異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第114話『絞殺』

「おねーちゃんのおかーさん、殺してよ」
その要求に呼応した一瞬の狼狽を、レナは隠し通すことが出来なかった。
「………………殺せば………良いのね…?」
しかし、レナはその提案を、受け入れた。
真っすぐに母親の眠るベッドへと向かい、その首を小さな両手で包む。
このまま両手に力を込めれば、窒息と脳への血液循環の悪化により、母は死ぬだろう。
理屈として、何も難しい事は無い。
だが、なぜだろうか、うまく手に力が入らない。
こんなにも嫌いで、醜くて、最低で、無能で、非情な人間であるのに。
手が震え、うまく首を絞められない。
それを見かねた少女は、急かす様にレナに声をかける。
「ほらほらぁ、そんなんじゃいつまで経っても死なないよ~??ちゃんと絞めて~?」
「………うる………ざ……い………」
その言葉を吐くと同時、一気に手元へと力が入る。
涙が止まらない。
それでも、こうするしかない。
ハナの為に、母には死んでもらうしかないのだ。
自分の選択が正しくないことは重々承知している。
だが、今まで両親と自分がハナにしてきたことが間違っているのもまた事実だ。
その罪の重さと、ハナの苦しみに比べれば、この程度のことは何の問題でもない。
「………ぅぐっ!……………えっぐっ……!」
涙がぼたぼたと母に降りかかる。
母は苦悶の表情を浮かべているが、声を発せない。
当然だ、きつく首を絞められてしまえば、声帯を通過した空気が口から抜ける事は無い。
仮に抜けられたとしても、それは声よりも嗚咽という表現の方が適切であるだろう。
しかし、声が聞こえないのは、唯一の救いだった。
いつものように名前を呼ばれてしまったら、きっと躊躇ってしまうから。
今まで強張っていた母の首の筋肉が、徐々に弛緩していくのをその手で感じた。
死んだのかは分からないが、少なくとも意識は消失したようだった。
レナの手から、するりと力が抜けた。
両手が重力のみに従って、床へ向けて垂れる。
力み続けていたその手は、少し痺れていた。
すると、背後の少女が声をかけてくる。
「何で力抜いてるのぉ~?まだ死んでないよぉ~?」
「………えっ?」
「やらないなら、私は帰るけど…?」
挑発するように少女が笑う。その口調に激しい憤りを覚えながら、レナは歯噛みをした。
だが、今はこの少女に歯向かう訳にはいかない。
覚悟を決めたレナは、ベッドの下にある代替用のベッドシーツを取り出した。
そして、近くにあった水が入った2Lペットボトルと、横にあった花瓶を、シーツで包む。
そしてそれを、勢いよく振り回し始めた。
ヒュンヒュンと、風を切る音が響く。
ゆっくりと、手にしたシーツを伸ばし、その回転の半径を広げていく。
円運動の力を構成する要素は、角速度、質量、半径の三つである。
すなわち、先端部分が重ければ重いほど、回転する速度が速ければ速いほど、そして半径が大きければ大きいほど、先端部分の力は増加するのだ。
レナはそのシーツを、母の顔面目掛けて叩きつけた。
花瓶が割れる甲高い音に混じって、肉と骨がつぶれる音が確かに耳に入った。
返り血が頬を伝い、圧倒的な虚無感と、引き返せない罪悪感が全身を駆け抜ける。
頬を這った返り血は、やがてレナの涙と混じって床へと滴り落ちる。
そんなレナの肩を、少女が叩く。
「よく頑張ったね。偉いよ。それだけ、妹さんのことが好きなんだね」
「………………………へっ?」
先刻とは打って変って、優しい口調と言葉遣いになったことに、思わず戸惑ってしまう。
「わかった。これ、あげるよ」
そう言って、少女はレナの手に一粒のカプセル錠を渡した。
「服用してから一日以内に能力が発現するよ。副作用は強いけど、おねぇさんならきっと耐えられるよ」
「………分かった」
レナが短く返す。
「ふふっ。それじゃあ、頑張ってね」
そういうと、少女は窓から飛び降りた。
レナは、その窓から地面を見下ろそうとはしなかった。
きっと彼女の姿はもうないのだろうと、そう悟っていたから。

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