異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第51話『星が瞬く夜空の下。噴水の前で。』

浜曷に促されるまま、ヒカリとコウジは進路指導室へと入っていった。
校舎からは想像もできないような薄汚い部屋で、窓からは生暖かい夜風が吹き込んでくる。
浜曷は、コウジとヒカリに対峙するようにパイプ椅子に腰掛けた。
「まず、二人とも無事で何よりです」
「は、はぁ…」
コウジが返すと、浜曷は足を組みながら視線を鋭くし、今度はヒカリに問いかけた。 
「何故、自分が呼び出されたか。わかりますね?」
「分かってるわ。一人で大暴れしたことでしょ?」
「ええ、その事です。親御さんが亡くなったことはお気の毒ですが、それであなたが暴れ、学園から死者が出ていたら、あなたはどう責任を取るつもりだったのですか?」
浜曷は淡々と、且つ、確かな怒りを込めながら話す。
「悪かったわよ」
反省の色はほとんどなかったが、ヒカリはそう言った。
「今回は精神的に不安定であったということにしますが、今後こう言ったことがあれば、対処を考えますからね」
浜曷は鋭く睨むようにヒカリに告げた。
そして、そのまま視線をコウジへと向けた。
「あなたもです、塚田君。」
「へ?」
矛先が自分へ向き、素っ頓狂な声が漏れる。
「拠点を変更するように鵞糜さんに指示しましたね?」
「あっ…」
「拠点は学園のAIが演算し、最適な場所に設定されています。その場所を変えると計算が大きくズレるので、降下点や敵の動きが大きく変わるんです。知らなかったということで不問しますが、今後は勝手に拠点を変えないでください」
「は、はい……」
「話は以上です。もう時間も遅いので、速やかに帰寮して明日からの授業に備えてください」
そう言われ、二人は指導室を後にした。

帰路。ヒカリとコウジは歩いていた。
空には数多の星が瞬いている。
思うに、星は輝くものなのではなく、輝くものを星と呼ぶのだと思う。そして、それは決して物理的にではない。
輝かしい功績や生涯を終えたものだけが、死後、星になれるのだと思う。
そんなことを考えていると、前を歩くヒカリがふと足を止めた。
視線を下ろすと、立ち止まったヒカリの前に小さな噴水があった。
「なんで、アタシを助けたの?」
ヒカリが呟くように問いかけてきた。
「いや、それは…」
言いかけて、言葉が詰まった。
この質問の意図を図りかねたからだ。
この問いの真意は、「誰に指示されたのか」ではなく、「なぜその指示を飲めたのか」という問いだろうか。
「城嶺に、生きていて欲しかったからだ」
逡巡の後、コウジは答えた。だが。
「嘘よ!アンタがアタシに生きていて欲しい訳ない!気遣いなんていらないから、本当のことを教えて!」
ヒカリが叫んだ。
「城嶺に生きていて欲しいと、心の底から切に願う人がいたんだよ」
コウジはそう言いながら、胸ポケットから一つの封筒を取り出した。
「……え?」
その封筒には綺麗な字で『遺書』と記されていた。
それは、出撃前に浜曷から渡された物である。
「城嶺の母さんの遺書だ。今から読み上げるぞ」
丁寧に封を切り、紙面を一言一句違えずに読み上げた。
〈ヒカリヘ。
 ママはもう、長くありません。
 なので最期に、あなたに手紙を遺します。
 まず、本当にごめんなさい。
 本当は全て思い出していました。
 けれど、それを明かして、あなたのことを忘れてこの学園から立ち去ってしまったら、あなたに謝ることもできなくなってしまう。
それが怖くて言い出せませんでした。
 そして、2年前のあの日のことも。本当にごめんなさい。
 私しかあなたを支えてあげられないのに、感情任せに、あなたの心に一生消えない傷を残してしまいました。
 きっと謝って解決することではないと思います。
 それでも、謝らずにはいられません。
 こんなママで、本当にごめんなさい。
 
 ママはあなたを産めたことを誇りに思っています。 どうか、優しく育ってください。
 ママより。〉

一通り読み終えると、ヒカリが悔しげに歯がみしながらこう言った。
「なによ…。今更母親ヅラ…?呆れたわ。こんな女の子供ってことが恥ずかしいわ…っ!」
力強く握られた拳は、怒りからか小刻みに震えている。だがコウジは察していた、ヒカリの怒りは寂しさの延長線上にあるものだと。
コウジは再び手元の手紙に視線を落とす。
そして読み上げた、その最後の一文を。

〈追啓 玉子焼き、上手になったね〉

「どう…して………」
ヒカリは、膝から地面へと崩れ落ちた。
「どうしてもっと早くに言ってくれないのよ!」
ボロボロと、大粒の涙を地面へと降らせながら。彼女は悲しく叫んだ。
しかし、それは単なる悲哀ではない。
今までの辛労しんろうが報われ、積善せきぜん余慶よけいを噛みしめている様子だった。
「城嶺。城嶺の母さんは、全部知ってたんだよ。城嶺自身が今までしてきた、努力も、忍耐も、苦労も。全部見ていてくれてたんだよ」
宥めるように、ヒカリヘ言う。
「でも…。もうママはいないのよ…っ!今のアタシには…多分……何も無いわ」
「……あるだろ」
「何がよ…っ!今の私に何があるって言うのよ!」
「俺だ!!俺が!お前のそばにいてやる!」
「…えっ?」
コウジが叫ぶと、ヒカリは目を丸くした。
「お前が何もかも手放しても!俺だけは残ってやる!だから何も無いなんて簡単に言うな!」
「なんで……なんで私に優しくできるの………?」
不思議そうにヒカリが尋ねる。
「優しく、なって欲しいから」
「え?」
「人って、優しくされたら優しくなれると思うんだよ。逆に、優しくされなきゃ、優しくなれない。優しくない人は、優しくされなかった人だと思う。俺がお前に優しくして、お前が優しくなれるのなら、俺はいくらでもお前に優しくなれるよ」
そう言うと、コウジは優しく微笑んだ。
すると、釣られるようにヒカリも笑う。
「ふふ…なによ。それ」
「わ、笑うなよ…恥ずかしいんだぞ」
「でも、ありがとう。悔しいけど、ちょっと元気出たかも」
「なら、良かったよ」
コウジがヒカリに手を伸ばす。ヒカリはそれを掴み、立ち上がる。
「帰るか」
「そうね」
二人は、ゆっくりと歩み出した。
真っ直ぐに。迷いなく。
それはどことなく、二人の心を表しているようだった。

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