盲者と王女の建国記

てんとん

第2項15話 忘れ人の宴Ⅴ

都市ベルグ東門の前。切りそろえられたくるぶしまでの草地が広がるその場所を、三十を超える数の屍人リビングデットが闊歩している。
彼らの侵攻を防ぐべく黒髪の少年が前線に立ち、赤髪の少女は魔法を紡いでいた。


赤髪の少女エイシャの放った、中級火魔法『火焔弾バーンショット』の爆風を追い風にして、ケルンは屍人の群れに向かい疾駆する。
盲者は空間魔法『視界モノクローム』に魔力を込め、数十はいる屍人の動作を認識しながら、斬り込むべき最適な場所を探していた。


(普通なら囲まれないように左右の端どちらかから攻撃するべきだけど……彼らの動きを見る限り、陣形とか考えて無さそうだ。囲まれた方が、かえって同士討ちフレンドリーファイヤを誘えるかも)


腹を決めたケルンは、押し寄せる屍人の群れ――その最中央にいる先頭の一体に狙いを定める。
菜切包丁を片手でぶら下げる様に構え、疾駆を止めずに接敵。
ケルンの姿を見て敵と認識した屍人の一匹は、唸り声を上げながら静止し、徒手格闘の構えを取った。


(構えた……!? こいつ、さっきまでの木偶の坊とは違う!!)


ビュゥッ、と孕んだ威力の大きさを感じさせる風切り音。
腕を顔の前に構えて繰り出されるのは、赤黒く染まった屍人の拳だ。


「ッ――!!」


先ほどまでの屍人とは違い、洗練された技を感じさせる攻撃に、ケルンは動揺しつつも菜切包丁の刃先を合わせる。
ズッッ――と、突き出された屍人の拳の半ばまでを菜切包丁が切り裂く。
だが、所詮は大きな野菜を切る為の道具。生物を殺すのに作られたものではない。
果たして菜切包丁は屍人の拳で止まり、ケルンはそれを引き戻そうと柄を持つ手に力を込めた。


(っ、抜けない……!? さっきの二匹を斬って、切れ味が落ちてるのか!?)


少年の顔が、軽くゆがめられる。
菜切包丁の切れ味が落ちているというのもあるが、屍人は指先の握力で刃を固定し引き抜かせまいと抵抗していた。
いくら剣が扱えるといっても、ケルン・ツィリンダーは齢八の子供であり、力勝負で勝てるものではない。


「この、放せ……ッ!!」


包丁が抜けないと分かるや、ケルンは素早く自分の得物を手放し、その柄尻つかじりを渾身の力で蹴り上げる。
――グァァァッ!!!!
屍人の叫びと共に、拳と腕から血しぶきが上がり、蹴り上げられた菜切包丁がその拳から離れ宙を舞った。


片腕を包丁と共に弾かれ、屍人はがら空きの胴体を曝す。
ケルンは蹴り上げた脚を素早く地に戻し、肉薄。
自分の片腕を引いて体を捻り、屍人の鳩尾に向けて掌底を放った。


バチィン!! と皮膚と皮膚がぶつかり合う音が響く。
屍人は片足を自分の腹の位置にまで上げ、ケルンの攻撃から鳩尾を守っていた。


「……っ、なるほど、こういう時は脚で防ぐのか!! じゃあこれはどうだッ!!」


視界モノクローム』で屍人の動き――脚を用いた防御を予見していたケルンは、勉強になったと口角を上げた。
続けざま、片足となった屍人に少年は足払いを敢行。
ケルンの足払いを見て屍人は片足を軽く曲げ跳躍、弾かれた腕を顔の前に戻し、防御の姿勢を取る。


足払いを躱されたケルンは、おもむろに両手を空に掲げた。
――弾き飛ばされた菜切包丁がグルグルと、柄と刃を目まぐるしく入れ替えながら落ちてくる。


「ふっッ!!!!」


まるでその位置に柄が来ることが分かっていたかのように、少年は小さな両手で包丁を握り締め――上段から剣筋正しく振り下ろした。
防御のために刃先を合わせた先ほどとは訳が違う。
致命の威力を孕んだ上段斬りが、回避不可能な速度で屍人の防御の上に到達。
肉を割く水分を多く含んだ音と共に腕を両断し、はちを真二つに割った。


「あ、マズい、包丁が……!!」


屍人の頭に深く刺さった菜切包丁。ケルンの握る柄から、ピキリと嫌な音の振動が伝わってくる。
溢れる屍人の体液を浴びる前に、彼は包丁を力まかせに引き抜き跳びしざるが――手元に残っていたのは、その柄だけだった。


やっとの思いで、武器を破壊されながら一匹を片付けたケルンの周りは、生者に反応した屍人で溢れている。
足を引きずり、決して早いとは言えない足取りではあるが、ブワァと一斉に少年へ群がって来た。


***


ベルグ東門の目と鼻の先、屍人の群れから逃げる冒険者二人を待つ内にできることをしようと、エイシャは声を張り上げていた。


「壁上の!! 『都市台座』へ行くなら、佩いている得物をこちらに寄越しなさい!!」


緊急事態を都市の長たる『都市台』へ知らせんと、ベルグの外壁上にいる物見の兵士は市内へと降りようとしていた。
物見に向かい、エイシャは彼の腰に下がった直剣を置いていけと命じる。
先ほどまでは、ケルンとエイシャ――二人の幼い子供を、冒険者ごっこでもしているのかとあざけた兵士だったが、ケルンの戦いぶりとエイシャの火魔法を見てその考えを改めていた。


「分かった、すぐ知らせて戻る!! 頼んだぜ、嬢ちゃん!!」


10Mメルトはある高い外壁から放り投げられた、鞘付きの直剣を受け取ったエイシャは、次いで二人の門兵に指示を出す。


「貴方達は前衛!! その全身鎧フルプレートメイルは飾りですか!!」


「っ、くそ!! わぁかったよ!!」「厄介なもん引っ張ってきやがって!!」


叱咤とも取れるその声に、開いた東門を急ぎで閉め終えた体を酷使して、兵士二人が並んでエイシャの前に出た。
それぞれ、腰帯に佩いた鉄の直剣を音高く抜き放つ。
同時に、屍人から逃げていた冒険者のアルフレッドとクララが東門前に到着した。


「はぁっ、はぁ……すみません、助かります!!」


「ふぅ、はぁ……!! ご、ごめんなさい……敵を引っ張ってきてしまって!!」


冒険者二人は限界のはずの足を酷使して、何とか笑う膝を落ち着ける。
自分達も力になると、それぞれ長銃ライフル長杖ロッドを構えた。


「東門を背に、私が側面を魔法でカバーします。貴方達冒険者二人は、私の左右に陣取って、張った白魔法の内側から攻撃を。門兵、前衛は任せましたよ!!」


「嬢ちゃん、あの小僧はどうすんだ!! あんな深くの群れの中じゃ、助け出せねぇぞ!!」


門兵二人の視線の先には、数は減ったものの未だ二十はくだらない屍人たち。
その中の一際大きな一団が、その場で足止めをされているように静止している。
おそらく、黒髪の少年はあの中だろうと門兵は当たりを付けた。


「ケルンを舐めないで下さい、あの子は私達よりも周りがよく見えてる・・・・・・。例え全面を包囲されようと、切り抜けるのは訳無いです。むしろ、一対多数の局面こそケルンの得意とするところでしょう」


エイシャは、ケルンを信頼している。
努力を怠らない人間性――は、勿論そうだが、戦闘面で頼りになる彼の空間魔法によるところが大きい。
視界モノクローム』で半径100Mメルトの球体状の空間を完全に認識できるケルンに、奇襲は一切通用しない。
だけではなく正面切って戦う時でも、ケルンは視界モノクロームを用いて初動を認識し、相手が何をするのか完璧に読み切ってから動くことができるのだ。
後出しじゃんけんのように、圧倒的有利アドバンテージを盲者の少年は手にしている。
身体能力でケルンを上回れなくなった時が、自分が彼に負ける時だろうとエイシャは考えている。


(それに――ケルンにはたぶん、加護に似た力がある。ゲリュドの火魔法を無傷で退けたのは、偶然では説明がつかない)


爆発的に成長していく、弟のように可愛い少年の事を思って、エイシャは少し苦笑した。
同じだけの努力量をこなし、魔法含め彼以上の実力を持っている事実を棚に上げつつ、エイシャは白魔法陣を構築し始める。


ケルンが足止めしている屍人の中央隊以外が、ベルグ東門に向けて追いすがってくる。
接敵に備えて前衛の兵士二人は直剣を構え、銃士と修道女もそれぞれ得物を握り締める。


「『物理障壁』」


エイシャの両手の延長線上――彼女を挟み込む左右の冒険者の向こう側に、真白の光を放つ幾何文様が浮かび上がった。
だが世界を改変する力を放つはずのそれは、そのままスッと白光と共に消え失せ、その場には何も残らない。


「っ、失敗!?」


「え、接敵エンゲージです!?」


クララとアルフレッドの眼前に、屍人が大口を開けて迫る。
エイシャの魔法が発動し、何らかの助けとなると予想していた彼らは、防御の体勢を取れていなかった。
そのまま屍人の牙に蹂躙される未来を幻視した二人は、せめてもの抵抗に得物を振り回す。
――ガツン!! と響いたのは、長杖ロッドの先端が当たった音でも、長銃ライフルの銃床が屍人の頭をかち割った音でもなかった。


二人が屍人を観察すると、数匹が空中にへばりつく様にして静止している。
ガラスに肌を張り付けたように滑稽を曝す屍人に、クララとアルフレッドの思考は停止した。


「……何をやっているのですか? 『物理障壁』に阻まれ、屍人はこちら側に来れません。内側からの攻撃は透過するので、早い所片づけて貰えると助かるのですが」


あきれ顔を冒険者二人に向けたエイシャは、「……白魔法、見たことないですか?」と続けたかと思うと、鞘の付いた直剣でへばりついた屍人の一匹を、ゴツンと小突いて見せる。
一方的に攻撃できることを実演したエイシャは、無言で二人に殲滅を促した。

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