盲者と王女の建国記
第2項27話 ベルグ攻防戦 南門Ⅳ
ベルグ東通りに位置するツィリンダー魔法具店。その敷地内にある魔法具作成の工房内で、店主とその伴侶の姿があった。
リセリルカとの通信を終えたミゥは、新作魔法具の試作品である灰色の外套に袖を通す。彼女が纏う外套の内ポケットには、魔法陣を転写した巻物が幾束か入れられていて。
店主はいつもの着流しの腰帯に、大小の刀を帯びている。
「リセリルカ様の懸念は当たりだね――今ちょうど、都市壁上の魔法壁に反応があったの。にちゃにちゃ粘っこいこの感じは、おそらく闇精霊。抵抗できないと、闇魔法はキツイから……ヅィーオさんを助けに行かないと」
ぱんぱんと、出来立ての外套を叩きながらミゥはテインに言う。
大小の刀の柄頭に腕を置き、テインはそれを聞いてかぶりを振った。
「そうか。俺はどうすればいい、ミゥ?」
「テインはエイシャを育ててあげてよ。あの子、屍人との戦闘で魔法は使ったみたいだけど、剣は使ってないでしょ? 折角剣術を教えてるんだから、実戦で試させてあげなきゃ」
それを聞いたテインは、工房内に積み重ねられている木箱をガサゴソと漁り始める。
中に入っている沢山の失敗作の群れから、彼は一つの太刀を探し当てた。
「ああ……となると盗賊の塒か。門が突破されていないとして、屍人が侵入できるとしたらそこくらいのものだろう。俺は場所を知らないから、エイシャに案内させろということだな」
「うん。屍人とはいえ、昔の仲間が相手な訳だから……精神的にも成長できるんじゃないかな」
テインは、暫く太刀を眺めていたかと思うと、おもむろに鞘から太刀の刀身を抜き放った。
――抜き放たれた深い緋色が描くのは、弓なりに撓る美しい弧。
ギラギラと輝くでなく。艶消しのなされたその刀身はしかし、落ち着いた機能美を感じさせる。
――「その刀。確か、名は緋雨だったっけ?」というミゥの問いかけにテインはこくりと首を縦に振る。
暫しその刀身を眺めていたテインだったが。ふっと息を抜いて笑うと、ゆっくり納刀し、鞘の付いたそれを片手にぶら下げた。
「昔の仲間を斬らせるか……やはりお前は酷だ。が、乗り越えれば確実に強くなるだろう。それで、ミゥこそ大丈夫なのか? 相手は魔族だ」
「あはは、誰に向かって言ってるの? 負ける要素皆無だよ~?」
外套の下で、えいっと力こぶを作ってアピールするミゥ。
その仕草に苦笑しつつ、テインは首を横に振る。
「……違う。食欲の方だ」
「あ、いやー……あはは。まあ、大丈夫だよ多分。最悪、森に出て魔物でも食べるからね」
食欲、という単語に反応するかのように。
ミゥの露出している素肌が更に白く染まり、鱗のような形を浮かび上がらせた。
だがその変化はほんの一瞬で、すぐにヒトの肌色へと回帰する。
一部始終を見ていたはずのテインはしかし、驚いている様子は無い。
「……ケルンの方も、そろそろだろう?」
「そうだね……ケルンは爆発的に成長してきてるし。そろそろ自力で殻を破るかも。屍人は魔族よりの存在だし、引っ張られて白鱗くらいは出ててもおかしくないかな」
先ほど白く変色していた場所を撫でながら、ミゥはにこにこと笑う。
対照的に、テインはしかめっ面で問い返す。
「どうするつもりだ? 俺はどちらでもいいが」
「ん~私も、どっちでもいいよ。決めるのはケルンじゃない? ――あ、そろそろ、跳ばきゃ。ヅィーオさんやられちゃいそうだから」
ミゥは工房の出口に手を翳し――紫色の魔法陣が浮かび上がり、扉が開かれた。
開いた扉の前で彼女は、ガサゴソと外套の内ポケットを漁り、一つの巻物を取り出す。
「――まあ。今回の魔族絡みの騒動で、少しは決まりそうだけどね。ケルンの生き方が」
「見守るのが、親の務めか……」
ミゥは呟くテインに笑いかけ――巻物を解いてゆく。
現れたのは、特殊な紙の上に描かれた複雑極まりない幾何文様。魔法陣をなぞるように、ミゥの真白な魔力が流れ込んでゆき――
「――じゃあ、たぶん昼食頃には戻るから。『座標移動』」
ひらひらと手を振るミゥの足元から、光の奔流が空に昇ってゆき、その体全身を包み込む。
ヒト型の光の塊が一瞬強く蛍光を発したかと思うと、瞬時に解けた。
光に目を細めたテインの視線の先。
何も描かれていない巻物が一つ、ツィリンダー家の庭に落ちていた。
「さて……エイシャは二階か」
言いつつ、店主は巻物を拾い上げる。
短い緑髪の生えた頭を軽く掻きながら、テイン・ツィリンダーは義娘を呼びに工房から家へと向かった。
***
「――うわあ……ひどいね、これは。もうちょっと早く来るべきだったなあ」
ミゥは、巻物に封じられていた転移魔法、『座標移動』でベルグ南門の前まで転移を行っていた。
くるぶしまでの草地が広がり、背後には広大な森を構えていた門の眼前。
今は、緑の影も形もない。
地面は所々赤黒く変色した土がむき出しになっており、周囲の草木は枯れ果てている。
木々が青々と茂る夏の中、そこだけは冬が訪れているかのような有様だ。
「ぐッ……ミゥ殿、申し訳ない。魔族に屈するとは、不甲斐ないばかりだ……」
「ヅィーオさん、まだ意識が……良かった間に合って。闇魔法を感知して跳んできたんですけど、到着する前に死霊術が使われるとは。一瞬手遅れかと思いました」
転移したミゥ・ツィリンダーの姿を認めたのは、第五王女リセリルカの家臣にして、歴戦の老兵ヅィーオ。
純粋な戦士である彼はしかし、魔法に対する完全な防御を持ち合わせてはいなかった。
全身を纏う魔物の素材でできた鎧の隙間から覗く地肌は、赤黒い変色が見られ、体表からは紫色の靄が滲みだしている。
『ははは……素晴らしい!! 『怨嗟の奏鳴』を喰らい、その浮ついた魂で受けた『黒朱の波』でも完全に屍人に堕ちぬとは!! 老兵殿が後ろにかばったラファーレなる冒険者以外は、全員屍人になったというのにな……』
――『黒朱の波』は、魔族デヴォルから発された、広範囲を飲み込む波に触れた者を、屍人へと堕とす死霊術だ。
闇魔法を掛け、抵抗力が落ちた相手に死霊術を重ねると、屍人化しやすいという特性がある――デヴォルに言わせれば「魂が浮つく」という表現。
それだけでなく、死霊術は周囲の環境にも効果を及ぼす。枯れた草木がその証拠だ。
「――ガァアア!!」「……ァぁア゛!!」
ミゥが流し目で視線を横に向ければ、鉄の全身鎧を着装したベルグ兵が鉄剣を掲げて彼女に迫ってくる。
ちぐはぐで遅く、屍人特有の足を引きずるような動き。
ミゥは興味なさげに手だけをそちらに向け、魔法を行使した。
「『三重物理障壁・結界』」
ベルグ兵を囲うように、素早く地面に三つの輝線が走る。
輝線から半透明で真白の壁が空に伸びあがり、四方を囲む結界の内に屍人化したベルグ兵を全員閉じ込めた。
結界の内側から、鉄剣を用いて屍人達が結界の破壊を試みるが、三重に重ねられたそれはビクともしない。
『――白魔法研究者、ミゥ・ツィリンダーか……!?』
「あれ、私の事知ってるんだ? そっか、リセリルカ様によると、あなたは主都フォルロッジから転移したんだっけ~」
自身の魔法で屍人に堕としたベルグ兵。それがいとも容易く無力化されたのを見たデヴォルは、目の前のヒト種に見当を付けた。
ふわふわとカールした白髪。圧倒的な白魔法。捉えどころのない、羽毛のように軽い喋り方。
森林地域の主都に、ヒト種に紛れて過ごしていたデヴォルは、ミゥ・ツィリンダーという研究者の事を耳にしていた。
「う~ん、まあ、そうだね。ちょっと掛かっておいでよ。あなたを私が倒すべきかどうか、見極めてあげる」
ミゥは結界の制御を手放すことなく、にこにこと優しい笑顔で、魔族に向けて「かかってこい」と手招きをした。
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リセリルカとの通信を終えたミゥは、新作魔法具の試作品である灰色の外套に袖を通す。彼女が纏う外套の内ポケットには、魔法陣を転写した巻物が幾束か入れられていて。
店主はいつもの着流しの腰帯に、大小の刀を帯びている。
「リセリルカ様の懸念は当たりだね――今ちょうど、都市壁上の魔法壁に反応があったの。にちゃにちゃ粘っこいこの感じは、おそらく闇精霊。抵抗できないと、闇魔法はキツイから……ヅィーオさんを助けに行かないと」
ぱんぱんと、出来立ての外套を叩きながらミゥはテインに言う。
大小の刀の柄頭に腕を置き、テインはそれを聞いてかぶりを振った。
「そうか。俺はどうすればいい、ミゥ?」
「テインはエイシャを育ててあげてよ。あの子、屍人との戦闘で魔法は使ったみたいだけど、剣は使ってないでしょ? 折角剣術を教えてるんだから、実戦で試させてあげなきゃ」
それを聞いたテインは、工房内に積み重ねられている木箱をガサゴソと漁り始める。
中に入っている沢山の失敗作の群れから、彼は一つの太刀を探し当てた。
「ああ……となると盗賊の塒か。門が突破されていないとして、屍人が侵入できるとしたらそこくらいのものだろう。俺は場所を知らないから、エイシャに案内させろということだな」
「うん。屍人とはいえ、昔の仲間が相手な訳だから……精神的にも成長できるんじゃないかな」
テインは、暫く太刀を眺めていたかと思うと、おもむろに鞘から太刀の刀身を抜き放った。
――抜き放たれた深い緋色が描くのは、弓なりに撓る美しい弧。
ギラギラと輝くでなく。艶消しのなされたその刀身はしかし、落ち着いた機能美を感じさせる。
――「その刀。確か、名は緋雨だったっけ?」というミゥの問いかけにテインはこくりと首を縦に振る。
暫しその刀身を眺めていたテインだったが。ふっと息を抜いて笑うと、ゆっくり納刀し、鞘の付いたそれを片手にぶら下げた。
「昔の仲間を斬らせるか……やはりお前は酷だ。が、乗り越えれば確実に強くなるだろう。それで、ミゥこそ大丈夫なのか? 相手は魔族だ」
「あはは、誰に向かって言ってるの? 負ける要素皆無だよ~?」
外套の下で、えいっと力こぶを作ってアピールするミゥ。
その仕草に苦笑しつつ、テインは首を横に振る。
「……違う。食欲の方だ」
「あ、いやー……あはは。まあ、大丈夫だよ多分。最悪、森に出て魔物でも食べるからね」
食欲、という単語に反応するかのように。
ミゥの露出している素肌が更に白く染まり、鱗のような形を浮かび上がらせた。
だがその変化はほんの一瞬で、すぐにヒトの肌色へと回帰する。
一部始終を見ていたはずのテインはしかし、驚いている様子は無い。
「……ケルンの方も、そろそろだろう?」
「そうだね……ケルンは爆発的に成長してきてるし。そろそろ自力で殻を破るかも。屍人は魔族よりの存在だし、引っ張られて白鱗くらいは出ててもおかしくないかな」
先ほど白く変色していた場所を撫でながら、ミゥはにこにこと笑う。
対照的に、テインはしかめっ面で問い返す。
「どうするつもりだ? 俺はどちらでもいいが」
「ん~私も、どっちでもいいよ。決めるのはケルンじゃない? ――あ、そろそろ、跳ばきゃ。ヅィーオさんやられちゃいそうだから」
ミゥは工房の出口に手を翳し――紫色の魔法陣が浮かび上がり、扉が開かれた。
開いた扉の前で彼女は、ガサゴソと外套の内ポケットを漁り、一つの巻物を取り出す。
「――まあ。今回の魔族絡みの騒動で、少しは決まりそうだけどね。ケルンの生き方が」
「見守るのが、親の務めか……」
ミゥは呟くテインに笑いかけ――巻物を解いてゆく。
現れたのは、特殊な紙の上に描かれた複雑極まりない幾何文様。魔法陣をなぞるように、ミゥの真白な魔力が流れ込んでゆき――
「――じゃあ、たぶん昼食頃には戻るから。『座標移動』」
ひらひらと手を振るミゥの足元から、光の奔流が空に昇ってゆき、その体全身を包み込む。
ヒト型の光の塊が一瞬強く蛍光を発したかと思うと、瞬時に解けた。
光に目を細めたテインの視線の先。
何も描かれていない巻物が一つ、ツィリンダー家の庭に落ちていた。
「さて……エイシャは二階か」
言いつつ、店主は巻物を拾い上げる。
短い緑髪の生えた頭を軽く掻きながら、テイン・ツィリンダーは義娘を呼びに工房から家へと向かった。
***
「――うわあ……ひどいね、これは。もうちょっと早く来るべきだったなあ」
ミゥは、巻物に封じられていた転移魔法、『座標移動』でベルグ南門の前まで転移を行っていた。
くるぶしまでの草地が広がり、背後には広大な森を構えていた門の眼前。
今は、緑の影も形もない。
地面は所々赤黒く変色した土がむき出しになっており、周囲の草木は枯れ果てている。
木々が青々と茂る夏の中、そこだけは冬が訪れているかのような有様だ。
「ぐッ……ミゥ殿、申し訳ない。魔族に屈するとは、不甲斐ないばかりだ……」
「ヅィーオさん、まだ意識が……良かった間に合って。闇魔法を感知して跳んできたんですけど、到着する前に死霊術が使われるとは。一瞬手遅れかと思いました」
転移したミゥ・ツィリンダーの姿を認めたのは、第五王女リセリルカの家臣にして、歴戦の老兵ヅィーオ。
純粋な戦士である彼はしかし、魔法に対する完全な防御を持ち合わせてはいなかった。
全身を纏う魔物の素材でできた鎧の隙間から覗く地肌は、赤黒い変色が見られ、体表からは紫色の靄が滲みだしている。
『ははは……素晴らしい!! 『怨嗟の奏鳴』を喰らい、その浮ついた魂で受けた『黒朱の波』でも完全に屍人に堕ちぬとは!! 老兵殿が後ろにかばったラファーレなる冒険者以外は、全員屍人になったというのにな……』
――『黒朱の波』は、魔族デヴォルから発された、広範囲を飲み込む波に触れた者を、屍人へと堕とす死霊術だ。
闇魔法を掛け、抵抗力が落ちた相手に死霊術を重ねると、屍人化しやすいという特性がある――デヴォルに言わせれば「魂が浮つく」という表現。
それだけでなく、死霊術は周囲の環境にも効果を及ぼす。枯れた草木がその証拠だ。
「――ガァアア!!」「……ァぁア゛!!」
ミゥが流し目で視線を横に向ければ、鉄の全身鎧を着装したベルグ兵が鉄剣を掲げて彼女に迫ってくる。
ちぐはぐで遅く、屍人特有の足を引きずるような動き。
ミゥは興味なさげに手だけをそちらに向け、魔法を行使した。
「『三重物理障壁・結界』」
ベルグ兵を囲うように、素早く地面に三つの輝線が走る。
輝線から半透明で真白の壁が空に伸びあがり、四方を囲む結界の内に屍人化したベルグ兵を全員閉じ込めた。
結界の内側から、鉄剣を用いて屍人達が結界の破壊を試みるが、三重に重ねられたそれはビクともしない。
『――白魔法研究者、ミゥ・ツィリンダーか……!?』
「あれ、私の事知ってるんだ? そっか、リセリルカ様によると、あなたは主都フォルロッジから転移したんだっけ~」
自身の魔法で屍人に堕としたベルグ兵。それがいとも容易く無力化されたのを見たデヴォルは、目の前のヒト種に見当を付けた。
ふわふわとカールした白髪。圧倒的な白魔法。捉えどころのない、羽毛のように軽い喋り方。
森林地域の主都に、ヒト種に紛れて過ごしていたデヴォルは、ミゥ・ツィリンダーという研究者の事を耳にしていた。
「う~ん、まあ、そうだね。ちょっと掛かっておいでよ。あなたを私が倒すべきかどうか、見極めてあげる」
ミゥは結界の制御を手放すことなく、にこにこと優しい笑顔で、魔族に向けて「かかってこい」と手招きをした。
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