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歴戦の勇者

北きつね

【初級】ケーキ持参

 この業界は、甘党が一定数存在する。
 私も甘党の1人である。

 甘党と言ってもいろいろな種類の人が居ます。自分の基準が普通で、皆がそうだと思って行動している人がいました。
 ケーキが大好きで、昼飯に20cm超えのホールケーキを食べる人がいました。そして、少し残念な事に、この人物は頭のネジが数本入れ違いになっているのか?なくなっているのか?原因はわかりませんが、昼飯にホールケーキを食べるのは”普通”だと思っていたのです。

 そんな人物なのですが、困った癖も有ったのです。
 仕事で行き詰まったり、上司に怒られたりすると、自傷行為では無いのですが、自分の腕をナイフやカッターで斬りつけるのです。リストカットではありません。皮膚を切るくらいなので、血が滲むくらいなのですが、周りから見たら不気味な状況である事は間違いないのです。それを、会社の給湯室やトイレで行うのです。

 何度か、その現場を”上司”と見た事がある人は、”またか”で終わるのですが、その時は少し事情が違っていました。

 その人物=矢島(仮称)としましょう。

 矢島さんが、腕を切っていた場所は、会社の給湯室だったのです。
 またタイミングが悪い事に、その年にはいった新人が研修明けで戻ってきていたのです。

 1人の女の子が、矢島さんに気がついて、気を利かせて”手当”をしようとしたのです。手当をしたわけではありません。”手当をしましょうか?”と声をかけただけです。その女の子は、新人の中でも可愛いと言われていた子でした。
 私たちも気がついて、女の子を止めようとしました。手当の必要がない事や、矢島さんのもう一つの悪い癖が出てしまう事を恐れたのです。

 しかし、そのときにはもう遅かった。手当をしようとした行為だけで矢島さんには十分だったのです。

 完全に惚れしてしまったのです。完全にのぼせ上がってしまったのです。

 普段、仕事以外で女性と話をしない人が、女性から声をかけられて、その子が可愛い女の子です。”大丈夫ですか?手当をしましょうか?”の言葉だけで十分だったのです。このときに、全てが始まって、全てが終わってしまったのです。
 その場に居た事情を把握している者たちは頭を抱えます。

 会社が新人の女の子と矢島さんのどちらを優遇するのかはわかりきっていました。
 新人の女の子が辞める事になるだろうと・・・。矢島さんは、悪い癖があるし、人間的にも問題がある人ですが、仕事の面。それも、とある汎用機のエミュレータを使った試験テストでは、右に出る人が居ないというほどの人物なのです。名指しで仕事が来るような人を会社が擁護しないわけありません。
 1人で2~3人分くらいの仕事量を平気でこなしているのです。多少の問題が有っても、会社が手放す理由がありません。モンキーテストなのですが必要なテストなのです。

 そんな矢島さんが惚れてしまった新人の女の子は、悪いことに会社の寮に住んでいたのです。それほど大きな会社ではないので、実際には寮が有るわけではなく、マンションを数戸借りている状況だったのです。
 簡単に言えば住所がすぐに解ってしまう状況だったのです。

 矢島さんがストーカーになるような事が無いように皆で監視していました。
 監視期間で、多少の問題行動は有りましたが、ストーカーにならなかったので、皆が胸をなでおろしていました。経験から、矢島さんは3ヶ月くらいで熱が冷めてしまうので、仕事が忙しくなってくると仕事を優先します。そして、今週を乗り越えれば来週からテストが始まるので、矢島さんはフル回転になるはずです。その間は大丈夫となるのです。そして、テスト期間が終了すれば、女の子の事も忘れてくれていると思えるのです。

 しかし・・・。木曜日に事態が動きました。
 女の子がなれない業務から体調を崩して熱を出して休んでしまったのです。矢島さんは、その事実を知らないはずでした。来週から始まるテストの打ち合わせの為に、現場に出ていたのです。

 金曜日になっても女の子は体調が悪い状態が続いて、無理をすれば会社で出てこられると言っていたのですが上司の命令で金曜日も休む事になったのです。

 その会社はタイムカードで出欠を管理していませんでした。
 プログラムで管理していました。出勤場所が変わる人が多いために、タイムカードは無駄になってしまうからです。誰が休んでいるのか、誰が現場に出ているのかは、簡単に判明しません。
 私たちは勘違いしていました。新人は現場に出ないので、社内で作業をしているので、所属が決まるまではタイムカードが支給されるのです。そして、女の子もタイムカードを使っています。矢島さんは、女の子のタイムカードが押されていない事に気がついてしまったのです。

 そして、私たちが仕事をしている時に、財布を持って外出してしまったのです。

 私のデスクにある電話が鳴った時に、矢島さんの姿がない事に気がついたのです。
 この電話は社員しか連絡してこない番号です。朝と夕方はかかってきますが、昼過ぎにかかってくる事は多くありまえん。

 私が電話に出ました。
 女の子からでした。

「体調が少し良くなって、食事に出かけようと思ったら・・・」
「どうしました?」

 かなり怯えている様子です。

「や、矢島さんが、マンションの前に、部屋の前に・・・居ます」
「え?」
「なんか・・・ケーキが部屋の前に置いてありました・・・。怖いです。どうしたらいいですか?」
「え?」
「ああああぁあ・・・上がってきました。ドアの前で、ドアの前で立っています。怖いです。怖いです。どうしたら」
「わかった、今から行く、いい。絶対に部屋の中に居て、外に出ないようにして!」
「はっはい。はい。絶対に出ません。早く来てください。あぁぁなんで、ドアの前に居るの!!」

 インターフォンを押すわけでも、ドアを叩くわけでもなく、ドアの前に立っているようです。
 インターフォンのカメラの前でただ、立っているだけのようです。

 私たちは数名ですぐに女の子の寮に駆けつけます。
 10分くらいで到着できます。

 矢島さんは、チャイムを押すわけでもなく、扉の前に立っていたのです。
 なぜ、そんな事をしたのかわかりません。女の子の部屋の前で、私と数名が目撃したのは衝撃的な光景でした。

 矢島さんは、推定体重150kgの巨漢です。しかし、身長が150cmを少し超えるくらいなのです。その人物が、扉の前で大きな大きな花束とケーキと思われる箱を1つ持って(2つは足元に置いてありました。3つ買って持っていったようです)立っているのです。
 ニコニコするのでもなく、真顔で・・・ただ立っているのです。直立不動です。微動だにせずに、ただドアを見つめながら立っているのです。
 そして、ケーキを切るために必要になると思ったのでしょう、花束を持っている手には、剥き身になっているナイフが握られていました。

 あの当時でも、私たちが発見しなければ警察が呼ばれる案件です。
 私たちが駆けつけて、矢島さんを確保して、女の子は体調が悪いから、矢島さんが居ると落ち着かないから帰りましょうと言って連れ帰りました。それから、二度とこんな事をしてはダメだと言い聞かせます。解ってくれたとは思います。

 確認する必要がなくなってしまったのが残念です。
 女の子は、週明けに辞表を提出しました。会社としては違う部署に移動を提案しましたがダメでした。そこで、協力会社に移動する事になったのです。女の子は、その会社でしっかり仕事をしていると話を聞きました。寮もしばらくは使っていいという事にしたようです。

---後日談
 なんで、矢島さんはチャイムを鳴らしたり、ドアをノックしたり、しなかったのでしょうか?

 本人に聞きました。
「体調が悪くて寝ていると、チャイムやノックは迷惑になると思ったから、起きて物音がするまで待っていようと思った」
 だそうです。

 矢島さんは、ケーキを3ホール持っていったのです。
 1ホールくらい食べるのは普通だから、体調悪いときには甘い物が欲しくなる。だから、ケーキを3ホール買っていったという事です。花束は、お見舞いだから、花束は当然持っていく物だと思っていたそうです。

 何かが間違っていると思うのは、私が愚かなだけなのかもしれない。
 そう考えさせられる事件でした。

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