異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第119話『遺逸』

触腕は、ただ静かに、レナの胸を貫いた。
頭上の触腕はフェイク。本命は、前方から高速で迫り来ていた。
元来のレナであれば、その程度のことには気が付く。
しかし、意識が朦朧とし、思考が纏まらない状態では、気が付けなかった。
自身の血液が、じんわりと触腕を濡らしていく。
「は……が…………」
声にならない声は、きっと誰にも届かない。
やがて触腕は、ゆっくりと上方へと昇っていく。
それに伴い、レナの肉体も空中へと上昇していく。
痛い、苦しい、辛い。それに……寂しい。
悲しい。
虚しい。
自分の生が、こんなにも脆弱で、無徳だとは。
大切な人も守れず、人を傷つけ、殺め、虐げるだけで、自分の満足の為にしか生きられない。
こんな人生なら、生まれてこない方が人様の為なのだろう。
闇に吸い込まれてゆく意識の渦中で、一つだけ。たった一つの伝えたかった言葉をハナへ告げようと、視線をハナの方へと向ける。
ハナは、不安そうな目でこちらを見ている。
良かった。これで私の声は、遺志は、感情は、ハナの元へ届くだろう。
あまりにも不安そうに、心配そうにこちらを向くハナの視線に、言葉は一度喉元を往復するが、それを無視して言葉を発する。
レナは、自身の口から最期の言葉を遺しながら、只管ひたすらに謝罪を繰り返した。
きっと伝えるべきはこんな綺麗ごとじゃない。
もっと、今までの自分の罪を認め、その贖いに値する言葉を伝えるべきだろう。
(意地悪で、ごめんなさい。冷淡で、ごめんなさい。妹思いじゃなくて、ごめんなさい。姑息で、ごめんなさい。無能で、ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい。愛していると伝えられなくて、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……)
いつだって、思考と言動が食い違っていて、その所為で他人を傷つける。
そんな自分が嫌いで、でもこれ以上自分を嫌ってしまったら心が壊れてしまいそうだった。
だから、他者に厳しくして、感情を殺して、平静を装いながら生きてきた。
そんな大嫌いな自分自身の唯一好きになれたところは、最期の最後に、窮地に追いやられたハナを見て、肉体が勝手に動き出してくれたところだ。
私は、ハナのおかげで今まで生きることができた。
そんな彼女の為なら、この命など、何ら惜しくなどない。
視界がゆっくりと白くなっていく。
まるで、何か眩しいものを見つめているような。
ああ、そうだ。
私にとって、ハナは──────────────────────────。


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