不老不死とは私のことです
入学式編 1話
西暦2520年4月9日。春うららかな、心地よい日……とは言えなくもないが、正直私こと、羽鳥雀の機嫌はよろしくない。
未だに飲み慣れない花粉症の薬(眠くならないタイプ)をぐいっと飲み込んだ。うえー、飲み込むのに失敗して微妙に喉にひっかかってるんですけどぉ。
大体、医療技術が進歩して、本気を出せば死んでなければ病気も怪我も大体元通りに治せる……とまではいかずとも、命は助かるこのご時世、何で未だに花粉症とかいう地味に嫌なものが残っているのか。
人体の七不思議である。
一体いつまで、この植物同士の乳繰り愛に人類は巻き込まれ続けなければならないというのか。
しかし、不機嫌の理由はそれだけではなかった。
「うわーうわー!スズメの昔かぁ、可愛かっただろうなぁー!」
朝から見つめるには少々キラキラしい顔面と甘い声がこちらを向いて、私は途端に渋面になる。
「黙れ爬虫類」
そう、この不快さの原因のおよそ7割がコレだった。ほぼ差のない2位と3位に先程話した処方箋と、今なされている話題が自分の幼少期であることがランクインする。
ワンツーどころかスリーまで揃ってしまったとあっては、気分が上がりようがない。もう朝から1回死にたい。
だが、そんな私の様子にお構いなく、今年で40も半ばを過ぎるというのに綿あめのようにふわふわしている母は母で話を続ける……楽しそうでよござんしたね。
「そうなのよぉ!クロエくん!うちのスズメちゃんたら、昔っからほーんとに可愛いのよぉ!」
「おかーさん、静かに」
もう分かったから興奮のあまり立ち上がらないで欲しい。母が楽しそうにはしゃぐ度、私の隣に座っている弟が一緒になって遊びだしそうで怖いのだ。
……そうなったらそうなったで、手に手を取り合って踊り出しそうなのが、母の怖い所だが、それはそれ、これはこれだ。お食事中は座って静かに食べること。
おねーちゃんは弟に健やかに、そして正しく育って欲しいのである。
「当たり前だろう!スズメちゃんが可愛いのは当然だ!」
そこへ乱入したのは羽鳥家の大黒柱である父だ……座っててよお願いだから。
「死ね父……おっと失礼」
「雀ちゃん!おとーさんにそんな事言ってはいけません!」
「つい心の声がでてしまいました」
「酷い!」
全く、朝から何故こんなにうるさいのか。元はと言えば、ハイテンションで朝食をたかりに来た挙句、母に私の昔話をせがんだクロエが悪い。
決して近所では無いのだけど、説明が面倒なので、近所(概念)に住んでいるクロエは、週3……いや悪ければ週5のペースで我が家に朝ごはんをタカりにくる。
何故か父も母もこの男を大歓迎してしまうのがどうにも納得行かないが、そういう訳でクロエは羽鳥家によく入り浸っている。
先日もあろう事か私の弟に「お兄ちゃん」呼びさせようとしていたのだから恐ろしい。
可愛い可愛い弟の兄がこんなのでいいはずがないのだ。そうだろ?パトラッシュ。
そんなにお兄ちゃんが欲しいならお姉ちゃんが綺麗なお兄ちゃんを探してあげますからね!……え、要らない?そうですか。だよね〜!お姉ちゃんだけでいいもんねぇ〜!デヘヘへへ!
不機嫌から一変、この世の春とばかりに気分が軽くなった私は、食べ終わった皿を重ねて持ってテーブルから立ち上がろうとした。
ジンジン痛む尻を擦りながら立ち上がり、辿った記憶によると、私は恐らく転んだのだと思う。
混乱しながら下に目をやれば、恐らく燕が出しっぱなしにしていたのだろう落書きされたチラシが落ちている。
状況から見るに、私はこれを踏んで転んだらしかった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
幼いながらにも自分が原因を作ってしまったことを何となく察した燕が、目に涙を貯めながらこちらを見ていた。
……怒れる?
えー、むりむり。
怒れないよね。
てか涙目カワユス。
それな。
思ったわ〜。
脳内全私会議が召集され、可決に至るまでの時間、僅かゼロコンマ1秒。異議を挟む余地なく無罪だった。
可愛いは正義である。仕方ない。
「次からお片付けはきちんとすること」
「う……ごめんなさい……」
項垂れた燕の頭をそっと撫でた。ちゃんと反省してるうちの子めっちゃいい子だと思います。
「うん大丈夫。燕はいい子」
転んだことで割れてしまった皿は、欠片を残さないよう丁寧に一つ一つ集めた。
とはいえ、早さを最優先にするとどうしても指先が傷ついてゆく。だけど、私にはそれを気にする必要はない。
皿の欠片で切った指先は、微かな痛みを主張するものの、それも直ぐに消えてゆく。
滲んだ血を水で洗い流せば、指先には傷一つ残ってなどいなかった。
仕上げに掃除機をかけるらしい母に、後のことを任せると、私はクロエを連れて父の書斎に向かった。
本日からデカいお仕事が私を待っているのだ、お家に帰りたい(お家なう)。
テーブルから立ち上がったクロエは、さっきまで切り傷のあった私の指を残念そうに見つめて、さっきとは打って変わった低い声で呟いた。
「勿体ない。美味しそうだったのに」
とてもゾワッとした。
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