異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第70話『立案』

移動のヘリの中は、重く淀んだ空気が漂っていた。
かと言って、沈黙が満ちているわけではない。
「ハナ、また油断したでしょ」
「ごめんなさい…」
つくし姉妹、姉のレナが妹のハナを説教していたのだ。
その声がヘリのプロペラ音と混じって、形容し難い嫌な雰囲気がこの空間を乗っ取っていた。
「ハナはいつもそうよ。真剣にやればできるのに、自惚れて図に乗って失敗するの。何回繰り返せば気が済むの?」
「……はい…」
「“はい”じゃなくて。あの時チャンスはあったわよね?何で相手の隙を突かないの?見落としてたの?それとも見えててわざと放置したの?」
レナのハナに対する叱責には全くの容赦がなく、見ている方が酷だった。
ハナは戦闘中のような快活とした声ではなく、苦しみながら嗚咽混じりの声で返事をしていた。
「ま、まあ…そんなに責めないでよ…。ハナさんも頑張ってたと思うし……」
レンタが間に入ろうとするが。
「ダメですよ。ハナのせいで美那原マサタを逃しましたし、何より鵞糜がびさんが亡くなったんです」
「でも、ハナさんがいなかったら、僕ら全員やられていたかもしれないし──」
「いいんです…。私のせいなんです……。すみません……私のせいで…」
ハナは俯いて、自分の膝とその上の拳を睨んでいた。よって、その表情は全く見えない。
だが、その声音が、震える肩が、悔やんでいることを示していた。
この中で、誰よりもサナエの死を惜しんでいるのはハナだろう。
目の前で、半ば人質と化したサナエを殺されたのだ。
悔しいに決まっている。
ヘリの中の空気は、より一層重く、鈍く、淀んだ。
だが、そんな空気の中を1時間ほど耐えれば、学園の校舎が見えてきた。
ヘリが着陸するとすぐに、浜曷に会議室へと案内された。

「まずは、戦闘お疲れ様でした」
『………』
その場にいる全員の返答は沈黙であった。
それもそうだ。大切なクラスメイトを失って、快活に返事ができるはずがない。
「それでは、対美那原マサタ戦における作戦会議を行います」
浜曷はそんな雰囲気を知ってか知らずか、話を強引に開始した。
「まず、彼の才華ですが、次元を変える能力です。非常に強力です。しかし、意識してから発動までの間に1〜2秒ほどの間隔が開くことが明らかになりました。また、その時間は美那原マサタからの距離と、次元を変える空間の体積と相関関係にあるようです」
「じゃあ、遠距離攻撃ってことですか?」
レンタがそう言う。それに浜曷が返す。
「いいえ。そうでもありません。たとえ遠距離でも攻撃に勘付かれてしまっては無意味です。彼の才華は攻防一体なので、自身のすぐ近くに防御壁として展開される恐れがあります」
「じゃ、じゃあ、どうするんですか…?」
「最も有効であるのは、多数同時攻撃であると考えるべきでしょう」
「それってつまり…」
「はい。全員で畳み掛けるべきです」
「でも、他の人と一緒に戦ったことなんてないですよ!」
「ですが、それ以外に手立ては考えられません。彼は、単純な戦闘力も鵞糜さんや盡ハナさんを上回っています。何方どなたかが単独で制圧するのは難しいでしょう」
「面識もない人との共闘なんて、無意味どころか妨害ですよ!」
レンタが珍しく声を荒げる。
「これが最善案です。彼に対しては、100のダメージを一回与えるのではなく、1のダメージを百回与える方が効果的です。連続して、回避が困難な攻撃を続けるべきです。それとも、平佐名君は一人で彼を取り押さえられますか?」
そう言う浜曷の態度は、やけに攻撃的な気がした。
ただでさえ皮膚がひりつくような空気が、より一層そのひりつきを増した。
レンタは悔しげに歯噛みしながら食い下がった。
「では、攻撃を多数同時的に行うという方針で。この方針は、SSクラスの生徒全員にも伝えます。美那原マサタの所在を把握した場合、SSクラスの生徒とこの場にいる全員で彼の制圧を行います。その他の連絡は随時行います。では、解散とします」
会議室から一人、二人、と人が立ち去っていく。
やがて会議室には、浜曷ただ一人が残った。
手元の資料を見つめる。美那原マサタ。
資料通りであるなら、彼は……………………。

腹立たし気に廊下を闊歩するレンタと、その後を追うコウジ。
「あんなの作戦なんて言わないよ!もっと、綿密に計画を立てなきゃダメなのに!」
「ま、まあ…落ち着けよ……」
「落ち着けるわけないよ!鵞糜さんを殺せるような能力を持っていて、さらに武道の経験もある人相手にあんなガサツな計画なんて!どうかしてるよ!!だいたいもっと───────」
と、言いかけたところでレンタは発言を中止した。
否、せざるを得なかった。
それは、けたたましいサイレンのせいだ。
『学園の全生徒と職員に緊急連絡!学園の全生徒と職員に緊急連絡!』
無機質な機械音のような声が、アテスターを通して鼓膜を震わせた。
「なんだ?」
だがその声は、衝撃の事実を告げた。
『侵入者多数!侵入者多数!総員警戒態勢!』
「……………は?」コウジの喉から、声が漏れた。

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