盲者と王女の建国記
第2項18話 一応の終息
エリーの放った上級風魔法『暴風の巻舒』が、屍人の中級水魔法『渦奔流』を打ち砕き、炸裂した。
巻き上がった暴風が、ベルグ東門から森林の袂までの草地を余す事なく飲み込み、敵のその赤黒い体をズタズタに引き裂いてゆく。
「――――!?!?」
凄まじい風の音が、悍ましい声を上げたであろう屍人の断末魔までもをかき消した。
風魔法を放っている張本人のその後ろ、戦闘に参加していた数人を守るために白魔法を使っていたエイシャは、暴風が内包する鎌鼬に顔を歪ませる。
(何て威力……!! 余波だけで、『魔法壁』が割れそうだなんてッ!!)
――張った『魔法壁』の表面を切りつけるように、ギャリギャリッ!! と風の剣戟が打ち付けられ。
自身の魔法が悲鳴を上げるのを、赤髪の少女は感じ取っていた。
傷を隠すため腕まで伸びるぴっちりとしたアームガードと一体になった、黒の手袋。それを纏った腕を虚空に掲げながら、エイシャは一層白魔法に魔力を込め、何とか烈風を押しとどめる。
「屍人の群れが、あんなに容易く一掃されて……どなたなのでしょう、あの使用人服を身に纏ったお方は?」
「は、はは……僕、規格外すぎてついていけないんだけど。冒険者よりも強いヒト達は、案外そこら中にいくらでもいるのかな……?」
エイシャに守られながら、乾いた笑いを浮かべた男女の冒険者二人――修道女のクララと銃士のアルフレッド。
ベルグの門兵も同様にあんぐりと口を開けて呆けていた。
「エリーさん、もう大丈夫です!! 見える範囲の屍人は一掃できました!!」
風の音にかき消されないよう、大声でケルンはエリーに向けた言葉を放つ。
空間魔法を扱える彼は、巻き上がりづづける暴風の中で全て肉片へとなり果てた屍人を観察し、この一連の攻防の終わりを感じていた。
その声に反応したエリーが、掲げた短杖を下げて魔法を解除。
宙を舞っていた肉片を、東門前から少し離れた草地にまとめて降ろした。
「――見違えましたね、ケルン様。お嬢様が見られたら、さぞお喜びになるでしょう」
ほうと一息を吐いてから体の向きを変え、使用人はケルンに向けて微笑みを浮かべる。
次いで、彼女は赤髪の少女へと視線を移した。
「火魔法をお願いします。屍人を……いえ、屍を完全に焼き尽くしましょう」
――屍人の死肉を放置しておくことに、メリットは一つもない。
体液に含まれる魔族堕ちの効果は失われない上に、食料を求めて魔物が寄って来たりと。
そんな害悪物質を、自分達が住まう都市の前に放置しておくわけにはいかないのだ。
死者を火葬するのと同じように、屍人の死肉も炎で灰にするのが一番の対処法だ。ただ、体液の豊富な彼らの体は、ただ燃やしたのでは灰にするのに時間がかかりすぎる。
エリーが再び虚空に短杖を掲げ――若草色の魔法陣がエイシャの前に浮かび上がった。
風に煽られる赤髪を傾け、エイシャが困惑の表情を浮かべていると、思わぬ方向から助け舟がでる。
「義姉さん、たぶんエリーさんは混合魔法を構築しようって言ってるんだよ。俺一度、リセが使ってたのを知ってる。確か『熱風裂』っていう魔法だったと思うんだけど」
――「混合魔法……」と自身の知識を漁るように呟いたエイシャは、構築方法の欠如に気づく。
使えないから無理だ、と断りを入れようと口を開いたが、先んじてエリーに発言された様子だ。
「大丈夫、混合魔法陣の構築はこちらでやります。単に火魔法であの範囲を焼き払うのは魔力を使いすぎると思ったので、指出がましいようですが」
その言葉にエイシャはコクリを頷き、詠唱と共に中級火魔法『火焔弾』の魔法陣を構築し、エリーのそれと重ね合わせる。
独立していた、火魔法と風魔法の魔法陣が次第に溶け合い、その色を変化させてゆく。
緋色と若草色が溶け合い、ひときわ大きな光を発したかと思うと――暗いこげ茶色に変化した。
間近でそれを見たエイシャは、目を見張る。
「っ!! すごい、魔力の変換効率が跳ね上がってる。それに……魔力を火と風に六対四で変換してから、火魔法の内包魔力を倍加させる!? なんでこんな無茶苦茶なことが可能なんですか!?」
赤髪の少女は、魔法陣に内包されている意図を瞬時に読み取る。
驚きと興奮を隠せないといった風の彼女に、エリーは幼き日の自分に似たものを感じて軽く笑った。
「ふふ、属性魔法には、相性があるのです。燃え盛る炎に適量の風が舞い込めば、より一層大火へと転じるでしょう? 自然現象を魔法陣内で再現しているんですよ。やはり……魔法使いとは、皆知らない知識に目を輝かせるものですね」
エリーは、混合魔法陣を積まれた肉片の先に向ける。暗く光る焦げ茶色のそれが輪郭を明瞭にさせ、弾けた。
『火焔弾』同様に、緋色の火球が飛び出してゆき、着弾。
ゴウッと燃え上がると同時、地面から風が巻き起こる。
「っ、熱っ……!!」
伝わり来る熱風に、修道女のクララが顔を服の袖で覆う。
それでも焼かれゆく屍人をみて、彼女は地に膝を付け、手を組んで光精霊に祈りを捧げた。
死肉を焼き尽くした後、エリーは油断ない表情でケルンとエイシャを見つめる。
「エイシャ様、ケルン様を少し借りてもよろしいでしょうか? 『飛翔』の魔法を用いて、ベルグ周辺を少し見回りたいです。屍人がこれだけとは限りませんし」
顎に手を当て考える仕草を見せたエリーは、ポンとケルンの両肩に手を置いた。
一応は終息を見せた屍人の攻撃だが、これで終わりということはあり得ないだろう。
いうなれば、此度襲撃してきた屍人は斥候の役割も兼ねていたのではないかと、エリーは思考した。
屍人の移動速度からして5KM圏内に居なければ、ひとまずは安全。『都市台』での報告を終えて戻ってきても、門が襲撃されているということは無いだろう。
そしてケルンの索敵能力は、彼の母親ミゥから聞いているとおりだ。盲者にして、皮肉にも健常者よりもいい目を持っている。
「……それなら。ケルン、この剣を持って行って。無手だと、もしもの時に不味いだろうから」
『飛翔』の魔法は、赤髪の少女にとって既知のものだ。
上級風魔法で、空を高速で翔けることができる。必要魔力量の膨大さでなく、魔法陣構成の難しさ故に上級に分類されている風魔法だ。
ケルンだけをエリーが連れて行こうとしているのは、『飛翔』を使うにあたり、二人を運ぶのが限界ということだろう。
そこまで理解したエイシャは、せめてもと兵士から受け取った直剣を彼に投げ渡す。
「よっ……と、ありがと義姉さん。これなら十匹は斬れそうだ」
少し大きめの直剣を受け取ったケルンは、その場で鞘から抜き放つ。
留め具が無く腰に佩けないため、抜き身を片手にぶら下げた。
「お、お待ちください!! 君、屍人から傷を受けませんでしたか!?」
エリーが魔法を紡ごうと短杖を上げたタイミングで、待ったがかかる。
修道女のクララが、不安気な顔を浮かべケルンに近づいていた。
「あ、掠り傷ですよ、噛まれてはいないです」
「傷に体液が入っただけでも魔族堕ちの危険があります、見せてください!!」
ケルンの腕には、猫獣人の怒りを買ったかのような引っかき傷が付いている。
――だけでなく、その傷を覆うように周りが白く変色していた。
「――ッ!? 何ですか、これは……!?」
ごくり、とクララが息を呑む。
屍人の体液によって魔族堕ちが始まると、患部の周囲が赤黒い斑点で覆われる。
だがケルンの腕に現れているそれは、全くの別物。
異様な光景だった。
「ええと、どうなっているんですか? 特に体の不調は感じなかったので、大丈夫だと思ってたんですけど」
色が認識できないケルンは、異常らしい異常を自分の腕から見い出せない。
訝し気な顔をしながらも、クララは触診しながら少年に患部の様子を伝えた。
「白い、鱗のようなものが周りを覆ってます……屍人による症状とは違いますね、赤黒い斑点は出ていない。皮膚が硬変を起こしている……?」
修道女がその細い指でケルンの傷の周りを叩くと、コツコツと石のような感触が返ってくる。
難しい顔をするクララの様子に、エリー、エイシャ、アルフレッドも少年の腕を覗き込んだ。
「――え、消えた?」
それは、突然の事だった。
腕の患部を覆っていた白い鱗が、フッと元の皮膚へ戻る。
後には、傷の一切が綺麗さっぱり無くなっていた。
巻き上がった暴風が、ベルグ東門から森林の袂までの草地を余す事なく飲み込み、敵のその赤黒い体をズタズタに引き裂いてゆく。
「――――!?!?」
凄まじい風の音が、悍ましい声を上げたであろう屍人の断末魔までもをかき消した。
風魔法を放っている張本人のその後ろ、戦闘に参加していた数人を守るために白魔法を使っていたエイシャは、暴風が内包する鎌鼬に顔を歪ませる。
(何て威力……!! 余波だけで、『魔法壁』が割れそうだなんてッ!!)
――張った『魔法壁』の表面を切りつけるように、ギャリギャリッ!! と風の剣戟が打ち付けられ。
自身の魔法が悲鳴を上げるのを、赤髪の少女は感じ取っていた。
傷を隠すため腕まで伸びるぴっちりとしたアームガードと一体になった、黒の手袋。それを纏った腕を虚空に掲げながら、エイシャは一層白魔法に魔力を込め、何とか烈風を押しとどめる。
「屍人の群れが、あんなに容易く一掃されて……どなたなのでしょう、あの使用人服を身に纏ったお方は?」
「は、はは……僕、規格外すぎてついていけないんだけど。冒険者よりも強いヒト達は、案外そこら中にいくらでもいるのかな……?」
エイシャに守られながら、乾いた笑いを浮かべた男女の冒険者二人――修道女のクララと銃士のアルフレッド。
ベルグの門兵も同様にあんぐりと口を開けて呆けていた。
「エリーさん、もう大丈夫です!! 見える範囲の屍人は一掃できました!!」
風の音にかき消されないよう、大声でケルンはエリーに向けた言葉を放つ。
空間魔法を扱える彼は、巻き上がりづづける暴風の中で全て肉片へとなり果てた屍人を観察し、この一連の攻防の終わりを感じていた。
その声に反応したエリーが、掲げた短杖を下げて魔法を解除。
宙を舞っていた肉片を、東門前から少し離れた草地にまとめて降ろした。
「――見違えましたね、ケルン様。お嬢様が見られたら、さぞお喜びになるでしょう」
ほうと一息を吐いてから体の向きを変え、使用人はケルンに向けて微笑みを浮かべる。
次いで、彼女は赤髪の少女へと視線を移した。
「火魔法をお願いします。屍人を……いえ、屍を完全に焼き尽くしましょう」
――屍人の死肉を放置しておくことに、メリットは一つもない。
体液に含まれる魔族堕ちの効果は失われない上に、食料を求めて魔物が寄って来たりと。
そんな害悪物質を、自分達が住まう都市の前に放置しておくわけにはいかないのだ。
死者を火葬するのと同じように、屍人の死肉も炎で灰にするのが一番の対処法だ。ただ、体液の豊富な彼らの体は、ただ燃やしたのでは灰にするのに時間がかかりすぎる。
エリーが再び虚空に短杖を掲げ――若草色の魔法陣がエイシャの前に浮かび上がった。
風に煽られる赤髪を傾け、エイシャが困惑の表情を浮かべていると、思わぬ方向から助け舟がでる。
「義姉さん、たぶんエリーさんは混合魔法を構築しようって言ってるんだよ。俺一度、リセが使ってたのを知ってる。確か『熱風裂』っていう魔法だったと思うんだけど」
――「混合魔法……」と自身の知識を漁るように呟いたエイシャは、構築方法の欠如に気づく。
使えないから無理だ、と断りを入れようと口を開いたが、先んじてエリーに発言された様子だ。
「大丈夫、混合魔法陣の構築はこちらでやります。単に火魔法であの範囲を焼き払うのは魔力を使いすぎると思ったので、指出がましいようですが」
その言葉にエイシャはコクリを頷き、詠唱と共に中級火魔法『火焔弾』の魔法陣を構築し、エリーのそれと重ね合わせる。
独立していた、火魔法と風魔法の魔法陣が次第に溶け合い、その色を変化させてゆく。
緋色と若草色が溶け合い、ひときわ大きな光を発したかと思うと――暗いこげ茶色に変化した。
間近でそれを見たエイシャは、目を見張る。
「っ!! すごい、魔力の変換効率が跳ね上がってる。それに……魔力を火と風に六対四で変換してから、火魔法の内包魔力を倍加させる!? なんでこんな無茶苦茶なことが可能なんですか!?」
赤髪の少女は、魔法陣に内包されている意図を瞬時に読み取る。
驚きと興奮を隠せないといった風の彼女に、エリーは幼き日の自分に似たものを感じて軽く笑った。
「ふふ、属性魔法には、相性があるのです。燃え盛る炎に適量の風が舞い込めば、より一層大火へと転じるでしょう? 自然現象を魔法陣内で再現しているんですよ。やはり……魔法使いとは、皆知らない知識に目を輝かせるものですね」
エリーは、混合魔法陣を積まれた肉片の先に向ける。暗く光る焦げ茶色のそれが輪郭を明瞭にさせ、弾けた。
『火焔弾』同様に、緋色の火球が飛び出してゆき、着弾。
ゴウッと燃え上がると同時、地面から風が巻き起こる。
「っ、熱っ……!!」
伝わり来る熱風に、修道女のクララが顔を服の袖で覆う。
それでも焼かれゆく屍人をみて、彼女は地に膝を付け、手を組んで光精霊に祈りを捧げた。
死肉を焼き尽くした後、エリーは油断ない表情でケルンとエイシャを見つめる。
「エイシャ様、ケルン様を少し借りてもよろしいでしょうか? 『飛翔』の魔法を用いて、ベルグ周辺を少し見回りたいです。屍人がこれだけとは限りませんし」
顎に手を当て考える仕草を見せたエリーは、ポンとケルンの両肩に手を置いた。
一応は終息を見せた屍人の攻撃だが、これで終わりということはあり得ないだろう。
いうなれば、此度襲撃してきた屍人は斥候の役割も兼ねていたのではないかと、エリーは思考した。
屍人の移動速度からして5KM圏内に居なければ、ひとまずは安全。『都市台』での報告を終えて戻ってきても、門が襲撃されているということは無いだろう。
そしてケルンの索敵能力は、彼の母親ミゥから聞いているとおりだ。盲者にして、皮肉にも健常者よりもいい目を持っている。
「……それなら。ケルン、この剣を持って行って。無手だと、もしもの時に不味いだろうから」
『飛翔』の魔法は、赤髪の少女にとって既知のものだ。
上級風魔法で、空を高速で翔けることができる。必要魔力量の膨大さでなく、魔法陣構成の難しさ故に上級に分類されている風魔法だ。
ケルンだけをエリーが連れて行こうとしているのは、『飛翔』を使うにあたり、二人を運ぶのが限界ということだろう。
そこまで理解したエイシャは、せめてもと兵士から受け取った直剣を彼に投げ渡す。
「よっ……と、ありがと義姉さん。これなら十匹は斬れそうだ」
少し大きめの直剣を受け取ったケルンは、その場で鞘から抜き放つ。
留め具が無く腰に佩けないため、抜き身を片手にぶら下げた。
「お、お待ちください!! 君、屍人から傷を受けませんでしたか!?」
エリーが魔法を紡ごうと短杖を上げたタイミングで、待ったがかかる。
修道女のクララが、不安気な顔を浮かべケルンに近づいていた。
「あ、掠り傷ですよ、噛まれてはいないです」
「傷に体液が入っただけでも魔族堕ちの危険があります、見せてください!!」
ケルンの腕には、猫獣人の怒りを買ったかのような引っかき傷が付いている。
――だけでなく、その傷を覆うように周りが白く変色していた。
「――ッ!? 何ですか、これは……!?」
ごくり、とクララが息を呑む。
屍人の体液によって魔族堕ちが始まると、患部の周囲が赤黒い斑点で覆われる。
だがケルンの腕に現れているそれは、全くの別物。
異様な光景だった。
「ええと、どうなっているんですか? 特に体の不調は感じなかったので、大丈夫だと思ってたんですけど」
色が認識できないケルンは、異常らしい異常を自分の腕から見い出せない。
訝し気な顔をしながらも、クララは触診しながら少年に患部の様子を伝えた。
「白い、鱗のようなものが周りを覆ってます……屍人による症状とは違いますね、赤黒い斑点は出ていない。皮膚が硬変を起こしている……?」
修道女がその細い指でケルンの傷の周りを叩くと、コツコツと石のような感触が返ってくる。
難しい顔をするクララの様子に、エリー、エイシャ、アルフレッドも少年の腕を覗き込んだ。
「――え、消えた?」
それは、突然の事だった。
腕の患部を覆っていた白い鱗が、フッと元の皮膚へ戻る。
後には、傷の一切が綺麗さっぱり無くなっていた。
コメント