異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第135話『愁眠』

授業とホームルームが終わり、各々が寮室や、放課後の訓練、稽古へと向かう。
気がつけば消えていたハナの姿を、マサタは探した。
教室にもいないので、廊下へ飛び出したところで、その背中を見つけた。
「な、なぁっ…!盡!」
呼び止めるために叫んだ声が、壁や床で跳躍する。
「…………………何?」
ゆっくりと、長く綺麗な黒髪を煌めかせながら、ハナが振り返る。
綺麗な顔を西日が照らして、映画のワンシーンでも見ているかのような心持ちになる。
一瞬見惚れてしまった自分を恥じながら、マサタが言葉を紡いだ。
「そ、そのさ……。ストレス発散がてらに、一緒に稽古でもどうかな…?姉貴と平佐名先輩も居るんだけ────」
「結構よ。あなた達といる方がストレスだもの。それじゃ。」
言いかけのマサタの言葉を遮ったのは、冷たいハナの言葉だった。
短く言い残したハナは、すぐに踵を返して去っていった。
「……… そっか………………」
1人佇むマサタの声に、憤慨はなかった。
あるのはただ、叩きつけられた悲哀のみである。
自分が相手の求める存在ではないことを知り、それでも自分が相手を求めてしまう。
求めるばかりで与えられない自信の無力さを痛感し、底知れぬ寂しさと悲しさが、汚らしく混じり合ってマサタの頭を塗りつぶすばかりだった。
窓ガラスの向こうに、巨きな入道雲が輝いていた。
その入道雲に映る、情けない自分の顔を、ただ静かに見ていた。

「…………ただいま。」
 小さな声はどこへ向かうでもなく、その場で溶け消える。
午後17時27分。ハナは自身の寮室で、ため息混じりに呟いていた。
荷物を玄関に置き、すぐにベッドに横たわる。
帰りがけにも、今朝と同じような視線を、ハナに向けてくる生徒がいた。それに気付かぬふりをして、殺意を噛み殺しながら、ようやくここまで辿り着いた。
果てしない心労。いっそ彼らを殺した方が、ハナ自身の精神衛生上都合がいいのだろう。それでもそうしないのは、そうして仕舞えば、とうとう自分がバケモノへと成り下がってしまいそうだったからである。
その殺意を少しでも紛らわせるために、言葉へ変換し、他者を攻撃する。
ハナ自身知らぬ間に、そんな行動プロセスが完成してしまっていた。
理性で感情を抑制できなくなってしまっている彼女は、もうとっくにバケモノになってしまっている。
それに気付かず、『バケモノになりませんように』と必死に祈りながらベッドの上で蹲るその姿は、滑稽と呼ぶほかない。
「………美那原…………」
静かにその名前を口にする。
瞬間、ハナの脳裏で、マサタの顔が思い出される。
彼に向けられる憐憫の眼差しを思い出し、止めどない殺意が湧き上がってくる。
ハナは、同情されるのが嫌いだった。
相手の今置かれる境遇への理解を示し、『可哀想』等とほざく事は誰にでもできる事だ。それを人は『同情』と呼ぶ。同情とは、何の解決にもならない。所詮は単なる相手の自己満足。自分自身が相手の境遇を理解し、寄り添えるだけの人間であると自分自身を騙すだけだ。自分が、「いてもいなくても変わらない存在である」という事実から目を背け続けるばかりである。
それが、ハナが同情を嫌う理由である。
そんな下らない自己満足に使われる為の踏み台が、自分自身であると思うと、どうしようもなく腹が立ってしまうのだ。
「みんな…………みんな…死ねば良いんだ……………」
そんな綺麗事を1人呟いて、泥のように眠ってしまった。
まだ明るい太陽は、オゾン層の散乱で赤く輝いていた。
死んだような静寂は、寝床の上を優しく包んでいた。

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