サクラの大陸

てんとん

サクラの大陸

「今日で最後か……」

 ポツリと呟いたのは、魔法学校の外套ローブに身を包む男子生徒だ。
 卒業生全員に配布される、木製の長杖ロッドを片手にぶら下げて。
 彼はピンク色の桜吹雪の中を、浮遊しながら進んでゆく。

「空の上にある地面・・まで、どれくらいの高さがあるんだろうか?」

 答えのない男子生徒の問いが、空の上へと昇ってゆく。
 その向こうには青空が広がっているわけではなく、永遠と緑色の地面が広がっているのだ。
 彼は空の地上から、整備された魔法学校の敷地へと目を向ける。
 今日は卒業の日。そこら中に、桜色の花びらが落ちていた。

 その学校のはずれにそびえる、一際大きな桜の木。
 その根元に、いつものように。
 同じ桜色の髪をした、女子生徒が立っていた。

「――あれ、今日も来たんだ?」

 彼女は一人の卒業生の姿を認めると、儚げに顔を綻ばせる。
 風に揺れる髪が桜吹雪と混ざり合い、彼女と桜との境界線を奪ってゆく。

「君は、いつもここにいるなー」

「好きなんだ、いいじゃない。あっ、卒業おめでとうっ……!!」

 桜色の少女は彼の長杖を認めると――察したように少し悲し気な顔をした後、不器用な笑顔を浮かべた。
 
「留年か」

「……うん」

「僕の方が遅く入学したのに、先に出るとはなー」

「にしし……ごめん、私はずぅっと卒業できないかもね?」

 おどけてそんなことを言う、儚げな桜色の女子生徒。
 男子生徒はバッと、おもむろに卒業の証である長杖を彼女の前に掲げた。

「僕の魔法、見てくれよ。この杖があればちゃんと使えると思うんだ」

「あ、前々から言ってたやつ? これで最後だと思うし……うん、見るよ!!」

 ――男子生徒は魔力を長杖に込め、長い魔法の詠唱を始める。
 詠唱が紡がれていくごとに、巨大な桜の木を囲むよう魔法陣が組まれていった。

「ちょ、ちょっとちょっと!! 君、何を――!?」

「桜の精よ!! 僕は、君のことが好きなんだッ!! もうここで一人寂しく咲き続ける必要なんてない、僕と一緒に来いッ!!」

 女子生徒――否、人の姿に形を成した、桜の精の静止も何のその。
 顔を真っ赤にした男子生徒の巨大な魔法が、地面ともども桜の木を空に浮かび上がらせた。

「知ってたんだ、私が桜の精だって……?」

「意味のない恋だと思った。でも、僕は君を諦められなかったんだ!!」

 魔法学園の空の上に、男子生徒と巨大な桜の木が浮かび上がってゆく。
 卒業生、教師ともどもの視線を一身に集めて。
 彼らは高く、高く上へと昇ってゆく。

「……届いてくれ!!」

 顔を歪めながら、魔力の限界を感じた男子生徒が叫ぶ。
 ――ふわり、と。強く長杖を握る少年の手の上に、桜の精は手を重ねた。

「私、とっても……とっても嬉しい」

 空に、ぶわあと桜色が広がってゆく。
 自身を咲かす為の魔力を、桜の精は男子生徒に貸し与え――
 ドォオン!! と、彼らは逆さの地面に大きな音を立てて着陸した。

「――ごめん、また、来年みたい。今年はもう、咲けない」

「待ってくれ!! 今年こそは、名前を教えてくれ!!」

「サクラ、桜の精だから、サクラ。にしし、安直でしょ……?」

「……ああ、そうだな。とても、親しみやすい安直さだ」


 魔法学校の空の上には、ピンク色の地面が広がっている。
 大陸の名前は「サクラ」。
 ――そう呼ばれているのは、こういった訳である。

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