異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第124話『地雨』

自身の右腕が切断されているのを視認した。
しかしそれは、排斥対象の触腕によるものではなかった。
振り下ろされたハナの戦斧が、排斥対象の顔面で跳ね返り、それが自身の腕を切断したのだ。と、ハナが理解するまでにそう長い時間はいらなかった。
宙空に舞う血液の上で、ハナの右腕と、血のついた戦斧もまた舞っていた。
だがハナにとって自身の右腕よりも衝撃的だったのは、それだけの威力の攻撃をもってしても尚、未だに排斥対象が健在であるという点だ。
しかしハナとて、そこで折れるような意思で行動を起こしていない。
ハナが振り下ろした戦斧が排斥対象の顔面に衝突してから一瞬、自身の右手を左手で掴む。
そしてそれを、手首を軸に一回転させる。それに伴い、切断面から血液が噴出する。それを確認し、
「開華ッ!…〈空裏膏血Inane Bequeation〉─〈氷纏華Unmove〉!」
と、大きく叫ぶ。
瞬間。噴出した血液が、極低温で凍結する。
極めて短い時間で凍結した血液は、腕の深部へ向かうにつれて鋭くに突起した、形容するなら「槍」のような形状へ変化する。
ハナは切断された自身の右腕と、そこから溢れ出る血液を、槍という新たな武器へと変化させた。
理由は明白。眼下の排斥対象の顔面に、これを突き立てるため。
「〈空裏膏血Inane  Bequeation〉─〈蹙竦Unpression〉」
周囲の大気が一気にハナの手元に集まり、反対に排斥対象の頭上の大気圧は真空へと近づく。
そして、才華を解除すると同時、それまで保たれていた異常な極気圧差により、爆ぜるように気流が生じる。
そのハナの右腕が排斥対象の顔面に衝突する寸前の速度は、時速1700㎞を突破する。
周囲がどうなれど、今のハナには甚だどうでもよい。この眼下の生命体を抹殺することしか頭にない。
そしてその際に、自身が死すことも、考えられてはいなかった──────。

「うわっ…!!」
右腕で、吹き付ける砂塵から眼球を守る。
降り頻る大粒の雨が、ほぼ水平に体に吹き付ける。
マサタは眼前で何が起こっているかを理解する間もなく、ただ一人の少女が果敢に巨躯の怪物に立ち向かう様を見ていた。
ハナによく似た少女が、自身の数百倍はあろうかという巨大な【排斥対象イントゥルージョン】を蹴散らしていく。
ときに素早く、ときに力強く。一撃一撃が絶大な威力を持ち、【排斥対象】を確かな殺意で攻撃する。
彼女は、自身が移動した軌道に、線を残す程の速さで【排斥対象】の周囲を高速で移動し、その節々で攻撃を仕掛けていた。
「なんだよ………アレ……」
呆然とした様子で声を漏らすコウジを尻目に、マサタは駆け出していた。
「ちょっと!待ちなさい!どこ行くのよ!」
呼び止めるヒカリに、マサタは立ち止まって後ろ背に答えた。
「盡は、たった一人戦ってるんスよ。自分の限界も考えないで。あのままじゃ、良くて道連れ、悪けりゃ犬死っスよ。黙って見届けるなんて俺には出来ねえっス」
「その意見は認めるわ。最初からそのつもりで来たんだもの。でも、あの環境に突入して生きて帰れるようなら、私たちも最初からもっと善戦しているはずでしょう?」
「確かにそうっスけど…」
「大事なのは、『何がしたいのか』じゃなくて『何ができるのか』よ。彼女の才華も分からない、あの【排斥対処】の倒し方も分からない。近寄り方すら分からない。私たちに今できるのは、彼女の戦闘環境を整えることと、危機的状況に陥った彼女を救うことだけよ。」
「わ、分かったっス…」
一頻り自身の構築した理論と、現在の環境から実現可能な行動を提示し、行動の最終目標として示す。
「では、我々の活動指針は決まったな」
サナエが満足げに頷く。
「ああ、まずは、可能な限り接近しよう。」
ヒカリの意見に同調するように、コウジがそう呟き、四人は再び【排斥対象】に接近し始めた。

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