異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第69話『撤退』

「〈境界超越Manifold Breaker〉ぁぁぁあああああああ!!!!!」
絶叫と同時、サナエは衣服と刀を残して消失した。
「鵞糜さんっ!」
ハナの顔が一瞬にして青ざめる。
だが、その判断力と反応速度は全く変わらない。
ハナは宙空で叫ぶ。
「お姉ちゃん!!」
そして再び響いた声は、アテスター越しにレナとハナの両者の声が重なったものだった。
『開華ッ!』
「〈不一為二-定熱神通圧Pressure〉」
「〈不一為二-定圧神通熱Temperature〉!」
瞬間、ハナの肉体は空中で大きく軌道を変え、マサタへ向かい高速で移動する。
マサタはハナに背を向けたまま、足元に転がった刀の鞘を踏み抜いた。
すると、弾かれるように刀が宙を舞う。その柄を掴み、引き抜く。
完璧な抜刀。鞘はまるでその場に固定されているかのように微動だにしなかった。
そして居合の要領で、振り返りながら剥き出しの刃をハナへ向けて振り抜いた。
ハナはそれを躱すように、後方へと軌道を変更する。
惜しくもその鋒はハナの首を切断する事はなかったが、アテスターと、その向こうのわずかな首の皮膚を切断していた。
一筋、喉元を生暖かい血液が伝う。
もう一ミリ踏み込んでいれば、彼女の命はなかっただろう。
そして、彼女はまた叫ぶ。
「お姉ちゃん!」
瞬間、今度はマサタの体が大きく後方へと飛ばされる。
だが、マサタは空中に3次元を展開し、そこに着地した。
「邪魔すんな」
そう吐き捨てると、マサタは自身の周囲を3次元の壁で囲み、大きな立方体を生み出した。
それはまさしく、最強の城と呼ぶにふさわしいだろう。
どんな強大な力でもっても、あの障壁を破ることはかなわない。
しかしそんな堅牢な防御壁は、時間にしてわずか数秒で蒸発した。
だが元に戻ったその空間に……マサタの姿は無かった。
周囲を見渡してそれらしき人物を探すが、いない。
「………消えた…?」
感嘆していると、コウジの背後から声がかけられた。
「逃げられたわね…。アタシたちは、一旦学園へ戻るわよ」
ヒカリだ。だが、その対応は至って冷静だった。
「お、おい。逃げられたんだろ…?追わないのかよ…?」
思わず声が漏れる。
だが、その声に答えたのはヒカリではなくレンタだった。
「いや。今追ったところで彼を保護できる確証がないんだよ。それに、そもそもどこに逃げたのかもわからないからね」
落ち着いて対処するヒカリたちに、コウジは言いようのない憤りを感じた。
「そうじゃねえよ!!お前ら!大切な仲間が殺されたんだぞ!何でそんなに落ち着いていられるんだよ!悔しくないのかよ!」
冷静さも落ち着きも、きっと大切だ。
だが、目の前でクラスメイトが殺されたのにこれほど冷静で良いのだろうか。
それは亡くなった仲間にも失礼であるし、何より、自分が死んだ時に誰も悲しむ人がいないと考えると、恐ろしくて仕方がない。
もう自分のことを覚えていてくれるのは学園の仲間しかいないのに、その仲間が悲しんでくれないのは、あまりにも残酷すぎるのではないのだろうか。
だが、そんなコウジの声を聞き、レンタが返した。
「64人」
「……え?」
「64人。これまで僕の前で死んでいった友達の数だよ」
「…………」
その真剣な眼差しに圧倒され、声が詰まる。
「僕らだって、目の前の死に思うことがないわけじゃないさ。今までだってそうだよ。でもね、今言った64人のうち25人は、君みたいに死んだ仲間の仇を討とうとして無理をした人達なんだ」
「で、でも……」
「気持ちはよく分かる。僕も最初はそうだったから。でもね、美那原マサタを確保するっていう側面でも、鵞糜さんの無念を晴らすっていう側面でも、ここは一旦退いて作戦を練り直すのが最善だと思うよ」
コウジはレンタの言葉に圧倒された。
それは、その理論には全く綻びがなかったから。
そして何よりも、その眼差しと経験による発言の重みが、レンタの口から出る言葉をより力強くしていた。
「良いかい。この学園で生き延びることを考えるなら、感情論や根性論は何の役にも立たないよ。でも、知識と知恵があればどんな問題も解決できる。感情任せに行動する人は迷惑だし、すぐに死んでしまうんだ。考えてから動けるのが人間の特徴なのに、思考を放棄したら〈排斥対象アイツら〉と何も変わらないよ」
「…………分かった…」
コウジのその言葉を聞いて、レンタは立ち去った。
レンタの理屈には心から納得しているし、賛同もしている。
だが、悔しくないわけではない。
悲しくない筈がないのだ。
コウジは、振り返らずにレンタの背を追った。

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