異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第102話『猖獗』

数多の触腕が、迫りくる。
それを、身を翻して躱し、突き進む。
サナエは地を駆け、排斥対象の中枢を探していた。
この巨体に存在する中枢がどれほどの大きさであるのか、皆目見当もつかない。
だが、少しずつダメージを与えていけば、いずれ中枢が露呈するだろう。
その瞬間、中枢目掛けて一斉に畳みかける。
これが最も理想的なシナリオである。
合理的とは言い難いが、敵の猛攻を食い止めつつ、こちらも撃破へと近づくという点では非合理に過ぎると言う訳でもないだろう。
迫りくる触腕が、赤い粘液をまき散らしながら肉薄する。
その粘液が、接触した物質に対してどのように作用するのかが判明していないため、不用意に肉体や武器を接触するのは避けたい。
先刻同様、身を翻し回避する。
だが、今度は違う。
回避した先を予測したかのように、またもや触腕が伸びてきたのだ。
回避は出来ない。だが、何も出来ない訳でもない。
ここからは三択。回避という選択肢が潰えた今、サナエが取れる行動は、防御か受け流しかカウンターだ。
防御は出来ない。効果不明の粘液と接触するリスクが大きい。
受け流しも難しい。敵の懐の中で、受け流す為に一か所に留まるのはリスクが高い。
消去法から、最善の行動はカウンターであると導き出される。
触腕に対して突きを行い、才華を発動するのは難しい。
時間や技術、体力を考慮すると、触腕を切断するのが理想的だろう。
その結論に至った瞬間。サナエは抜刀し、目前の触腕を切り落とした。
肉越しに骨が地面に衝突する音が聞こえたが、そんな気味の悪い音に足を止めていられるほど余裕はない。
切り落とされた触腕は、地面を這いずり回る。
さながらトカゲのしっぽのようだ。
サナエは、真っすぐに排斥対象の顔面を見た。
触腕を切断されたことに対して、目立った反応を示していない。
つまり、この排斥対象は、最初から触腕を自身の肉体として認識していないか、そもそも痛覚や触覚がないということになる。
どちらにせよ、この無数の触腕を切断する度に喚かれるよりは良いだろう。
さて、体高300mの排斥対象の中枢を如何にして探すか。
そしてもし発見したとして、如何にしてそれを破壊するか。
壁は大きく高い。だが、決して壊せない訳ではなさそうだ。
サナエは不敵に笑う。

その時だった。
ドン。と、背中を叩かれる。
体制を崩すが、急いで体勢を立て直し、振り返る。
だが、背後には何もなかった。
代わりに、サナエの胸を奇妙な違和感が襲った。
胸を見下ろす。腕が、三本あった。自分の両腕の他に、もう一本。
一秒後、ようやく理解した。
先刻切り落とした排斥対象の触腕が────────────自身の胸を貫いていたのだと。
油断していた。侮っていた。
100が1つか、1が100個、その二つだと思っていた。
1つの100が、99と1に分かれる可能性を考慮していなかった。
「………あ………あぁ………」
その触腕は、今なお薄気味悪くビチビチと蠢いている。
すると、触腕の動きがピタリと止む。
動きが止まったその触腕を、サナエが引き抜こうとした瞬間。
ガバッ!
「んぐっ…!?」
その触腕は、サナエの顔面をがっしりと掴んだ。
呼吸が封じられ、視界も塞がれる。口から鼻にかけて、吐き出そうとした血液が充満する。
まずい、非常にまずい。
刀は地面に落としてしまっている。
まずい、誰か…………!
「開華!〈等重変換Equal Dead-Weight〉!」
「開華っ!〈境界超越Manifold Breaker〉っ!」
二つの声はほぼ同時に響いた。
同時に、胸の違和感は消え、視界と呼吸が再び機能を獲得する。
「大丈夫か!?鵞蘼!」
苦しみながら吐血と咳を繰り返すサナエの肩を、コウジがやさしく抱き留める。
傷口からは止めどなく血液があふれている。
「コウジ先輩!時間がねぇっス!一旦ここから離れましょう!」
マサタは、周囲の状況を鑑みながらそう叫ぶ。
「ああ、そうだな」
納得したようにうなずくコウジ、心配そうにサナエを見るマサタ。
「姉貴、ちょっと消すぞ」
「……ああ」
サナエが頷くのを確認してから、ゆっくりと、マサタの手がサナエの額に触れる。
瞬間、サナエは忽然と姿を消した。
マサタの才華により、2次元へと転送されたのだ。
それにより、サナエが手当てを受けるまでの間に症状が悪化することもない。
そして、再びマサタは叫んだ。
「〈境界超越Manifold Breaker〉……!」
自身の薙刀の刃の中に閉じ込めた2+1次元を3+1次元へと変換する。
変換したその空間は、足元で展開される。
そして肉体は一気に20mほどの高さまで飛翔する。
また、頭上の3+1次元を2+1次元へと変換することで、更に高所へと移動していく。
満足な高度まで上昇し、一時的に空中に3次元の足場を展開し、そこでサナエを救護する。
「〈境界超越Manifold Breaker〉」
再びサナエが姿を現す。
そして、サナエはマサタが自身を移動させたと理解すると同時、マサタから渡された刀で自身の腹を貫いた。
「〈司刻刀ジゴクトウ〉…第三刀術・魅遡斬ミソギ
サナエが、死にかけの声でそう呟く。
すると、みるみる傷が癒えていく。
やがて、傷も衣服の破損も『元に戻った』のだった。

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