異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第66話『済生』

「おにーさん、暗いねぇ。そんなんじゃあダメだぞっ!」
振り返ると、小柄な少女が立っていた。
背丈は小さめだが、制服は近所の中学校のものだ。
しかし、その顔は夕陽の逆光でよく見えない。
マサタは少女を睨むと、すぐにまた歩き出した。
「ちょっと、無視しないでよ!お兄さんだよ!美那原マサタさん!」
それを聞き、立ち止まる。
そして振り返り、少女の肩を掴んだ。
「てめぇ、なんで俺の名前を知ってんだ」
「ふふーん。なんでだと思うー??」
「おいガキ、殴られねぇと質疑応答もできねぇか?」
マサタは左手で少女の胸ぐらを掴み、右手の拳を高く上げる。
マサタは、自分をいじめている奴らがこの少女に何かを吹き込んだのだろうと思っていた。
だが、違った。
少女は不敵に笑った。
「出来るの?」
「あ?」
「おにーさん、私のこと殴れるの?自分のこといじめる人のことも殴れないクセに」
「てめぇに俺の何がわかんだよ!」
マサタは半ば無意識にそう叫んでいた。
だがそれは、少女の言うことは事実であり、反駁できないことの証明に他ならなかった。
しかし少女は、胸ぐらを掴んでいるマサタの頬を優しく撫で、微笑みかけながらこう言った。
「でも、それは優しいからでしょう?お父さんに、迷惑かけたくないんでしょ?これ以上、お父さんを悲しませたくないんでしょ?」
「…………え?」
「分かってるよ。お兄さん、優しい目をしてるもの」
「お、俺は………」
涙が溢れそうになるのを必死に堪える。
マサタはその言葉を待ち望んでいた。
いつか自分の忍耐が、苦悩が、絶望が、報われると信じていた。
その渇望しきった心に、少女の言葉は深く沁みた。
胸ぐらを掴み上げていた手から、みるみる力が抜ける。
「お兄さんみたいな人が苦しい思いをするなんて、おかしいよね」
そう言うと少女は、徐にポケットから小さなチャック付きのビニール袋を取り出した。
透明な袋の中には、一錠のカプセル薬が入っていた。
「今の状況を変えたかったら、これを飲んで。きっと、お兄さんにとって大きな力になるわ」
そう言いながら、少女は袋をマサタに差し出した。
マサタがそれを受け取ると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあね、お兄さん」
その言葉を最後に、少女はどこかへ走り去ってしまった。
マサタは受け取った袋をポケットに入れ、自宅へと向かった。

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