異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第133話『空言』

翌朝、背中から覗き込む太陽の気配で、スマートフォンのアラームより早く目が覚めた。
時刻は午前四時半。かすむ視界を瞬きで整え、体を起こし、身支度を整える。
黒くなってしまった髪を櫛で梳き、制服に袖を通し、歯を磨き、部屋を後にする。
ようやく迎えた、久しぶりのいつも通りである。
今しがた使っていたものを詰め込んだ段ボールを抱え、SSクラスの寮室へと向かう。
空き部屋は1階の角部屋。そこが、これからハナが住まう部屋である。
今まで通りの足取りで寮室へと向かう道中、何人かの生徒とすれ違う。
彼らはみな、物珍しいものを見るような、それでいて、汚らわしいものを蔑むような眼でハナのことを見た。
きっと、SSクラスへの昇格を芳しく思わない連中なのだろうと、その時はそう思っていた。
その推測も存外的外れではない。しかし噂というものは、人が生み出す最も強固で最も汚濁に塗れた、忌むべき文化である。
というのも、人々が噂話を好む理由は、それを入手することよりも、他者へと伝播させることであり、その内容までは誰も気に掛けはしない。それ故に、噂話の内容は業務連絡と異なり、尾ひれがつき、不確かな情報や嘘が加算される。
それは、話者の自己満足の為に他ならない。
また、心理学的側面から言えば、人間は本人から聞く事情よりも第三者からの情報を信用するという傾向にある。これは、「ウィンザー効果」と呼ばれている。
そういう「他者へと話すときにのみ得られる快感」を追い求める利己的な傍観者と、「情報の真偽」を見定めようともしない傍観者とが結託することで、低俗で醜悪な噂話が誕生する。
それをハナ自身が体感したのは、すれ違う女子生徒二人の会話からだった。
「ねえ今の人って…」
「うん。そうだよね。今日からSSクラスに行くっていう…」
「でもあの人、A+の盡さんなんでしょ?」
「らしいね。お姉さんを殺して、才華を奪ったらしいよ」
「うそ!?そんなことできるの…?」
「さぁ~?そういう才華の人を脅したんじゃない?」
「うわぁ~…。そうまでしてお金が欲しいのかな……」
「信じられないよね……」
ハナの胸中には、憤怒と殺意を綯い交ぜにしたような、おおよそ人間が持っていてはならないような感情が渦巻いていた。
脳裏に一瞬、「私の才華なら、今すぐこの二人を、細胞一つ残さず消し飛ばせる」というような、最悪の考えがちらついて、直ぐに頭を振った。
直後に、どうしてしまったのだろうかと、自身の胸へと視線を落とした。
やがて、二人の姿は小さくなってしまい、同時に自分の存在も小さく感じられて、悔しさという荷物を増やしてから、また寮室へと歩を進めた。

寮室の前に着き、荷物を下ろして、ポケットから部屋のカギを取り出す。
部屋番号を確認して、鍵を開けると、朝方に見たような、必要最小限のものだけが置かれた寂しい部屋が広がっていた。
部屋に段ボールを入れ、荷解きを行う。
小さな本棚の上に、姉の遺影と、昨日買ったナナカマドの花を飾り、それからは体感ではあっという間に荷解きが終わった。
それから少しスマートフォンをつつき、気が付けば、今までであれば朝練がちょうど終わる時間。午前七時。
来る途中にコンビニで購入したパンを一口かじり、咀嚼する。だが、どうも食欲がわかず、結局残りは捨ててしまった。

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