俺の学年が勇者として召喚されたが、俺は早速腹黒王族にマークされたようです

イミティ

第8話 門真幹の意志





 大抵のゲームならば、例え瀕死になったとしても普段通り動ける。
 毒の状態異常になってもダメージを食らうだけで、行動に支障が出たりはしないし、骨折は移動速度が低下する程度だ。
 内臓なんて要素はまず無いだろう。


 しかし、もちろん現実は違う。怪我をすれば痛みで動けなくなるし、毒は様々な支障をもたらす。内臓を傷つければ吐血もする。
 そして、もしそれが敵の近くで起こったのなら、危険度は更に跳ね上がる。


 倒れた幹が起き上がる時間を、敵であるハイオークが許すはずもない。
 その手に持った剣を、ハイオークが幹に突き刺そうとした。


 「このっ!!」


 だが、それを夜菜が黙って見ているはずもない。
 無詠唱で『幻痛ファントムペイン』を発動すると、ハイオークは突然その場で苦悶の声を上げ、動作を中止した。


 トウヤに使用した時は全くと言っていいほど手応えが無かったが、どうやら格上相手にもある程度は通用するようだ。


 夜菜は、続けて攻撃系の魔法を使用しようとする。
 だが、一瞬意識を逸らしたうちに、ハイオークが痛みから復帰する。そしてその巨体に見合わぬ跳躍力で、一気にこちらに向かってきた。


 「ひっ!?」


 口から漏れる悲鳴。目の前の様子に、前に百足の魔物に接近された時のことを思い出すが、恐怖度はあの時の比では無い。
 あの時はまだ助けてくれるという確信があったが、今は幹は満身創痍で、残りは自分だけしかいない。


 それに加え、たった一足でほぼ相手の射程内にまで近づかれたのだ。


 恐らくハイオークが持つ剣で一振りされれば、それだけで夜菜は瀕死、もしくはそのまま死ぬだろう。


 「い、いやぁ……」


 恐怖で思考は真っ白になり、目の前の存在に向けて魔法を放つことが出来ないでいた。
 自身の武器が、唯一の対抗手段が使えなくなった夜菜は、腰が砕け、その場に尻餅をつく。


 「来ないで……」


 蛇に睨まれた蛙。夜菜は逃げることすら出来ず、ただずりずりとハイオークから離れるだけだ。
 もちろん、尻餅をついた状態で移動したところで逃げられるわけもない。


 どことなくニヤニヤとした笑みを浮かべているように見えるハイオークが、緩慢な動作で剣を振り上げた。


 ───ウチ、ここで死ぬの?


 ハイオークの剣に視線を置きながら、夜菜は心の中で自問した。
 しかし、それの答えを夜菜自身持ち合わせていない。いや、最悪な方の答えなら、半ば出かけている。


 「ミキ……」


 最後の希望。スっと視線を逸らしてそちらに顔を向けるが、幹は依然として倒れたままだ。


 助けが入る可能性は限りなく低い。そんなこと、考えるまでもなくわかっていたことだ。
 幹が負傷した時点で、勝負はついていた。今の夜菜に、一人で戦う力など無い。


 夜菜の瞳から雫が零れる。それは一つに留まらず、幾つも連続して溢れ出ていく。


 「死に、たくないよぉ……」


 夜菜が嗚咽と共に吐いた言葉は、誰にも聞き届けられない。


 ハイオークの剣が真上まで持ち上げられると、そこに至って唐突に、夜菜の脳裏に様々な記憶が甦った。


 (え? これって、走馬灯………?)


 死の間際に、記憶が甦ってくるという走馬灯。
 それは、これから自身が死ぬことを表している。


 物心ついたばかりの、もう忘れていたような幼稚園の三年間、無邪気にはしゃいでいた小学校の六年間、幹達と出会い、成長した中学校の三年間。
 そして、高校一年生、この世界に召喚されるまでのおよそ半年間。


 そして、走馬灯の最後の最後……記憶には、幹の姿が映っている。それは、ついさっきの出来事だ。


 (……ミキ、絶対守ってくれるって、約束したじゃん……)


 自身のために、こんな状況下で、守ってくれると約束してくれたのだ。
 好意を寄せていた相手からそう言われれば、気持ちが浮かれても仕方ないと思う。


 だからこそ、約束が果たされず、目の前で倒されてしまった幹を見て、絶望してしまったのだ。


 頼れる人が、好きな人が、やられてしまったという事実に。


 走馬灯も最早無くなり、ハイオークの腕が動き始めた。


 段々と、酷くゆっくりと剣が振り下ろされる。これは夜菜の意識が早くなっているのか、ハイオークが嫌がらせに遅くしているのか、それすらも分からない状態。


 もう絶望している。夜菜はせめて痛みなく死ねますようにと願いながら、ゆっくりと目を閉じた。


 ───自身を襲ってくるはずの痛みは、やってこなかった。






 ◆◇◆








 ───このままでいいのか。


 幹は自問した。


 たった一撃で倒れる勇者など、弱いにも程がある。
 相手が強かった、という言い訳は、この場においては通用しない。 


 単純に、相手よりこちらが弱かった。


 弱かったのは、怠慢だ。強くなる方法などいくらでもある。
 攻撃を食らったのは、注意と警戒を怠ったからだ。慢心から、速攻という危険な手段をとってしまった。
 魔法で姿を消したりすることで戦闘を回避しなかったのは、しっかりと彼我の力量差を測れていなかったからだ。


 その結果、夜菜との約束を果たせずに倒れた自身への怒りが、ふつふつと湧き上がる。


 守れない約束をして、友人面など出来ない。
 死んで詫びるのすらお門違いだ。


 再度幹は自問する。


 このままでいいのか。


 このまま自身が倒れていたとして、最終的にどちらも死ぬことは無いだろう。
 何故なら、この迷宮には今、化け物じみた強さを持つ、トウヤが居るからだ。
 このままいれば、彼が絶対に助けに入る。
 それは、根拠の無い確信。そう信じるのが普通であるかのような思考。
 何の苦労もなく、二人とも助かるだろう。


 自身がした約束夜菜を守る役目を、他人トウヤに押し付ける形で。




 幹は再三自問した。


 本当に、このままでいいのかと。






































 ────いいわけが、ないだろッ!!!






























 その瞬間、思考が一気にフル稼働する。
 意識が現実に引き戻される。 


 まだ、この体は死んではいない。


 まだ、夜菜は死んでいない。


 つまり、今からでも自力で約束を果たすことは可能だ。


 ならば、死に物狂いで身体を動かせ!
 他者の助けを期待するな!
 一分一秒も無駄にできない。身体の復帰に時間をかけるな!
 残りの魔力全てを聖剣と身体強化に注げ!


 「ッ!!!」


 今まさに、ハイオークの剣が夜菜へと振り下ろされている。
 彼我の距離はおよそ20m。その距離を、幹は助走をつけることも無く一瞬で詰めた。


 満身創痍なのは変わらないが、身体がとても軽い。


 夜菜とハイオークとの間に移動し、ハイオークが幹を認識するよりも早く、聖剣を振り上げた。


 魔力を過剰なまでに送り込まれた聖剣は、手応えというものを一切感じさせず、ハイオークの身体を豆腐のように斬り裂く。


 それは、まさに一瞬の出来事だった。


 「………え? ミキ……?」


 ふと、背後から声が掛かる。


 それは、幹が守ると約束した、少女の声だ。


 振り返ると、驚いたような顔をした夜菜が、こちらを見上げていた。


 ───助けることが出来たという事実に、幹は安堵のため息を吐きそうになるが、それをぐっと堪えて、代わりに言葉を告げる。


 「すまん、待たせた」


 簡潔な言葉。だが、それだけで夜菜が一気に泣きそうな顔をする。


 「い、生きてたんだ……」
 「勝手に殺すな! ……すまなかった」


 夜菜の縁起でもない言葉に幹がそう返すが、その後バツの悪そうな顔で謝る。


 「……ううん、その、助けてくれて、ありが───」
 「悪いが、それはもう少し後だな」


 それに夜菜は首を振って、代わりに礼を言おうとするが、幹が続きを言うのを手で制した。


 幹の[魔力感知]に反応したのと同時に、新たに出現した魔物が視界に入る。


 『ブフゥ………』
 『GGGGG』


 オークジェネラルにハイオーガ……どちらもレベル110の、先程よりも数こそ少ないが、レベルが高く、魔物のランクとしても上の強敵だ。


 「そんなっ……」


 夜菜が突然現れた新手に驚くが、その時には既に幹は走り出していた。


 格上相手への無謀な突撃。だが、幹は今の自分なら勝てると確信していた。


 「シッ!!!」


 一瞬でオークジェネラルの懐へと入り込むと、紙のように軽く感じる聖剣を振るう。


 『ブ───』


 反応すらできず、オークジェネラルは胸を深く抉られ、絶命する。


 攻撃力は相変わらずだが、幹自身の知覚速度や身体能力が、大幅に上昇していた。
 魔力は荒れ狂うように身体を巡っていて、身体強化の程度が上がっているのだ。


 傍から見ていた夜菜も、幹の動きを全く見ることが出来なかった。


 「フッ!!」
 『GRRRRUUAAAA!!!』


 続くハイオーガへと、素早い動きで詰めて、同じように聖剣を振るう。
 咄嗟にハイオーガは後退して攻撃を避け、反撃とばかりにリーチを活かした腕による薙ぎ払いを行ってくるが、それを紙一重で避ける。


 通常時の幹であれば、恐らく避けることは叶わなかっただろうが、今ならギリギリを見極めて避けることもできる。


 しゃがんだ状態。下から聖剣を振り上げる。


 ハイオーガが少し動いたことにより、致命傷を与えることは出来なかったが、それでも決して浅くはない傷を作ることが出来た。


 幹は最後の一撃を放とうと聖剣に魔力を込めたが、それはその瞬間起きた。


 「───グッ!?」
 「み、ミキッ!?」


 突然、身体を激痛が突き抜け、聖剣が消え去る。


 先程まで途切れていた痛覚が、再起したようだ。
 そして、魔力が枯渇したのだ。


 魔力の状態がおかしいのは分かっていたが、消耗が予想よりもずっと早く、倒す寸前で魔力が枯渇してしまった。
 現在は、その荒れ狂う魔力を最後まで使用した、反動リバウンドを食らっていると言えばいいのか。


 「あぐっ………」


 口から血が溢れ出す。こちらも魔力で一時的に傷を縫い止めていたようだが、切れた途端にこれだ。


 元々内臓にまで達していた傷。その傷で普段のように動けるほうがおかしかったのだ。


 「ミキ! ミキ、大丈夫!?」
 「ゔぐ……よる、な………」


 夜菜が我を忘れて駆け寄ってくるが、幹はもはや答えることすら出来ない。


 ハイオーガが、防御から攻撃の態勢へと切り替えた。
 このままいけば、自分だけでなく、夜菜までも死んでしまうだろう。


 痛みのせいで身体は動かせず、魔力が枯渇したからか、ほぼ意識は無いに等しい。
 夜菜が問いかけてきているが、それに答えることも、そもそも問いかけられていることにすら気づいていない状態。


 だが、それでも、幹は意識が消える前に、心の中で夜菜に謝った。




 ───結局守るのが俺じゃなくて、済まなかったと。




 幹がそれを最後に意識を手放そうとした時のことだ。


 「───よく頑張った。ゆっくり休んで」


 倒れかけていた自身の体に手を添えられ、幹は確かにそんな声を聞いた気がした。


 (やっぱり、来るんですね……)


 呆れにも近い感情を抱きつつも、幹の意識は闇の中へと沈みこんで行った。





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