異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第118話『諦念』

「フーッ……フーッ……!」
荒い鼻息は、肉体の損傷と相まって状況の過酷さを物語っていた。
血液か、はたまた【排斥対象】イントゥルージョンの体液なのか、その区別もつかない程に、全身は真紅の色に染め上げられている。
あらゆる関節は、後ろ髪を引くように悲鳴を上げ、あらゆる感覚器は、その機能をまるで果たしていない。
こんな私の行動を「最後まで諦めなかった」と言えば、それは、大層に聞こえが良いだろう。だが、現実は大きく異なる。
この私の行動は、「諦める勇気もないくせに飛び込んだ臆病者」と片づけられるべきなのだろう。
虚ろな瞳に、ゆっくりと光が返ってくる。
「あ…れ…………?私………」
瞬間。
バキョッ!
背後から一気に接近した触腕に体を強く叩打され、肉体は大きく前方へと放り出される。
「あぐぇぁッ!」
激痛のあまり、異常な音が声帯から放り出される。
肉体が着地する衝撃は、その心を挫くには決定的な威力を有していた。
しかしレナには、ハナを守り抜くという使命が未だに残っている。
少なくとも、ハナがこの場を離れ、安全な場所へ移動するまでは、この戦闘を休止することは出来ない。
幾度目とも知れないが、スナイパーライフルの銃口を排斥対象へと向ける。
その時だ。
正面から、黒い影が肉薄する。
それが排斥対象の触腕であることを理解したころには、既に時は遅い。
慌ててその触腕を躱そうとする。だが、迫り来た触腕はレナの五体から右脚を奪い去った。
「あああああああああああああああああああああ!」
激痛に呼応して放たれたその声は、人間の肉声とは判断できない程に歪んでいた。
右脚、腿から下を刎ね飛ばされ、バランスを崩したレナは、アスファルトの上に真紅の池を作りながらくずおれてしまった。
両手で止血を図ろうとし、左手が存在しないことを思い出す。
痛みで思考がまとまらない。それでも、このままではいけない事だけは分かる。
が、排斥対象などという知恵を持たない生命体に、手加減や容赦などは存在しない。
あるのはただ、純粋な、殺戮のみ。
再び、触腕が眼前から伸ばされる。
もう躱す術はない。かと言って、触腕による攻撃を防ぐ手立てもない。
スナイパーライフルは、二メートルほど後方に転がっている。今から回収し発砲するほどの時間はない。
もう回避もカウンターも出来ないことを理解したレナは、排斥対象の触腕による攻撃を防ごうと左腕を伸ばした。
だがその触腕は、レナの左手の傷口からレナの体内に侵入した。
「うあああああああああああ!」
恐怖と、激痛と、焦燥感が綯い交ぜになって、声になる。
手刀のような状態で侵入したその触腕は、肩関節の辺りまで這い上ると、その指を一気に広げた。
「あああああああああ!」
皮膚から、触腕の指先が顔を覗かせる。
そしてそのまま、触腕が一気に引き抜かれる。
それにより、左腕の皮膚と筋肉が、縦方向に裂かれる。
「あああああああああああああああ!」
意識が塗りつぶされるほどの痛みが、レナの中で炸裂する。
左腕の肉が、骨から剥離したような状態で、左肩からぶら下がっていた。
その痛みに悶えながら左腕を抑えていると、地面に出来た血溜りに影が差しこんでいたことに気づく。
直ぐに見上げる。
すると、頭上から触腕が迫り来ていた。
「…あぁっ…………………」
その声は、あまりに小さすぎた為、排斥対象の咆哮の中で溶け消えてなくなってしまった。
トスッ。
巨大な炸裂音も、爆風も、絶叫も、悲鳴も、振動もない。
ただ静かに、触腕は、レナの胸を貫いた。

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