異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第52話『起床』

「んぅ……ふぁぁ……」
ベッドの上、間抜けな声を漏らしていたのは塚田コウジだった。
昨日、初の出撃で溜まった疲れをシャワーで洗い流した後、蕩けるように眠りに落ちてしまったのだ。そこで、異変に気づいた。
コウジは1人部屋である。しかし、何者かの気配があるのだ。警戒しながらダイニングを覗く。
そこには小柄な人影が見受けられた。
するとその人影は、振り返りながらこう言った。
「遅いわよ。早く身支度すませなさい」
振り返り、面を確認して理解した。炎のような赤い瞳。肩まで伸びたブラウンのツインテール。
「城嶺……!?」
彼女の名前は城嶺ヒカリ。危機に瀕していたコウジを救った人物であり、昨日コウジが救った人物だ。
「城嶺…っ!な、なんでお前がここに……?」
眉根を寄せながら、ヒカリに尋ねる。
「見てわかんない?」
ヒカリはそう言いながら、自分の手元に視線を落とした。
その手元には包丁が握られており、ヒカリの背後にはまな板と、等間隔で刻まれただし巻き玉子があった。そして、その隣には二つの弁当箱が見えた。
「……えっ?」
コウジの頭の中で様々な仮説が頭を巡った。
もしかして、今までの習慣が根強く浸透しすぎて、亡き母親の分まで作ってしまったのか?
だが、答えはヒカリの口から告げられた。
「コレ、アンタの分よ。口に合うかは知らないけど」
ヒカリはそう言うと、慣れた手つきでだし巻き玉子を弁当箱に盛り付け、蓋をし、箸箱を乗せ、ランチバックにそれを入れた。
そして、それをコウジへと差し出した。
「あ、ありがとう……」
戸惑いながらも感謝の意を述べ、その弁当を受け取ろうとする。
だが、ヒカリの手からランチバッグが離れなかった。否、彼女が強くそれを握り、話そうとしないのだ。
「あの……城嶺?」
コウジが聞くと、ヒカリは静かに答えた。
「アンタさっき、アタシのこと『お前』って呼んだでしょ。昨日も」
「あっ……。ごめん」
そう。彼女は『お前』と呼ばれることをとことん嫌うのだ。
「いいわ。許す。でも、今度からは……その…」
ヒカリが口籠る。そして少し間を置き、続けた。
「『ヒカリ』……って呼んでよ…」
顔を赤くしながら、照れ臭そうに。その様を見て、コウジは微笑んだ。
「わかった。ありがとな、ヒカリ」
「う、うん…」
「俺のことも、『コウジ』で良いよ」
「ふふっ。よろしくね、コウジ」
ヒカリは眩しい笑顔で、そう言った。と、そこでコウジのケータイ電話から黒電話のような音が響いた。
しかしそれは、着信音ではない。
目覚まし機能のアラーム音だ。
「やべっ!もうこんな時間か!急がねえと!」
慌てて着替えを始める。
それを見ていたヒカリは、
「じゃ、アタシは先にいってるね」
とだけ残し、ヒラヒラと手を振りながら家を出てしまった。
「えっ、ちょっと。待ってよ…ねええええ!!」
コウジの叫びは、淋しく自分の鼓膜に返るのみだった。

三十分後、教室には肩で息をするコウジと、それを笑う真紅の髪の少年、平佐名レンタがいた。
「いやー、危なかったね。塚田くん」
「ああ、ホントにな」
あの後、身支度選手権で自己ベストを塗り替えたコウジは、既の事で遅刻を免れたのだった。
靴下の裏表を逆で履いた時は絶望したな…。
そんなことを考えていると、背後から声がかけられた。
「塚田、城嶺。昨日の事で話がある」
毅然とした声色で名前を呼んだのは、長い黒髪を後頭部で一つに結えた長身の少女。鵞糜がびサナエである。
サナエは、ヒカリとコウジの2人の顔を見やると、手招きをして、ついて来るように促した。
コウジとヒカリは、お互いに目を合わせると、どちらからともなくサナエの背を追った。
そして、同時に察していた。
恐らくは、出撃でコウジが勝手に拠点の変更を頼んだことだろう。
サナエは教室前の廊下へ出ると、すぐに足を止めた。
続いて二人も足を止める。すると、サナエは二人に向き直り────。
「すまなかった!!」
謝罪した。『え?』
その予想外な行動に、二人は困惑の色を示す。
「か、顔をあげて!なんで謝るの!謝るのはアタシたちよ!」
「いや、こうせねば我の気がすまんのだ」
「な、なんでだ……?」
コウジは首を傾げながらサナエに問うた。
「浜曷先生から話は聞いた。城嶺の母上が亡くなったそうだな。そんなことも知らず、無神経な指示を出してしまった。私の落ち度だ。すまない」
「い、いいのよ。私の未熟さが招いたことだし、お願いだから顔をあげて?」
「そうだ。それに、拠点の変更を頼んだのは俺だ。俺が責められるべきなんだ」
頭を上げないサナエを、コウジとヒカリが宥める。
すると、サナエは顔を上げ、二人に微笑んだ。
「ありがとう。寛大なんだな」
「いや、コレで鵞糜を責める奴がいたら、ソイツは本当に頭がおかしいぞ…」
額に汗をにじませながらコウジが言った。
「まあとにかく、あなたには迷惑をかけたわ。何か手伝えることがあったら、いつでも呼び出してくれて良いから」
ヒカリがそう言うと、サナエが「それなら……」
と話を切り出した。が。
「はーい。授業始めるぞー、席に着けー」
と、物理教諭が教壇の上で言った。
残念ながら、話はまた後になりそうだ。

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