異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第80話『窺破』

「摩擦係数を操るんだろ?チンケな能力だな、タネがわかればどってことねぇよ」
摩擦係数。
この世のすべての物質は、それを保有している。
物がその場に留まり続けるとき、歩くとき、車がブレーキをかけるとき、指を鳴らすとき。
この世のすべての動作に、摩擦が関与している。
摩擦とは即ち、接触している二物体の接触面に対して平行に作用する力であり、『滑る』という運動においてそれを妨げる方向へ働く力である。
そして、摩擦の大きさを左右する要素は二つだけ。
『垂直抗力』と『摩擦係数』のみである。
これは摩擦力を求める式である「F=μN」から分かる。
即ち、摩擦力とは、垂直抗力と摩擦係数の積である。
式中のNである垂直抗力は、つまるところ物体が接触面へと向かう力であり、変数である。
対してμと表記されている摩擦係数は、物質の種類や接触面の状態により異なる比例定数である。
誤解されがちだが、摩擦を起こす上で、その接触面積は全く関係がない。
接触面積が広かろうが狭かろうが、接触面に対して加わる力(垂直抗力)が等しく、材質と接触している面の状態(摩擦係数)が同じであれば、生じる摩擦力も同じである。
アツシはこのうちの摩擦係数を操ることができる。
そう考えれば、今までの全てに説明がつく。
マサタがアツシの首筋に切り掛かったとき、その攻撃が無効化されたのは、アツシが自身の首筋の摩擦係数を著しく低下させたからだ。
そうすることで、アツシは刃を「滑らせて」いたのだ。
逆に自身の拳の摩擦係数を底上げし、その拳で打擲ちょうちゃくを行うことで、通常であれば掠る程度の垂直抗力で、マサタの顔面の皮膚を拳の運動に巻き込み、首ごと回転させることができたのだ。
ではなぜ、先刻のマサタの攻撃は通用したのか。
それは、薙刀を半回転させたことと深い関係がある。
マサタは、薙刀を半回転させた状態でアツシの首筋に切り掛かった。
所謂、峰打ちである。
薙刀の刃は反り返っている為、摩擦係数を下げられると簡単に攻撃を無効化されてしまう。
だが反対に、棟の部分は凹んでいる。
この形状であれば、仮に摩擦係数をゼロにされたとしても、首の逃げ場がないのだ。
イメージして欲しい、水に濡れて滑りやすくなっている茹玉子を。
それを、スプーンの背で持ち上げることが出来るだろうか。否、不可能だ。
摩擦力が著しく弱い物体は、接触面の最も窪んだ部分へと向かう性質がある。
それ故に、スプーンの腹であれば、容易に玉子を掬い上げることができる。
これと同じことを、アツシの首でやってのけたのだ。
だからマサタは、アツシにダメージを負わせることができたのだ。
「…………………ッチ」
アツシが忌々しげに舌打ちをした。
それは、マサタの発言が正しいが故に反駁できない悔しさの表れに他ならなかった。
「俺にこンなことしたこと、後悔さしてやるよ…」
「負け惜しみは後でたっぷり聞かせてもらうぜ」
「…………………殺すァ!!!!」
腹立たし気に叫び、またもアツシが疾走する。
有効な攻撃方法が確立された今、アツシが攻撃を仕掛けてこようと無駄である。
「バレてんだから意味ねぇんだよっ!」
そう叫び、薙刀を大きく振りかぶる。
狙うは脇腹、肋骨を砕き、2度と他人様を見下せないようにしてやる。
そう考えながら、一気に振り抜く。
だが、マサタの手には骨を砕く感触ではなく、もっと硬質な物に刃が衝突するような違和感が訪れた。
人体では考えられないような強度を持ったものに、刃が衝突する感覚。
アツシが、ニヤリと笑った。
笑みを浮かべたまま、さらに一歩踏み込み、ブレザーの内ポケットからそれを抜き出した。
取り出したそれを、勢いよくマサタの首元へと振り抜く。
「…………っく!」
慌てて後方へと退避し、それを躱した。
そのまま足元へ3次元を展開し、その3次元の壁を踏み抜くことで一気に上方へと跳ぶ。
そして、最高到達点に届いたところで、再び足元へと3次元を作り出すことで、鏡の床を作り出す。
そこから、今し方自分がいた場所を見下ろす。
アツシがこちらを見上げている。
その表情は、依然として嗤っている。
「まさかナイフが………二本あったとはな」

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