異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

不快

「きゃあああ!」という悲鳴が耳を劈き、ヒカリは急いで声のした場所へ向かった。声の発生源は台所からだった。
そこには怯えるようにうずくまる女と、そのすぐそばに一升瓶を手に持った中肉中背の男の姿があった。
そして、男の手に握られている一升瓶からは液体が滴っていた。
酒かと思ったが、違う。赤黒いそれは紛れもない血液だった。
すると、男は女性の元へと寄り屈んだかと思うと、その女性の前髪を強引に掴み上げ、その顔を自分の方へと向けた。
今までうずくまっていたため分からなかったが、その顔は青アザだらけだった。
「うぅぅ……あぁ…」
女性が今にも泣き出してしまいそうな声とも嗚咽ともつかない音を喉から漏らす。その声に呼応するように男は叫んだ。
「とっとと新しい酒持って来いっつってんだよ!!!ったく使えねーな…」
「ごめんなさい……ごめんなさい………」
男の言葉に土下座をするように女は必死に謝った。
「うるせぇんだよ!!この役立たずが!」
男は女の腹を蹴り上げた。女は苦悶の表情を浮かべながら、腹をさすり、泣いていた。
「う、ウソ………」
それを傍観していたヒカリは、糸の切れた操り人形のように力なく地面にへたり込んだ。
「……パパ…と…ママ?」
そう。この二人は先ほどの草原での記憶とはまるで別人のようだが、まぎれもない同一人物であり、ヒカリの両親である。すると、ヒカリの背後から───。
「まま…?」
という、怯えたような弱々しい声が聞こえた。振り返ると、そこには小学生くらいの少女───当時のヒカリがいた。
父親はそんなヒカリを見ると、ゆっくりと歩み寄ってきた。そして、
「このクソガキが。お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだよ!どうしてくれんだよ!!」
そう怒鳴りながら幼いヒカリの側頭部を裏拳で殴り抜いた。
「きゃぁ!」
そんな悲鳴をあげて倒れこむヒカリ。その際に額を壁に強打し、眉間へと血が流れる。
父親はその傷を見て舌打ちをすると、悶えるヒカリの横を素通りして何処かへ行ってしまった。
ヒカリは今にも泣きそうになりながら、その額の痛みを必死にこらえた。別に泣いても構わなかった。だが、泣きたくなかった。
泣けばまた殴られてしまうのだ。自分ではなく、母が。
「ヒカリ……?」
そんなヒカリに声をかけたのは他でもない母だった。
見やると、頭をさすりながらこちらを見つめる母の姿がそこにはあった。
「まま……大丈夫…?」
ヒカリは自身の傷よりも母の傷を気にかけた。
ヒカリのその問いかけに応えずに、母はヒカリの元へと歩み寄る。
「や、やめて……」
追観していたヒカリが泣きそうな声でそう言う。だが、追観中の記憶に干渉することはできない。今はただ眺めることしかできないのだ。
母はそのまま幼き日のヒカリの元へ歩みを続け、倒れ込んだヒカリのそばで立ち止まる。
そしてヒカリを跨いで屈み込むと、その震える両手を伸ばした。
優しく抱きとめる。と思ったが、違った。
その手は、するりとヒカリの首を包むとゆっくりと力を込めていった。そう。何の比喩でもなくヒカリの首を締めたのだ。
幼きヒカリが間近で見た母の表情は、般若面のように憤慨に歪んでいた。それでいて、その目は人形のように一切の感情を感じさせない生気のない目をしていた。
「ままぁ……っ!ぐるじいよぉ………っ!!」
きつく締められ狭められた喉から、掠れた悲鳴を吐き出す。が、母はまるで聞こえていないようだった。
だが、母は手を緩めぬ代わりに、嗚咽のような声でこう叫んだ。
「この…疫病神がっ!!お前のせいで……お前のせいでえッ!!!!」
そのときヒカリの頬を生温かい液体が伝った。血か?それとも母の唾液か?だがどちらも違った。
それは、母の涙だった。彼女は泣きながら幼いヒカリの首を締めていた。
「いやぁぁああああ!!!」
幼きヒカリがそう叫ぶと、偶然手元にあった一升瓶で母の頭を思い切り殴った。
瞬間、首を締めていたその手から力が抜け、その隙にヒカリは母の手から逃れた。
だが、母は頭から血を流しながら叫んだ。
「ヒカリ!あんたもあの男と同じよ!!!さっさと出て行きなさい…っ!!」
その目には殺意と憤慨と怨憎と、ありとあらゆる負の感情を詰め込んだ眼をしていた。
「この……このバケモノめっ!!二度とその顔を…私の前に見せるなぁッ!!!」
その怨讐への咆哮のような母の叫びは、ヒカリの中に僅かに残っていた信頼という砦を殆ど完全に破壊してしまった。
ヒカリはそのまま家を飛び出した。

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