異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第2話『異変』

自宅から俺の通う「檜戸(ひのきど)高校」までは、徒歩で約二十分ほどである。今なら少し早歩きをすれば間に合うだろうか。なんてことを考えながら急いで高校へと向かう。
「やっぱさみぃ…」
一歩踏み出す度に、頬に当たる風がとても冷たい。凍っちゃう、マジで。
そんなことを考えながら学校へ向かっていると。
『ん……い……ちゃ…」
うっすらとそんな声が聞こえ、足を止める。周囲を見渡してみても特に人影はない。気のせいだったのだろうか。
「寝不足か…」
どうやらただの空耳だったらしい。
そこから少し歩くと校門が見え、ほかの生徒の姿も見受けられる。
「間に合ったみたいだな…」
校門をくぐると、一人の男がこちらに向かって手を振っている。
「おせぇぞ!塚田!」
短髪の頭と大きな体格が特徴である俺のクラスメイト、佐藤三郎である。
「わり、朝からバタバタしててな…」
「ったく、こっちは朝練でシンドいっていうのに、朝から妹さんと何をふしだらな…ふげッ!」
それ以上言うのは法に触れそうな気がしたので、ラリアットを食らわせて黙らせる。
「いきなりラリアットはないだろ……」
喉をさすりながら三郎が言う。
「朝から下ネタはねえだろ」
 冷ややかな視線を三郎へ向けて俺は言った。
昇降口で上履きに履き替え、階段を上り、教室のドアを開けて廊下側の自分の席に着く。
「おはよう、コウジ」
後ろからそんな声が掛けられる。
後頭部から一つにまとめられて腰まで伸びたラベンダーのような紫紺の髪と、ペリドットのようなスプリンググリーンの瞳。身長は俺と同じか少し小さい程度だろうか。
彼女の名前は佐伯サトミ。小中高と同じ学校に通っていた幼馴染で、家も近所である。
「ああ、おはよう佐伯」
短く挨拶を返す。
「そういや、一限目ってなんだっけ?」
一限目を忘れていたので、今のうちに聞いておかなくてはならない。
「ああ、一限は生物だよ。ちゃんと課題やってきた?」
「え?課題?」
佐伯の口から放たれたその単語に反応する。
「そうだよ。え、まさか…」
「あのクソ出っ歯ァ……」
生物担当の教諭の顔を思い出し、思わず声に出してしまう。
すると佐伯がノートを渡してくる。
「今回はそんなに量は無いと思うから、私の写しなよ」
「いいのか?」
佐伯のやさしい提案にちょっと驚く。
「ダメって言っても頼んでくるでしょ?」
「ありがたき幸せ」
やはり持つべきものは友達だろうか。
ほどなくしてこのクラスの担当教諭が教室へ入り、朝のSHRが始まる
普段通りに出欠を採り、授業が始まる。
だが、授業が始まると途端に眠気が襲ってくる。前日に夜遅くまでゲームをしすぎただろうか。
瞼はだんだんと重くなっていき、意識も遠のいていく。
そのとき、ポトッと何かが落ち音がする。音のした方向を見ると俺の消しゴムが落ちているのが見えた。
「あぁ~、マジか。」
ぼやきながら落とした消しゴムを拾い上げる。シャーペンを握って眠っていたためノートには何本も線が描かれている。
面倒と思いつつ、今しがた拾った自分の消しゴムで線を消そうとする。
しかし、
 「痛ッ!」
 線を消すために握っていた消しゴムが右手から消え、右手の親指を強く突き指してしまったのだ。すこし大きな声を出してしまったため、周囲の視線が集まってくる。
 「ちょっと、どうしたの?」
 後ろの席で授業を受けていた佐伯が小声で尋ねてくる。
 「いや、落とした消しゴムが消えてて…」
 背後に振り返って事情を説明する。
「は?あんた何言ってんの?」
 明らかにヤバい奴を見る目でそう言ってくる。
「ホントだって、マジで」
「要は無くしたんでしょ?」
呆れたように肩を竦めながら佐伯はそう言った。
「違うって!マジで消えたん―――」
必死に否定しようとすると、目の前に佐伯の右手が差し伸べられた。
「はいはい、分かったからアタシの使いなよ」
絶対に俺の言うことを信じていなかったが、消しゴムが必要なのは事実である。
「あ、ありがとう…」
しぶしぶ右手に乗った消しゴムを受け取った。
程なくしてチャイムが鳴り、授業が終了する。一気に緊張が解け、静寂に包まれていた教室内が一気に騒がしくなる。
次の授業担当の教師は比較的厳しいため、ロッカーに入っている参考書を早めに準備しなければならない。俺は席を立ち、教室の後ろへと向かおうとした。が。
「うわっ!」
足を滑らせて思い切り転んでしまった。
本日二度目の悲鳴にまたもクラス中の視線がこちらへ集まる。
「おいおい、どーした。だっせぇなー」
見かねた佐藤が半笑いで手を差し伸べる。俺はその手を掴み立ち上がる。
「なんか、滑ったんだよ…」
足を滑らせた場所を見てみると、少し濡れているのがわかる。
「………水?」
指で触れてみても特に違和感はなく、顔を近づけて臭いを嗅いでみても特に臭いは無かった。
しかし、この季節なので水筒を持ってきたわけでもないし、俺は今日一日まだトイレにさえ行っていない。そのほかに水道に向かった覚えがあるとすれば、朝洗顔と歯磨きをするために自宅の洗面所に向かったくらいである。俺の席の近くで水が滴るような要素はなかったはず。
この水は一体どこから来たのだろうか。
そんなことに思案を巡らせていると、後ろから佐伯が声をかけてくる。
「コウジ、なんか今日変だよね。具合悪いの?」
「確かに。お前大丈夫か?」
佐伯の発言に佐藤が頷きながら同意を示す。
「いや、別に大丈夫だけど…」
「そう?なら良いけど」
どうやら不審に思われ、心配されてしまったらしい。心配してくれるなんて、佐伯も案外優し―――。
「コウジがいないと、帰りの荷物持ち居ないから」
「佐伯ぃ…」
殴りてぇ。
確かに華奢な女性の荷物を、力のある男が持ってやるという理屈は理解できる。だが、こんなにも堂々と、何の悪びれもなく言われると、少々殺意が…もとい、少々憤りを覚えてしまうのだ。
「ま、体調管理には気を付けてね」
「はいよ」
そんな短いやり取りを終え、参考書を取り席に着く。
その後は特に変わった様子もなかった。その日もゆっくりと、しかし確実に一日は終わりへと歩を進めた。やがて、帰りのSHRが終わり学校を出て自宅へと向かう。
「今日はなんか疲れたな…」
最初の一限で疲れたため、思わずため息が出てしまう。
「今日のコウジは、なんか面白かったよね」
佐伯が笑いながらそう言ってくる。この女、人の不幸を面白いなんて。人でなしめ。
結局のところ、帰り道は佐伯の荷物持ちにされてしまった。
いくら近所とはいえ、帰宅途中に自分の荷物を人に持たせるのはおかしいと思ったが、我慢するのも男の器量だろうか。
「んじゃ、アタシはここで」
佐伯がそう言い出してきた。どうやら、もう自宅へ着いてしまっていたらしい。
「おう、じゃあな」
付き合っているわけでもないので、短く返事をして帰宅した。

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