異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第98話『渇仰』

車内の空気は、重く冷え切っていた。
そこに、希望はなかった。
ただただ、腐りきった絶望感だけが、ハナの背中に重く圧し掛かっていた。
父は苛立たし気に車のハンドルを握り、母は助手席で退屈そうに窓の外を眺めている。
家に帰ることが、こんなにも恐ろしかったことはない。
きっとこれまで以上に酷い扱いを受けるのだろう。
だが、それ以上に怖いのは、自分がそんな環境にも慣れてしまいそうだからだ。
夜の海際を走る車。その窓を開放するも、入り込んだ磯臭い潮風が車内を腐食した。
友達ができたと思った。
自由だと思った。
永遠だと思った。
解放されたと………思った……。
そんな希望が絶望へと切り替わる時の、苦い後味を確かめていた。
その時だった。
「うわああああああ!」
「ちょっと!あなたぁあ!」
両親のそんな叫び声が聞こえる。
ハナは、その声に連られて前方へと視線を向ける。
それは、目映い光だった。
瞬間。
グァショォオオン!
極めて強い撃力が、車体を通してハナの肉体へと伝播した。
遅れて、先ほど見えた光が、10tトラックのヘッドライトであると理解した。
「きゃぁぁぁあああああああ」
各々の悲鳴が、車内で入り混じる。
断崖絶壁の道路で10tトラックと正面衝突を起こし、車体は空中を舞う。
やがて車体は地面へと帰着するも、ガードレールを突破し、やがて海岸へと転げ落ちていく。
全身を、太い角材で殴られるような鈍痛と、肉体の異常な浮遊感。
自分が今どこを見ているのかもわからない。
ハナの記憶は、そこで途絶えてしまった。

目が覚めた時には、姉のレナと共に聖アニュッシュ学園へと向かうヘリコプターに乗っていたのであった。
母は死亡、父は意識不明の重体とのことだった。
あの日、レナがやさしく頭を撫でてくれたのを今でも覚えている。
これだけ迷惑をかけ、これだけ寂しい思いをさせてしまったのに。
それでもレナは、変わらなかった。
動じなかった。
私は心の底から、「レナのようになりたい」と、切に願った。
そのための努力を、今なお続けている。

それがたとえ叶うことのない願いでも、諦めてしまったら、もう彼女の背中も追えない気がしてしまうのだ。
応援するなんて誰にでも出来る。
傍観するなんて誰にでも出来る。
羨望するなんて誰にでも出来る。
でも、誰も背中を追おうとしない。
誰も追いつこうとしない。
誰も追い越そうとしない。

「諦めなければ夢は叶う」などと言う甘い誘惑を信じるつもりはない。
だが、少なくとも「諦めてしまった夢は、絶対に叶わない」と言うことだけは確かだ。

私は───────────可能性を、ゼロにしたくない。
そのための努力だ。

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