった。この国の問題なら、ある程度解決できると思っていた。
 だが実際には他国との問題で、それもこちらが不利である立場。俺という個人ではどうしようもならないだろう。


 そう気づいてしまったからこそ、変に慰めをかけられない。
 ただ頷いて、同情して、下手に感情を揺さぶらないようにするしかできない。


 「……トウヤさん、一つ、お願いを聞いてくれませんか?」


 慰めの一つもかけられないでいると、クロエちゃんはそう言いながら、俺に正面からしなだれかかってきた。
 慌てることなく肩を掴んで受け止める。


 「クロエちゃん?」
 「トウヤさん、お願いです。少し、抱き締めてくれませんか?」


 どうしたものかと困惑していると、上目遣いで、そうお願いされる。


 「今のままじゃダメなんです。思うように、体が動かない……」


 恐怖すらも見せる、その瞳が揺れる。触れる体は少し震えていて、柔らかな感触が伝わる。


 「だから、トウヤさん、私を抱き締めてください。勇気をください────そしたら、決心がつきますから」
 「っ」


 俺は息を詰まらせる。その表情に圧倒された、というと適切かはわからないが、クロエちゃんの鬼気迫る表情は、本物だった。


 俺に、助けてくれでは無く、勇気をくれと言った。俺に頼るつもりは無い。自分の力でどうにかする……いや、自分の身を犠牲にこの国を守ろうとしている。
 俺が口を挟む余地はない決意。クロエちゃんの願いに答えることは、今の俺が唯一できることでもあった。


 「……俺が抱き締めれば、決心がつくの?」
 「はい。トウヤさんだからこそ、こんなお願いをするんです。トウヤさんだからこそ、意味があると思うんです……」


 俺だからこそ、意味がある。それは恩人だからか、近くにいる唯一の男だからか、事情を知ってしまったからか。
 どれにせよ、今の俺にできることなんて、ほとんどない。だからただ、クロエちゃんの望むようにするだけだ。


 ───それが例え、本人の意志を挫く〃〃結果になろうと。


 思考の裏で気づきつつ、俺は、クロエちゃんの背中に手を回して、力強く抱き締めた。


 「あっ………」
 「俺にはこんなことしか出来ないけど、これが、クロエちゃんのためになるのなら」


 小さく声を漏らしたクロエちゃんの耳元で、俺は呟く。それは、クロエちゃんだけでなく、自分への慰めでもあった。
 他に何も出来ないのだから仕方ない、そんな、弱音を込めた言葉。


 一秒、二秒と沈黙の時間が過ぎる。密着した身体を伝って、クロエちゃんの心臓が、早鐘を打っているのがわかる。
 対して俺の心臓は……全く変わることがない、規則的なリズムをとっている。


 「……抱きしめられるのって、こんなに気持ちのいいものなんですね」


 ふと、クロエちゃんがくぐもった声で喋る。
 心臓は相変わらずの鼓動を刻んでいるが、クロエちゃんの声音自体は穏やかなものだった。
 恐ろしいほど、静かで、穏やか。


 「温かいというか、心地良いというか」


 俺の背中に、クロエちゃんの細い腕が回される。少し強めの拘束は、身体がよりくっつき、むしろ心地良いものだ。


 「どう? 勇気は貰えそう?」
 「そうですね……わかりません」


 俺が聞くと、クロエちゃんは首を振った。だが、そこにある感情が少し漏れ出る。
 クロエちゃんの拘束が、心なしか強まった。


 「でも、きっと大丈夫、です」


 少し、言葉が途切れる。クロエちゃんの呼吸が乱れ、艶っぽい息遣いが耳に届く。


 「だから、これなら、わたし、も……っ……けっしんが、つけられそう、です」
 「……」


 途切れ途切れの言葉。内容とは裏腹に、俺は更にギュッと締め付けられる。
 温もりを求めるかのような行為、俺はそこにある感情を理解してしまい、何も言えなくなってしまう。
 まるで手放したくないような、先程よりも意志が弱くなってしまったような、クロエちゃんの身体が押し付けられる。


 クロエちゃんの声には、嗚咽が混ざっていた。


 「だから、これで……いいんです。わたしが、ぎせい〃〃〃になる、こと……っ……で………くにが……すくわ、れ、る…………な……ら……………」


 同情とも、哀れみとも取れる感情が、俺を満たそうとする。ネガティブな言葉に、俺は気づいていた。
 クロエちゃんは涙を抑えることが出来なかった。言葉は最早形にならず、嗚咽が大きくなる。


 それを見かねたように、ポンと右手をクロエちゃんの後頭部に置いてやり、更にひきよせる。


 「我慢しなくていい。本当はどうしたかったの?」
 「っ……ほん、とうは………」


 強い拘束と抱擁。クロエちゃんの耳元で、俺はつい、囁いてしまった。
 その抱擁感が、囁きが、俺に抱きしめられることが────クロエちゃんの意志を壊す〃〃、最後の一押しとなった。






 「………っ………ほんとう、は……トウヤさんと………結婚、したかったっ……ぁぁ……ああぁぁぁ………っ!」






 背中に回された手が、服の上から俺の肌を掴む。
 痛みに耐えるように、ただ力が込められる。


 先程までの言葉とは全く真逆の、抑えきれない本心。涙と共に吐かれた言葉は、重く俺にのしかかる。


 決まっている将来。妾という、愛してもらえるかもわからないような立場になることを強制させられてしまっている現実。
 家出すらしてしまい、頼るあてすらなかった。


 そんな圧迫した、切羽詰まったような状況で、俺が入ってしまった。


 妾という将来を決められているからこそ、クロエちゃんは俺という一番近くにいた異性を気にしてしまった。
 それは単純な感情ではない。現状に対する悲観、もう打つ手がないという状況だからこそ、『婚約』という単語からその感情が派生したのだろう。
 どうしようもなくなる前に好きな人を作りたいという、僅かな反抗心。


 俺の演じる『夜栄刀哉』という人物に、期待してしまった。


 それは気づかない程度のものだったはずだ。現に俺は、鋭い方の状態であるにもかかわらず、クロエちゃんの好意には気づいていなかった。
 だが、クロエちゃんの感情の揺れ幅が大きくなった今この瞬間に、気づいてしまった。
 その大きく動く感情の波に揺さぶれるようにしてすり変わった好意は、増幅されて一気に溢れ出る。


 それが、今のクロエちゃん。自身を律し、諦め、それを可能にしていた防波堤が、俺の無慈悲〃〃〃な言葉によって崩れ去り。
 その穴を、俺に対する好意が埋めつくした。






 ─────最初から、それこそクロエちゃんのお願いを聞いた時点で、理解していたことだ。




 これで意志が固まるはずがないとは、分かっていた。
 むしろくじけるだろうと、壊れるだろうと、クロエちゃんの決意は無駄なものになってしまうだろうと、理解していた。


 それでも俺は、それを教えることなく、拒否することなく行った。俺に出来ることは何もないから、クロエちゃんが望むようにしようという思いのもと


 それが本人にとって残酷なことであるのは知っている。何せ、俺はクロエちゃんを助けるすべを持っていないのだから、いたずらに意志を砕いて、本心に気づかせておいて、それで終わり。


 クロエちゃんを世間から、世界から隠し通すことは簡単だ。だがそれでは、今度はこの国が危険になる。
 それに、俺はクロエちゃんに応えられない。こうもハッキリと言われてしまったが、言葉で答えることも、態度で応えることも、俺にはできない。


 「っ………わたし、わた、し……なんで……」
 「…………」


 だから俺は、ただ無言で、泣きじゃくるクロエちゃんの頭を撫で続ける。
 静かに、ただ静かに。クロエちゃんの感情が治まるまで、ただひたすら、俺はそれを続けることしか出来なかった。





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