異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第128話『晨起』

生き延びてしまった。
つくしハナは、目が覚めると同時に、そう思った。
医務室の石膏ボード製の天井は、スクリーンの様に記憶を映し出す。
突然招集がかかって、巨きな【排斥対象イントゥルージョン】と戦い、姉が死に、傷が癒え、力が漲り、それからのことは、あまり良く覚えていない。
目の前の不気味な【排斥対象】が、憎くて憎くて仕方がなくて、気がつけば、ここに居た。
「起きたか。具合はどうだ?」
ふと声が聞こえ、そこに視線を向ける。
ハナの右手側、フレームレスの眼鏡をかけた少年が、持っていた単語帳を置きながらこちらに目線を向けた。
「あ、あの…。貴方は……?」
当然の疑問が口を衝く。
「今は俺の質問に答えろ。具合はどうだ?」
ハナの質問を全く意に介さず、彼は問い質すように訊く。
短い黒髪と、エメラルドブルーの瞳。その瞳が、真っ直ぐにハナを捉える。
「は、はい。良好です…。」
頭痛や眩暈、吐き気や倦怠感は全くない。意識も鮮明であり、体調は良好と言って差し支えないだろう。
「ちょ、ちょっと…ソウくん……」
割って入るように、女の声が響いた。
見ると、ハナの左手側で少女が桃の皮を剥いていた。
鎖骨の辺りまで伸びた栗色の髪と、優しそうな丸い花萌葱の瞳。度数の強い眼鏡が、より大きく瞳を映し出していた。
「痛むところは?手足の痺れは?この指が何本に見える?直近の記────」
そんな彼女の言葉を全く無視して、少年は立て続け質問を投下する。
「もう!ソウくん!この人困ってるでしょ!ごめんなさいね〜、悪気はないの…。」
そんな少年とハナ自身を見て、頬を膨らせながら少女が制止に入る。
「あ、あの、貴方たちは?」
再び同じ問いをする。
「ごめんなさい。自己紹介が遅れたわね。私は萩澤はぎさわキョウカ。SSクラスよ。こっちは桐咲きりさきソウタ。同じSSクラスよ」
栗色の髪の少女が、自己と少年を紹介する。
名前に聞き覚えもなく、どうやら完全に初対面のようだ。
「は、はぁ……」
「大変だったわね……。【排斥対象】のこと、ありがたく思うわ。」
少女─キョウカは、微笑みながらそう言った。
その言葉が、薄ぼんやりとした記憶の景色を、偽りのない事実に換える。
「あの、【排斥対象】は……………。」
心中を言葉にして訪ねてみる。
夢であることを期待している訳でもないのに、真実を知るのが何だか怖い。だが。
「ええ。あなたのおかげで倒せたみたい。本当にありがとうね。」
返ってきた言葉は、やはりハナの記憶と矛盾しなかった。
「そう………………ですか…………」
感嘆も、歓喜も、何もなかった。
特別こみ上げてくるものもない。
ただ、驚くほど冴えた頭と、纏まった思考が、心を白く塗りつぶしていた。
それと。と、キョウカが続けた。
「実はあなたが何者なのか、私たちも学園も把握できてないの」
「え?」
その一言に呆気に取られる。
「アテスターは紛れもなく『盡ハナ』さんと同じなんだけど、どうも心華と才華、DNAが盡ハナさんと合致しないみたいなの。髪色と目の色も違うみたいだし……。とにかく、詳しい結果が出るまでここで安静にしていてくれる?」
「いや、いやいや。私は盡ハナで合ってます!」
自分が自分でないという発言を、ハナは強く否定する。しかし。
「科学がそれを否定してるんだ。もうお前が『盡ハナ』であることを証明できない。何人たりともな。」
冷たい口調でソウタがそう告げた。
「そ、そんな……」
「お前が何者かわからない以上、拘束するのは道理だ。無論、何者かの才華によってこうなった可能性も否定できないが、同時に才華で誰かが盡になりすます可能性も否定できない。兎に角じっとしていろ」
「ちょっと、ソウくん…。そんな言い方……」
突き放すようなソウタの言い方に、キョウカがフォローに入ろうとする。しかし。
「いえ、良いんです。桐咲さんのおっしゃる通りですから」
ハナは諦めたように、そう言った。
だが内心は、早く彼らにどこかへ行って欲しかった。
納得したフリをして、1人にして欲しかった。
「そ、そう……」
キョウカが、ハナへ向けていた憐憫の目を、ゆっくりと地面へと落とした。

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