異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第89話『稀覯』

翌朝。
サナエは、病院のベッドの上で目を覚ました。
話を聞くところによると、サナエのスマートフォンで何者かが通報をしたらしい。
通報者はきっと…あの少女だろう。
少女は、サナエの中に恐れと悔しさを残して、消えて行ったのだった。
それから3日ほどで退院したサナエは、父から真剣を譲り受けた。
それは、剣道のみならず、居合道や抜刀道に関しても指導を行うためだ。
そしてその練習の一環として、父の投擲したA4紙に対して「突き」をしていた。
その時だった─────彼女の才華が発現したのは。
突き抜いた紙が、体積をそのままに、小石のようにコトリと落ちたのだ。
拾い上げようと紙に触れると、その表面が異常なほどに冷却されており、左手の皮膚に凍傷を負った。
今思えば、物体の主観的時間が静止することで、分子の運動が停止し、紙の保有する熱エネルギーがゼロになったと考えられる。
熱というのは分子の運動量の大きさであるため、時間が止まった物体は分子の運動さえも停止し、保有する熱エネルギーがゼロになるのだ。
その後病院へ行き、手の治療はされたが、何故そんな現象が起きたのかは当時のサナエには理解ができなかった。
その日の夜、ポストには学園からの招待状が投函されていた。
サナエはそこで初めて、左手の凍傷の原因が、自身の能力によるものであると知った。
そして、封筒に記された内容と、自身に宿った不可解な能力のことを、つまびらかに父親に話した。
父は暫く黙っていた。
すぐに決断が下らないのは、自身が愛されているが故だろうか。
少しして、父は顔を上げ、サナエに語りかけた。
その時、父に言われた言葉を、今でも鮮明に覚えている。
「いいか、サナエ。強さには四つの段階がある。
最も弱い者は、誰も何も守れない。
2番目に弱い者は、自分しか守れない。
2番目に強い者は、愛する人を守ることが出来る。
そして、最も強い者は、敵すらも守ることが出来る者だ」
真剣な眼差しで語る父の眼を、サナエも真剣に見つめ返していた。
「人を傷つけるためや、私利私欲の為だけに力を使うのは論外だ。人ですらない。お前のその力、他人様のために使いなさい。そうすれば、他人様もお前に手を貸してくれるさ」
「……はいっ!」
「お前は美那原家の長女だ!胸を張って行ってきなさい!」
「有難う御座います!」
父のその言葉に背を押されたサナエは、家を後にし、学園へと転入したのだった。

サナエは学園でも稀な、「転入前に才華で他者に危害を加えなかった」存在である。
それが幸運故なのか、自身の精神の高潔さ故なのかは、誰も知らない。

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