異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第136話『未了』

さて。と、サナエが小さな声を上げる。
「今日の稽古は此処迄と為るか」
「はぁ…はぁ…。あぁ、そうだな…」
肩で息をしながら、マサタが応えた。
時刻は午後七時。未だに紅い太陽が沈み切らずにこちらを睨んでいる。
「お疲れさま。こっちも今終わったとこだし、帰りがけにコンビニでも行こうぜ」
気さくに話しかけたのはコウジだった。
その横で、腕を組んだヒカリが静かにたたずんでいる。
「あっ!おつかれ!そうしようか!」
明るい声で、隣にいたレンタが返した。
マサタとしては非常に甘美な提案だった。だが、彼には他にやるべきことがあった。
「さーせん。ちょっと、これから用があるんで、みんなで行ってきてください!」
努めて明るい調子で、マサタはそう返した。
その魂胆を見抜いたのは、ヒカリだった。
「ハナのところに行くのね?」
「えっ!…あぁ……そうです………」
自分の考えが見抜かれていたのが気恥ずかしくなって、言葉に詰まる。
それを気にせず、ヒカリはつづけた。
「別に止めたりはしないし、その意見にも賛成よ。でも、今のハナの精神状態なら、きっと突き返されて終わりだと思う。アタシもハナが心配だけど、いくらこっちが寄り添っても、それにハナがストレスを感じるなら、そっとしてあげる方が良いと思うわ」
至極冷静で、論理的な回答をするヒカリだが、そこにあるのは冷淡な結果論のみであり、彼女を堕とさないための返答ではなかった。
それをマサタは、静かに理解していた。
そして、反駁する。
「それでもいいですよ。嫌がられるかもしれないし、怒られるかもしれない。それでも、盡がみんなから嫌われるよりマシです」
確固たる決意が、言葉の節々に見え隠れする。
『盡一人を嫌われ者にしたくない。』『盡を孤独にしたくない。』『盡が誰かに危害を加えるくらいなら、それを自分が受け止めてやりたい。』『最後まで、盡を見捨てたくない』
きっと、マサタの中にある感情は、他ならぬ自己満足だ。自分の行為と厚意を『愛』と形容して押し付けるに過ぎない。
それでも、それがハナの為になると信じて、そして何よりもハナを信じて、その行動を起こす。
嫌われるとか、好かれるとか、結ばれるとか、その程度のことは大した問題ではない。
これがきっとハナであろうと、ヒカリであろうと、コウジであろうと、サナエであろうと。マサタは同じことをする。そんな確信が、マサタの中にはあった。
「俺は………俺はアイツに救われたんです。今度は俺が、アイツを救ってやる番です」
見え透いた下らない言い訳が、マサタの喉を通った。
それを聞いたヒカリ達は、一瞬、目を丸くするが、直ぐに優しく微笑んだ。
「………フフッ。そう。それなら、行ってくると良いわ。困ったときは、いつでも呼んで」
「…………頑張れよ」
「………………っはい!」
力強く、それでいて、明るく、マサタは返した。
「………其の前に、汗は流すと良い。暫く道着を着て居たんだからな」
サナエが俯き加減にそう言った。
言われて、慌てて自分の匂いを嗅ぐ。こもった汗が、衣服にしみこんで、酷い匂いだ。
「……………くっっっっっっっさ!」
そんな可笑しな悲鳴が、体育館に木霊した。
「さーせん!ちょっと、ダッシュでシャワー浴びてきます!」
走りながらスクールバッグを手に取り、マサタは駆け出した。
その背中はすぐに見えなくなってしまう。
「……………………アイツ、盡のこと好きすぎだろ……」
見ていたコウジが思わず漏らした。
「ははっ!そうだね!……でも、真っすぐで凄くカッコいいと思うよ」
レンタが快活に返した。
「それじゃあ………肉まん買って帰るか…」
コウジのその一言を皮切りに、四人は体育館から姿を消した。

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