異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第106話『深雨』

雨が、降る。
頭上の積乱雲が、水滴を大地へと垂れ流す。
垂れ流されたその雫は、髪を、両手を、銃口を、銃身を、頬を、濡らした。
濡らされた朱色の髪が、キラキラと輝く。
だが、当の本人は、そんなことに気が付かない。
それ以上に目の前で起きた出来事が衝撃的過ぎて、そんなことを気にする余裕がなかった。
「……ハ……ナ…………?」
戸惑いがちなその感情が、思わず喉から漏れてしまう。
それは、目の前の風景が現実であると受け止めたくないという、我儘な願望の表れだろうか。
レナは、ハナのもとへと駆け寄った。
自分でも出せる最高の速度で、その距離を直線で駆け抜けた。
速く、早く、疾く………!
アキレス腱が引きちぎれてしまいそうな程、体を前傾させて駆け抜けた。
こんな、こんな、こんなこと、あるはずない。
ハナが、ハナ…………………が。
やがて、その緑色の髪が見える。
うつ伏せになり、瓦礫の下敷きになってしまったその姿は、すでにハナが重傷を負っているということを示している。
「ハナぁ!!」
泣きそうな、情けない声で、その名を叫んだ。
「ハナ、ハナ……ハナ…」
伸ばされたその右手を、強く握る。
目を覚まし、いつもの笑顔で私に甘える姿を思い描きながら、彼女の名前を叫んだ。
「………おね……え…ちゃ……………」
苦し紛れに、必死で発声するハナが、自分を求めた。
その声を聴いて安堵した心は、レナの肉体にハナのその右手をより強く握るように指令を下す。
「ハナ……。大丈夫、すぐに救助班を呼んでくるから。少し待ってて」
「……やだ…やだよ…………行かない…で………」
ハナの手は、縋るようにそう言いながら、レナの手を強く、強く握った。
開かれたその両目からは、涙のように血が流れている。
だが、現実は非情である。
否、温情な現実など存在しない。
アテスター越しに声が響いた。
『全生徒へ通達。現時点を持って、現場を引き揚げます。繰り返す、現時点を持って、現場を引き揚げます』
無機質な機械音のような声。
その内容は、声音に似合った無慈悲で無情な命令だった。
「…………っえ?」
レナの喉から、そんな不安な声が漏れる。
そして直後、レナはそんな指示に反対した。
「ま、待って下さい!まだ、まだハナには意識があるんです!せめて救助してください!」
『許可できません。これ以上の戦力の喪失は致命的です。速やかに引き揚げて下さい』
無機質な声が、冷徹で残酷な返事をする。
「お願いします!助けてください!ハナが!ハナがぁ!!」
『許可できません。これ以上の戦力の喪失は致命的です。速やかに引き揚げて下さい』
繰り返された二度目の返答は、レナにこれ以上の抗議が無駄であると分からせるには十分だった。
「じゃあ………私はここに残ります」
「ダメです、レナさん。早くヘリに戻って下さい」
次にその声をレナに届けたのは、浜曷だった。
「馬鹿言わないで!自分の妹を見殺しにしろって言うの!?」
「はい。今は瀕死のハナさんの命よりも、健在な貴方の命の方が、価値があります。早急に戻って来て下さい」
「この人でなしッ!アンタに人の心はないのッ!?」
感嘆と怒りをないまぜにした声が、空を駆ける。
それでも、浜曷は意見を曲げない。
「貴方は利口なので分かるはずです。あなた一人ではアレに太刀打ちできないこと、あなた一人では今のハナさんを救えないこと。あなた一人では、何の役にも立たないこと。ここは一度引き揚げ、この【排斥対象イントゥルージョン】の能力などを分析した上で、確実な敵討ちをするべきです」
「─────────────────黙れ」
「………………えっ?」
今度、そんな素っ頓狂な声を上げたのは、浜曷の方だった。
しかしレナは、そんな浜曷の声に耳を貸さなかった。
「黙れ。私は、一人だけでも残る。ハナ一人で死なせるくらいなら、アタシも一緒に死ぬわ」
「やめなさい!早く戻りなさい!」
焦ったように浜曷が叫ぶ。
「アンタらがハナを見捨てても、アタシは、アタシだけは────────ハナの味方だから」
そう言うとレナは、強くハナの手を握った。
「…………………ずっと……ここにいるわ…………」
きっとハナには、見えていないだろう。
レナが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、ハナのその右手を自身の両手で優しく包み込んでいるのが。
だが、レナは嘘を吐いていた。
ずっとここにいるなんて言葉は、真っ赤な嘘だ。
本当は、居ても立っても居られなかった。
自分の妹を、こんな風に傷つけたアレが、憎くて仕方なかった。
だが、かといって、その手を離すわけにはいかない。
きっと手を離してしまえば、ハナが寂しがってしまうだろうから。
レナは、自身の腰に携えた一本のナイフを取り出す。
そしてそのナイフを────────自分の左手に突き立てた。

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