異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第140話『罷路』

「この前はごめんなさい!」
教室にハナの声が響いた。
時刻は午前8時。ハナは先日の失言を詫びるため、ヒカリに頭を下げていた。
「いいのよ。ほら、頭を上げて?」
優しい声でヒカリが言う。
「で、でも……」
「そもそも、アタシだってハナに手を上げようとしたんだもの。こちらこそごめんなさい。」
ヒカリも、ハナへ謝罪の言葉を述べる。
「いえ、そんな…」
直ぐに頭を上げたヒカリは、ハナに一歩近づく。
そして。
「とにかく、元気になったようで良かったわ」
優しくハナを抱きしめた。
「はい……ありがとうございます…」
と。
「お、いたいた〜。盡さ〜ん!ちょっとい〜い〜?」
教室の扉を開けた簑田が声をかけてきた。

「それで〜、DNAを解析してみたら、レナさんの遺伝子とハナさんの遺伝子が組み合わさってるみたいだったんだよね〜」
「…そうですか……」
廊下で、間伸びした声の簑田が説明をする。
どうやら、現時点でのハナの遺伝子は、レナの遺伝子と掛け合わさったものであり、新たなオリジナルの遺伝子となっているらしい。
「ま〜、だから?って感じではあるんだけど、一応伝えておくね〜」
「わ、分かりました…」
相変わらず緊張感の無い声でそう言うと、蓑田は踵を返し、教室へと戻ろうとする。そこで。
「あ〜、そう言えば」と蓑田は続けた。
「今日から美那原くんと相部屋だから〜。よろしく〜っ!」
サムズアップし、そのまま簑田は教室へと戻る。
「……えぇ〜……」
困惑をぶつける先がなく、渋々ハナも教室へと戻った。
もとより異論はないのだが。

「今日も疲れたなー」
放課後の稽古を終えたマサタとハナは、共に寮舎へと向かっていた。
時刻は午後7時。
夏空では、赤黒い太陽が名残惜しげにこちらを照らしている。
「なぁ……ハナ。その、さ……」
言い淀むようにマサタが言葉を紡ぐ。
が、ハナはそれを遮った。
「そう!その呼び方なんだけどね!」
「………えっ?」
その食いつきに、マサタは思わず目を丸くする。
しかしハナは、そんなマサタを気にも止めずに続ける。
「今日聞いたんだけど、私の遺伝子の半分は、お姉ちゃんみたいなんだよね」
「半分が…お姉さん……?」
「そう。だからね、私のことは『ハレ』って呼んで欲しいんだよね」
姉のレナと、妹のハナ。その中庸ということだろうか。
「な、なんか安直じゃないか……?」
「でしょ?でも、それがいいんだよね。」
「そうか………」
そう笑うハナの顔は、とても美しく、それでいて悲しげだった。
それを見たマサタに湧き上がる感情は、憐憫でも辛苦でもなく、無力感に他ならない。
それでもマサタは言葉を紡いだ。
今はまだ無力であれど、いつか彼女に、「生きていてよかった」と思わせるために。
「じゃあ、よろしくな。"ハレ"。」
「………うん……」
少し恥ずかしそうに、『ハレ』が微笑んだ。
その両眼は、黒く輝いていて、吸い込まれそうであった。
「それで?」と、ハレがマサタに問いかけた。
「え?」
突然の問いかけにマサタは、思わず戸惑ってしまう。
「いや、さっき何か私に言おうとしてたよね?」
小首を傾げながらハレが続けた。
「あ、あぁ〜……………」
その真っ直ぐな視線から逃げるように、マサタは目を逸らす。
しかし、またすぐに視線を戻し、互いに目を見つめ合う。
伝えたいことはたった一つ。
他でもない、ハレへの恋心だ。
ここで言えなければ、きっと一生言う機会は来ないだろう。と、自分を奮い立たせる。
「あ、あの……俺………す、す……」
好きの二文字が、喉に張り付いて出てこない。
早く言わなくては………。
しかし同時に、頭の中で疑念が渦巻く。
今この状況で、彼女に思いを伝えてしまうのは『卑怯』なのではないかと。
傷ついた彼女に付入るような、あるいは多少なりとも負担をかけてしまう罪悪感。
自殺を阻止したことにより思い上がっていると思われたり、恩着せがましいと思われたりしないかという恐怖。
そして何より、ようやく一歩だけ近づいた心の距離が、また離れていくのではないかという不安。
「…………?」
思わず黙り込んだマサタの目を、優しく待つように、ハレはじっと見つめた。
その優しさが、マサタを更に急かした。
そして。
「すっ…………げぇ……腹、減ってるからさ……………。に、肉まん…買って帰ろうよ………」
そう言いながら、近くのコンビニを指差した。
なんとも形容し難い敗北感と共に、マサタは項垂れる。
「うん!そうしよっか!」
ハレは明るく笑った。が、その無垢な笑顔も、今のマサタには応えた。
しかしマサタは、すぐに考え直した。
これでよかったのだと。
彼女と恋仲になるのは自分の目標であり、彼女の目標では無いと。
彼女の幸福のために努力すると約束した以上、優先すべきは、今、目の前にいる一人の少女の幸福である。
自分の恋心を伝えるのは、彼女を幸福へと導いてからでも決して遅くは無いと。
マサタは自分にそう言い聞かせながら、コンビニへと向かっていくハレの背中を見つめていた。
「…………はぁ……」
溜め息を一つ吐いて、歩き出す。
すると、ハレが突然振り返り、マサタへと引き返してくる。
そのまま、マサタの目の前で立ち止まる。
そしてハレは、マサタのネクタイを掴み、自身の方へと引き寄せる。
「うぉお……っ!」
当然マサタはバランスを崩し、首をハレの顔のすぐ近くまで動かされる。
慌ててハレの方を見る。
その真っ黒な瞳が、今度は力強く、マサタの両眼を射抜く。
「………………待ってるから……」
蝉の鳴き声に掻き消されそうな、か弱い声で、しかし確かにハレはそう言った。
「…………えっ……」
また、困惑を声に出す。
だが、そのマサタの問いに答えることなく、ハレはまた踵を返し、歩みを進める。
「えっ、ちょ!何!?今の!?ねぇ!」
慌ててマサタも駆け出す。
「うっさい!早く肉まん買うよ!」
少し怒ったように、ハレが叫んだ。
「いやいや!気になっちゃうから!!何が!?ねぇ!!」
悲鳴にも似たマサタの困惑の声は、茜色の夏空へと消えた。
後ろから覗くハレの耳が、紅潮しているように見える。が、それはきっと空の色だろう。
二人は、蝉よりも煩く、吹き抜ける風よりも暑苦しく、寮舎へと帰っていった。

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