俺の学年が勇者として召喚されたが、俺は早速腹黒王族にマークされたようです

イミティ

第4話 迷宮の罠





 「今日トウヤさん居ないから、訓練は各自でやるようにだそうだ。スライムは連れてきたから、迷宮にはいつも通り行こう」
 「えぇ!? ちょ、トウヤさんはどうしたの?」


 傍らにいつの間にかついてきていたグラを置いた幹が、ギルドに集まった9人に告げると、途端紫希が驚きと困惑を込めた声を出した。
 突然声を上げた紫希に周りが反応し、直ぐに気づいた紫希が顔を俯かせるというイベントが起こったが、それはともかく。


 「なんでも、用事があるらしい。急いでいるようには見えなかったから、急用という訳では無いだろうけど。それで来れないそうだ」


 「そ、そーなんだ……はぁ。また訓練見て貰えると思ったのになぁ」
 「私もー」


 今のがという訳では無いだろうが、紫希はそっぽをむいてため息を吐きながり地面を蹴るという、明らかに不貞腐れたような態度を示した。
 それに便乗したのかは分からないが、陽乃も似たような仕草をする。


 「ま、そういうことなんで。たまにはトウヤさんにアドバイスを貰うんじゃなくて、自分でやれってことだろ」
 「いつも自分でやってるし、今更よ」
 「そう言いつつ、実は他の人を見てる時でも結構聞きに行ってる紫希」
 「ちょっと雫!?」


 思わぬ伏兵に、紫希が顔を真っ赤にして抗議の声を上げるが、当の雫はと言えば、涼しい顔だ。


 「何をそんなに慌ててるの? 別に慌てるところじゃない。トウヤさんに訓練してもらうと凄い強くなるから、聞きたくなるのは当たり前」
 「そ、それはそうだけど……べ、別になんでもないっ!」
 「大丈夫だよ紫希ちゃん! 恥ずかしいことじゃないよ!」
 「そ、そんなつもりじゃないしっ!」


 自ら墓穴を掘ったことを知った紫希は、その話題を無理矢理切上げた。
 雫が紫希を弄ったのは、ちょっとしたイタズラ心からだ。
 紫希の反応は、雫の満足に値するものだったので、それ以上の追撃が来ることは無かった。
 なお、フォローのつもりなのか、しかし紫希を追い詰めただけの発言をした陽乃は、確信犯なのかそうでないのか分からない笑みを浮かべていた。


 「御門は素直じゃねぇなぁ」
 「アンタには関係ないでしょッ!」
 「っぶねぇ!? いきなり蹴ってくるとか非常識だろ!」
 「この世界じゃ常識なのよッ!!」
 「意味わかんねぇよ!」


 紫希の反応を面白がったのか、更に寛二がからかうが、返ってきたのは武力による洗礼だった。
 いつの間にか暴力が正当化されていることに寛二が喚くが、それに対し更に紫希が回し蹴りを入れるという、少し危険な展開へと発展していたが、いつもの事といえばいつもの事なので、誰も止めることは無かった。


 「ハッ、だがあいつが居ないのは楽でいいぜ。いつも偉そうに指導しやがってるからムカついてたんだ」


 話は終わらず、その騒ぎに乗じてこれ幸いと刀哉に対する文句を口にする学だが、隣にいた夜菜はそれをニヤニヤと見つめる。


 「そう言いつつも、くろっちも結構トウヤさんに感謝してるんよね。訓練の時はしっかり言うこと聞いてるし」
 「あァ? なんか言ったかよ夜菜ァ?」
 「キャッ! こわーい」
 「………」


 一段低い声を出して睨んだ学に、夜菜がわざとらしい悲鳴をあげてみせると、周りがしらけた視線を送った。


 「茶番はそれくらいにして、さっさと行くぞ。飛鳥、スライム返して」


 同じようにしらけた視線を送っていた幹が、今までずっとグラを撫で回していた飛鳥に声をかけた。


 「スライムじゃなくて、グラちゃんです」


 しかし幹の言い方が気に障ったのか、飛鳥はそう苦言を呈す。
 がっしりとグラの体を掴んでおり、どうやら、珍しく今の一言で機嫌を悪くしたらしい。


 余程グラに入れ込んでいるようだ。幹は一つため息を吐いた。


 「……グラを返してくれ」
 「イヤです」


 いつになく強情だ。グラを撫でる手は止まらず、どことなく頬が膨らんでいるように見える。


 これはダメだな、と幹はグラの回収を諦めた。飛鳥が可愛い物好きなのは知っているが、こうも強情になるとは思わなかった。
 普段ならこんな簡単に機嫌を損ねることはないはずなのだが、自身の好きな物に関しては別ということか。
 飛鳥の性格は何となく把握しているため、その結論に至るのも早かった。


 それに、グラはいつも護衛用として連れていたが、どの道いつかは自分たちだけで行くようになるのだ。
 今絶対必要という訳では無いのだから、たまには置いていってみるのもいいかもしれない。


 そう幹は自身を納得させ、飛鳥から視線を外した。 


 「おい、お前ら行くぞー」
 「へいへい」
 「おっと、了解」
 「うん」
 「オッケー!」


 幹に声をかけられ、学、塗々木、夜兎、夜菜の4人も、お喋りをやめて続く。
 未だ終わらない寛二と紫希の喧嘩を背後に、5人はギルドから出て迷宮へと足を向けた。


 「今日は何階層からだっけ?」
 「66からだろ。そのくらい覚えてやがれ」
 「もうそんな所か。結構進んでるもんだな」


 道中、塗々木の疑問に、学がやれやれと言う風に答え、幹が頷く。
 敵は徐々に強くなっているが、それよりも自分達の方が強くなっているので、進むペースはむしろ上がっているのだ。


 「何階まで進めば一流なの?」
 「あー、どうだろうね」
 「確か第一階級アインス探索者って言うのが探索者の一番上で、100階?」
 「嘘っ!? まだまだ遠いじゃん!」


 65階層でも、楽勝とはいえ、敵は十分強かった。
 100階層など、敵の強さの上がり幅を考えると、想像するだけでも化物レベルなのは分かる。


 「この世界の人たちも十分強いよね。僕達勇者だけど、100階層なんてまだまだだもん」
 「たしかにそうだな。ギルドマスターも俺たちなんかより十分強いしね」
 「自信を無くすようなこと言わないでくれ。後一月もしないうちに、そのぐらい行けるようになるさ」


 幹が苦笑いで零すが、気休めではない。恐らく、一月経たずとも、今のまま行けばすぐに100階層には到達するだろう。


 「んじゃ、あいつはどの程度行ってんだよ」


 ふと気になったのか、学が不本意な様子で聞いてくる。


 「トウヤさんか? 確か今は155階層って言ってたな」
 「そこまで行けることに驚けばいいのか、トウヤさんでもそこまでしか行けないことに驚けばいいのか」
 「あぁいや、そういう訳でもないらしいぞ」


 青い顔をした塗々木に、幹が否定をする。


 「まだ階層は攻略中で、まだまだ進んでるみたいだぞ。トウヤさん、第一階級アインスになったの、10日前らしいから」
 「え? そんな最近なの? てっきり何年も前からかと」


 夜菜が「意外だな~」と、驚くと言うよりは感心というように呟く。


 「いや、流石にあの年齢で何年も前ってことは無いだろう……ここに来たのも、11日くらい前らしいし」
 「……ん? ちょっと待って。じゃあトウヤさんは、1日か2日程度で、第一階級まで行ったってことか?」
 「らしい」


 幹の肯定に、聞いた塗々木はもちろん、夜菜や夜兎、学すらも絶句した。


 「……一日で行けるのかよ」
 「ま、まぁ、他の人に80階層とかまで連れてってもらったとか? そしたらどうにか行けそうじゃん!」
 「これで1階層から真面目に攻略してたら、もうマジのバケモンだな」


 学の冗談混じりの言葉は、その実的中していたのだが、幹はそこまで聞いていなかったので、流石にそれは無いとツッコミを入れた。


 そうして駄弁りつついると、迷宮に到達する。
 顔見知りとなった門番と少しやり取りをして、中へと入れてもらうと、幹達は早速65階層へと魔法陣で転移した。


 「───うぅ、この感じ慣れないなぁ」
 「だねぇ、気持ち悪い……」
 「だらしねぇ。こんなもん、へでもねぇだろ」


 転移による、一瞬の浮遊感と景色の移り変わりに、夜兎と夜菜が吐き気を催すが、ピンピンとしている学がそれを一喝する。


 「まぁまぁ。今度トウヤさんに頼んでみれば? あの人めっちゃ転移魔法使えるし、一緒に転移してれば慣れるかもよ?」
 「ギルドマスターの時みたいに連続で移動されたら絶対吐いちゃうよ!」
 「あれは全く目で追えなかった。というか、魔法使ってるのがわからないんだよあの人は」


 夜菜が、トウヤとギルドマスターが戦っている時の光景を思い出して顔を歪め、塗々木は吐き捨てるように言った。
 あの衝撃的過ぎるギルドマスター対トウヤの試合は、幹達に『トウヤさんマジパネェ』という感想をもたらした。
 ギルドマスターですら、幹達総掛かりでも勝てるかわからないのだ。
 そんな相手に無傷で圧勝するトウヤは、最早次元が違うと言わざるを得なかった。


 「それは今更すぎるな。俺だってわからないし」
 「俺もわかんねぇけどよ、あの手加減してて余裕な感じはむかつくぜ」
 「て言っても、手加減されなかったら一瞬だろうしね……」
 「そうだな───っと、お前ら戦闘準備だ!」
 「「「「了解ッ!!」」」」


 迷宮の曲がり角の先を確認した幹が、先程までの雰囲気を置き去りにして、叫んだ。
 流石に優秀と言うべきか、急な展開にも関わらず、4人は気合いの入った返事をし、戦闘態勢へと即座に移行した。


 「相手はってキモッ!?」
 「ムカデみたいな奴で、『タオゼンピード』、3体! [毒液]っていうスキル持ってるから警戒!」
 「へいへいっ!!」
 「わかったよ!」


 目視した魔物は、タオゼンピードと呼ばれる百足ムカデのような魔物。
 黒く長い胴体を地に這わせ、数え切れないほどの細い脚が絶え間なく動く姿は、生理的嫌悪感を催す。


 案の定唯一の女性である夜菜が悲鳴をあげる。しかしそれに構わず、[鑑定]で相手のステータスを読み取った幹が注意を呼びかけると、一番接近する可能性のある、学と夜兎が返事をした。


 「夜菜! 多分火と氷らへんが弱点だ!」
 「オッケー! 近寄らない魔法使いは最高だぜぇ!! ヘイト管理は任せたぜくろっち、夜兎君!」


 2人に言うと同時に、夜菜は無詠唱で『炎燃拡散フレイムボム』を3つ出現させ、爆発させる。
 爆発は直ぐに拡散し、黒い煙を通路内に充満させるが、すかさず発動された[風魔法]により、直ぐに煙は奥へと押し込まれる。


 「おい夜菜、通路で爆発するやつ使うんじゃねぇッ!」
 「ご、ごめんなさーい!!」
 「怒るのは後だ! 夜菜の先制攻撃があまり効いていないから、学と夜兎は左右それぞれ足止め! 夜菜は2人の援護! 塗々木は俺と真ん中のヤツを速攻!」


 学ぶが叱責し、夜菜が非を詫びるが、[風魔法]を発動させた幹が仲裁に入り、すぐにそれぞれに指示を与える。
 幹の指示は全員の頭にすんなり入り込み、この世界に来てからの経験から、直ぐに行動へと移された。
 学と夜兎は左右に展開し、夜菜は2人を巻き込まない程度の小規模な魔法を準備し、塗々木と幹が全速力で中央の百足へ走り寄る。


 『炎燃拡散フレイムボム』を喰らった百足は、表面こそ少し焦げた跡がついているが、傷は皆無に見えた。


 「セイヤッ!!」


 それでも臆することなく幹が手の中に聖剣〃〃を作り出し、突貫。百足がその見た目通りの気持ち悪い動きで移動し出すが、それより先に幹の聖剣が百足の右側の脚を切り落とした。


 『ギグギャァァァァア!!?』
 「キモイ声で鳴くねぇッ!」


 すかさず反対側に塗々木が走りより、手に持った小太刀を一閃する。
 リーチの都合上、幹よりは少ないが、それでも結構な脚を切り落とすことに成功する。


 『ギギギュグッ!』
 「ッ!? 危ない!」


 しかしそこで、百足が後ろの方の脚の力で胴体を持ち上げ、その口元にある鎌らしきもので塗々木を捉えた。


 「っぶないなぁ!!」


 寸での所で、魔法で影に入り込むことで攻撃を回避した塗々木だが、百足は空ぶったまま夜菜の方へと突進しだした。


 「え? ちょっ、なになにキモイんですけどぉ!?」
 「夜菜!!」


 魔法で学と夜兎の援護をしていた夜菜は、それへの対応が一拍遅れる。百足のそのビジュアルに思考が真っ白になった夜菜だが、突然、百足が動きを止めた。


 「『影縛り』ッ! 幹!!」
 「ナイスフォロー! 『聖斬せいざん』ッッ!」


 魔法で百足の動きを封じた塗々木が合図を送り、阿吽の呼吸で幹が、百足の背中部分を光り輝く聖剣で切り裂いた。
 先程見た感じ、背中はなかなか硬そうに見えたが、聖剣の前には無力であった。


 「あんがと2人ともぉ!!」
 「感謝は良いからさっさと2人の援護をしてこい!」
 「アイアイサー!」


 言うやいなや、夜菜がまたしても無詠唱で魔法を発動させる。


 百足と1対1で戦闘をしていた学と夜兎は、幹と塗々木のように速攻した訳では無い。どうやらたまに吐かれる毒液が、近づかせることわ躊躇わせているらしい。
 それに加え、百足の動きが意外に素早い。近接攻撃しかない2人が攻めあぐねるのは仕方の無いことだった。


 「はい2人とも!!」
 「遅ぇよッ!」
 「分かったよ!」


 だが、夜菜の発動した『凍結領域フローズンフィールド』により、百足の体表を薄い氷が覆う。
 その隙を2人は逃さず、動きの鈍った百足を、学は一刀両断、夜兎は脚を切断してから頭の部分を剣で突き刺し、倒した。


 「最初からこうすれば楽だったな」
 「ちょ、ほ、炎が効かなかったのはウチのせいじゃないからね!」
 「トウヤさんだったら、そんなの関係なしに燃やし尽くしたんじゃないかな」
 「あの人と比べないでよ!」
 「はいはい落ち着け落ち着け」


 戦闘が終わった途端だらけ切った空気を、幹が再び戻す。


 「今回は被弾こそないが、危ない場面があったな」
 「あー、ちょっとウチが色々ミスったから……ほんとごめんなさい」
 「まぁ次に活かそうぜ。塗々木も回避は構わないが、後衛に注意が向かないようフォローはしっかりな。少しヒヤッとしたぞ」
 「あぁ、悪かった」


 幹が2人を注意すると、特に反発することも無く素直に受け入れる。
 恐らく日頃からの人徳だろう。幹でなけらば、こうは通らないはずだ。


 「でも、ちょっと敵強くなかった? 夜兎君とくろっちがタイマンで勝てなかったじゃん」
 「ムカデ自体初めてのタイプだし、学と夜兎とは相性が悪かったが、それを含めても確かに強く感じたな……幹、レベルはどうだったんだ?」
 「レベルか。スマン、そこまでは……だが、夜菜の最初の魔法があまり効いていなかったし、確かに強く思えるな」


 幹は少し考え、すぐに顔を上げた。


 「一応、気をつけていこう。もしかしたらここから敵の強さが上がりやすくなってるのかもしれない」
 「だね! くろっちと夜兎君、頑張らないとだよ?」
 「うっせ。さっきのは相性が悪かっただけだ」
 「あはは……まぁ、精進するよ。アタッカーにはなり得ないけどね」


 学は不機嫌そうに鼻を鳴らし、夜兎は苦笑いしつつ剣を仕舞った。
 お互い、さっきの戦いではあまり役に立てなかったことを自覚している。だから、やる気にはなっていた。


 「はい反省終了。進むぞ」


 幹が手を叩いて、4人ヘ移動を促し、迷宮の奥へと進んでいく。
 魔法陣は5階層刻みのため、午前中でどうにか5階層進まなければ、後退を余儀なくされてしまう。だから、迅速な行動が必要とされるのだ。


 5人が固まって通路を進んでいくと、ふと、先頭の幹が足を止めた。


 「およ? どうしたん?」
 「いや、なんか変な魔力を感じたんだが……」


 幹は夜菜に向けてそう答えると、目を閉じて集中し始める。
 魔力の察知へ専念してみるが、幹の感知範囲には4人の魔力以外は特に感じなかった。


 「……気の所為だったみたいだ」
 「ちょ、今なんかフラグ立ったからね? 気をつけてね?」
 「そんな、漫画じゃあるまいし」
 「異世界召喚されてる時点でフィクションみたいなもんでしょ!」


 どこを力説しているのか分からないが、しかし、幹も多少警戒はした。
 気の所為だったのかは結局不明だが、警戒するに越したことはない。
 なんせ感じた魔力は、どうとは言えないが、気持ち悪い魔力だったのだ。
 無意識に、警戒心が募る。


 ───そのお陰だろうか、それに真っ先に反応したのは幹だった。


 「おい、避けろ!!」


 突然、ガコンという鈍い音がしたかと思うと、その途端、左右から壁が出現し、迫ってきた。


 いち早く気づいた幹が叫んび、全員がそれぞれの方向に回避行動を取った。それにより、壁に押しつぶされた者はいなかったが、しかし、無事という訳でもなかった。


 「チッ!! 罠か!!」


 突然出現した壁によって、5人はそれぞれ分断されてしまったのだ。
 幹の方には夜菜が居て、残る3人は壁の向こう側。


 「おい!! 塗々木!! 学!! 夜兎!!」


 壁に向かって幹が叫ぶが、返事は返ってこない。


 先程の戦闘は少し危険だったにも関わらず、分断されてしまった。


 「夜菜、大丈夫か?」
 「な、なんとか……でも」
 「あぁ、ヤバい状況だ」


 幹は魔力で3人を探すが、迷宮の壁によって阻まれてしまい、壁の向こう側にまだ3人がいるのかわからない状況だった。
 合流地点すらわからず、こちらは2人だけ。


 「取り敢えず入口まで戻ろう。恐らくあいつらも魔法陣の方に行くはずだ」
 「道、分かるの?」
 「そこも、何とかするしかないだろ」


 幹はそう言いながらも、少し焦りを感じていた。


 塗々木達がいる方が、元来た道なのだ。塗々木達は道を戻るだけで済むが、こちら側は未見の道だ。
 戻れないということは無いと思いたいが、そうでなくとも2人だけという厳しい状態で、突然の事で精神的に少し混乱している状況だ。


 ───くそっ! なんで今日に限ってスライムを連れてこなかったんだ!


 グラのタンクとしての強さは、幹が実際に戦って身に染みている。[鑑定]が効かなかったり、トウヤが連れているということからも、恐らくただのスライムではない。
 こういう時のために普段護衛として連れていたのに、必要な時に限って………。


 先程の飛鳥との一幕で、誤った選択をしてしまった幹は酷く後悔をするが、すぐに頭を振ってその思考を消し去る。
 今、後悔している暇があるはずないのだ。


 「いいか。魔物と遭遇しても極力逃げるが、どうしてもの時は俺が前に出て戦う。夜菜は後ろから、隙を見て魔法で援護して」
 「う、うん」


 今の状況、幹はまだ問題ないが、夜菜がどんな状態かなど想像にかたくない。
 まずは落ち着くまでといきたいが、ここに留まっていると、今の壁が動く音を聞いた魔物が近寄ってくる可能性がある。


 突然のことなので、夜菜が上手く魔法を使えない可能性もあることを考慮すれば、やはり戦闘は極力避けるしかない。


 「よし、行こう。お前は絶対に俺が守るから、安心してついてこい」
 「それ、恥ずかしいセリフじゃん?」
 「俺は真面目に言ってるんだが」


 幹の言葉に、満更でもなさそうな夜菜が冗談混じりに返すが、幹は真剣な表情だった


 その表情に、夜菜の頬が赤みを帯びる。どんな風に思っているかなど考えるまでもなかったが、幹は気づいていないのか、指摘することは無かった。


 「……じゃ、タンク役は任せたぜっ」
 「お前はまたそうやって……」


 誰が見てもわかる照れ隠しに、幹が呆れたように零す。
 最悪の状態にはなっていないことが、幹からも分かった。茶化す余裕があるのは、まだ朗報だ。


 「ほら行くぞ。ここに留まってるのは危ない」
 「あ、うん……わかった」


 絶対に生きて帰る。この世界に来て初の、明確な命の危機を、2人は気丈に乗り越えようと心に決める。


 幹は、夜菜の手を引いて、歩き始めた。







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