異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第134話『恋佗』

それからしばらくして、ハナは再び寮室を出る。
スクールバックに参考書を入れ、SSクラスの教室へと向かう。
それから十分ほどだろうか、ハナの眼前に、SSクラスの札がかかった扉が立ちはだかった。
カラカラと、軽い音共に扉は開かれた。
一瞬、教室中の視線がハナへと集中する。
その時に、吐き気にも似た、今朝の不快感が呼び戻されるのを感じる。
それを振り切って、ハナは、教室へと入り込んだ。
「あら、ハナじゃない。体の調子はどうかしら?」
そう問いかけたのは、ヒカリだった。それに続いて、コウジも声をかけてくる。
「おはよう。痛むところとかはないかな?」
「……………」
それに対するハナの返答は、沈黙だった。
今はとても、楽しい会話を交わせる精神状態にない。
そこにマサタが遅れてやってきた。
ハナの正面に立って、顔を覗き込むように話しかける。
「おはよう、盡。お姉さんの事、残念に思うよ…。俺で良かったら、相談とか乗──」
それは、他でもないハナを心配しての言葉。だが、マサタ自身も気づかぬうちに、この機会にハナとの距離を縮められたら、という、劣情を抱いていた。
「……さい」
小さな声が、ハナの口から漏れた。
「……………?」
「うるさい。邪魔よ。」
突如、冷たい声音と、冷淡な眼差しが、マサタの心を蹂躙した。
その場にいた全員が、驚愕により声を失っていた。
沈黙が、教室中を駆け抜けた。
その沈黙を殺したのは、ヒカリだった。
「…ちょっと、ハナ。その言い方はないでしょ。美那原だって、ハナのことを心配して────」
「心配?してと頼んだ覚えはないですけど。勝手に心配しといて恩着せがましいこと言わないで下さい。心配するだけなら誰にだってできますよ。そもそも、今更心配するくらいなら、どうして姉を助けてくれなかったんですか?助けられなかったんでしょう?SSクラスだとか言って、学園内で威張ってるくせに、何も出来ずにしっぽ巻いて逃げてきただけじゃないですか。それに、ハナと私を呼んでいますけど、私が盡ハナだと証明する要素はどこにあるんですか?何も知らない癖に、気安く、その名前で呼ばないでください。不愉快です。」
これまで胸中に渦巻いていた鬱憤が、堰を切ったようにあふれ出す。それは、ハナ自身でも止められはしない。
「…この……っ!」
それを聞いていたヒカリが、思わず手を上げる。しかし、それはマサタによって阻まれた。
振り下ろそうと上げた右手を、マサタが掴んで止めた。
「………………ごめん。盡の気も知らずに、勝手だったな。気分を害したなら謝るよ。」
マサタは、驚くほど静かに、ハナに頭を下げた。
「美那原ッ!何でアンタが謝んのよ!」
「城嶺先輩。確かに言い方こそ悪かったですけど、俺は盡の気持ちを尊重したいです。」
地面を見つめたまま、マサタがそう返した。
「…………………………」
また、沈黙が蘇り、駆け巡った。同時に、その空間を険悪な空気に塗り替えながら。
それを露知らず、差し込む朝日が、ハナの頬を優しく温めた。

「オイ…美那原ァ。……………コッチ来い。」
一限の終わり。陽が先刻より少し、南中高度に近づいたとき。
マサタはアツシに、突然そう呼び出された。
「?……あぁ…」
言われるまま、アツシの背を追う。
2分ほど歩いて、屋上へ通じる、閉ざされた階段の踊り場へとたどり着いた。
「テメェ、なンだァ?さっきの情けねェ平謝りは」
着くなり、アツシは不機嫌そうにマサタに尋ねた。
「何って、悪いことしたと思ったから謝っただけだろ。何がいけねぇんだよ」
「思ってねェだろォが。テメェが単に嫌われたくなくて媚び諂ってるだけだろォがよォ…」
「あ?誰が媚び諂ってるって?」
アツシの言い方により、マサタは険しく言い返したが、実際のところ、アツシの発言は的を射ていた。マサタ自身、ハナに恋心を寄せている。それを呆気なく終わらせたくないという、極めて自分本位な感情から、先の謝罪の言葉が出てきた言える。
「見ててムカつくンだよ…。テメェみてェな、人の顔色見るだけのカス見てるとよォ」
次第にアツシの言葉に、私的な恨みが混じり始める。
「テメェが盡に惚れてンのは見りゃァ猿でも分かンだよ。ただ気に入ンねぇのは、テメェみてェに、媚び諂って相手の顔色窺うのを「優しさ」とか「愛」とか勝手のいい言葉に逃げンのが気に入ンねェ。」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「どうもこうもあるかァ?。いつも通りでイインだよ。この俺を負かした男が、人の機嫌取るしか出来ねェカスだったら俺のメンツまで丸潰れじゃねェか。」
「で、でも…………」
マサタが言い淀んだ。
今まで、ありのまま、あるがままの自分を曝け出し、それを否定されてきた。
常に誰かの顔色を窺い、機嫌を取るばかりであったマサタは、また誰かに虐げられることに強い不安を抱いていた。
「テメェがしてんのは『嫌われない努力』だ。『惚れされる努力』しろよこのタコ」
「お、おいっ!誰がタコだ!!」
「ンじゃァな」
「ち、ちょっと待て!」
「ンじゃァな。」
階段には、カツカツと、アツシの足音が反響した。
残されたマサタは、脳裏に浮かんだハナの顔を振り払い、教室へと向かった。

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