盲者と王女の建国記

てんとん

第2項14話 忘れ人の宴Ⅳ

都市ベルグ内。舗装された白い石畳から、歩きやすいよう短く切りそろえられた、都市外の草地へと――飛び出してきたのは、短い黒髪と燃える様な赤の長髪を持つ少年少女。


黒髪の少年ケルンは、八百屋の店主から借り受けた大きな菜切包丁を片手で構え。赤髪の少女エイシャは、右手を突き出しながら脳内で魔法陣を構築する。
接敵に備えて構えを取る二人に、門の左右に控えていた兵士がその目を驚きで見開いた。


「おおっ!? なんだガキども、ベルグの外は魔物で一杯だから危な――」


「――今すぐ門を閉めてくださいッ!!!! 壁の上のヒトはリセ・・に……っとにかく早く『都市台座』まで走って!!」


呑気に肩を竦めながら近づいてくる門兵の言葉を遮って、ケルンは叫ぶ。
言ったその「リセ」という愛称が、王女リセリルカ・ケーニッヒの名前を示していると知られては色々と面倒なこと――不敬罪の疑いをかけられかねない。
『都市台座』という場所を言うにとどめ、彼は事態の緊急性を手早く伝えた。


「何をバカなこと言ってんだ……??」


ぼやきながら接近してきた門兵に、ケルンは目線を一切動かすことは無い。構えは崩さず、集中するため目を閉じる・・・・・
――直径200Mメルト。空間魔法『視界モノクローム』の認知範囲を全て前方へ向け、球体内にある物体を余すことなく認識する。
そんなケルンを見て、ベルグ外周壁上にいる兵士も嘲りを飛ばす。


「はあー!? 何やってんだー小僧、冒険者ごっこなら組合行けよー!!」


「見なさい愚か者どもッ!! 走ってくる冒険者二人の向こう側をッ!!」


苛立たし気にケルンに向けて伸ばされた門兵の手――掴んで強引にベルグ内に戻そうとしたのだろう――それをバシン!! とはたき落としながら、野次を飛ばした壁上にエイシャはまなじりを釣り上げ叫び返す。
鋭い棘のあるその口調には、役に立たない兵士どもへの糾弾が込められていた。
少女の剣呑さにたじろいだ兵士達が、魔法の発射口である手の先に視線を向けると――


「――な、なんだァ、ありゃあ!!??」「お、おい急げ、閉めるぞ!! お前ら、ベルグ内に早く入れ!!」


彼らの目に飛び込んできたのは、決死の表情で走る二人の冒険者の向こう。その背後から滲むように湧き出すヒトに似た何か。
足を引きずる彼らが纏うのは、ズタズタの襤褸切れ。
そしてその隙間から覗く肌は赤黒く、明らかに尋常でない。
二人の門兵は、眼前の光景に驚き、慌てたように開いた門を押し出した。


義姉ねぇさん!! 冒険者っぽい前二人除いて、三十八だ!!」


ケルン、エイシャ共に兵士の声を一切無視して迫り来る屍人を見据える。
視界モノクローム』を用いて、出現した敵の数を正確に数えたケルンは、戦闘経験が豊富なエイシャに指示を仰ぐ。


「あの様子じゃ、門兵は当てにならない……私が魔法で牽制して、冒険者二人が門の前に到達するのを支援する。ケルンは私の撃ち漏らしを斬り伏せて!!」


相手が複数の場合、一番気を遣わねばならないのが死角からの不意打ちバックスタブ
壁を背にするというのは、単純だが効果的。
後ろに気を使う必要がなく、正面の敵だけ対処すればいい。
門の傍には、全身鎧の兵士がいる。いくら索敵と判断能力が劣っていようとも、彼らとてベルグで兵役を積んだ戦士だ。
専門の冒険者までとはいかないまでも、前衛兼壁役タンクとして働いてくれるだろう。


「了解ッ!!!!」


――ケルンは、エイシャからの言葉を受けたかと思えば、次の瞬間には地を蹴って飛び出していた。
同時に、赤髪の少女も魔法の詠唱に入る。


「『万物を灰燼に帰す炎の精霊よ。ザラマンドルよ。其は蜥蜴の体躯。開く顎に纏うは灼熱の劫火ごうか。瞳に定めよ。我は指向者、掲げる手先のシルベを穿て』」


エイシャの掲げた手の先に、幾何文様、緋色の魔法陣が展開する。
赤熱し、温度を増し――澄んだ鐘の音と共に弾けた。


「『火焔弾バーンショット』!!」


放たれたのは、その赤色の髪よりも少し明るい緋色の炎。
駆けるケルンを追い越し、逃げる二人組を飛び越え――先頭の屍人リビングデットに着弾した。


***


「グァァァァ……ッ!!??」


突如として飛来した炎の弾が、一匹の屍人に命中。
激しい爆発によるノックバックの後、その体が発火し、周囲の屍人数匹を巻き込んだ。
背後で弾けた中級火魔法『火焔弾バーンショット』に、屍人から逃げていたクララとアルフレッドは目を剥く。


「はっ……はぁっ、火魔法!? ということはあの赤い髪の女の子、魔法使いでしょうか!?」


「よしっ。門も閉じ出したっ!! 門兵も異常に気付いたみたいだっ……とりあえず、最悪は避けられたけどッ」


依然押し寄せる屍人を背に、二人はもはや限界の足を動かし続ける。
火魔法の着弾を見ていた視線をベルグ側に戻すと、黒髪の少年が脱兎の如き勢いで走り込んで来ていた。


「門の下へ急いでください、お二人が着くまで僕と義姉さんで応戦しますから!!」


二人には目もくれず、ケルンは一直線に屍人の群れへと突っ込んでゆく。
冒険者二人と交差する直前、黒髪の少年は最低限を叫んだ。


「はっ、……っ待て、君はどうするつもりだ!? あれらは魔族、屍人リビングデットなんだぞ!!」


「そうですよ、噛まれたら魔族に堕ちます!! 見た所戦う装備も整ってないですし、解毒薬アンチドーテも持っていないでしょう!?」


焦る二人の声を背に受けて、ケルンは口角を上げる。
更に前傾姿勢になり、速度を上げ――『視界モノクローム』で自分の体を観察し、最速・最適な位置に足を運び、走る。
空間魔法は、ケルンの体術全てを大幅に改善させていた。


エイシャの放った火魔法、その炎から逃れる様にして二匹がケルンの前に踊り出る。
――盲者の少年は、速度を緩めることなく突っ込んだ。


「――グルァッ!!」


徒手格闘も何もなく、屍人の腕が大雑把にケルンに向けて薙がれる。
視界モノクローム』に写る情報――筋肉の収縮、腕のリーチ――を統合して、少年は屍人の繰り出した攻撃の範囲と威力を想像する。
ケルンは走るまま半歩だけ体を捌き――攻撃が当たらないスレスレのところで躱す。


「――ふッッ!!」


すれ違いざま、体に巻き付くようにして振ったケルンの菜切包丁が、屍人の胴を抜いた。
――「グァァッ……!!!!」と、傷口から体液を迸らせる屍人の反撃を警戒しながら、ケルンは地を軽く踏みしめて反転。
突貫の勢いを重心移動で回転力に変え、もう一匹の屍人の背中を逆袈裟に薙いだ。
都合二撃を与えたケルンは、迸る体液が掛からない位置まで流れるように跳び退るバックステップ


「大丈夫です、任せて下さい!!」


盲者の少年は、好戦的に笑いながら冒険者二人に向けて言う。
菜切包丁に付着した体液を振り払ったケルンは、危なげなく屍人と応戦し始めた。


「すっごい……あの二人とは動きが全然違う。アルフ、たぶんあの子なら大丈夫ですよ!!」


「あんなに小さいのに、どうなってるんだあの剣捌き……!! 初撃の胴抜き、全く見えなかった……」


クララは、一行パーティを組んでいた前衛二人と少年を比べ、動きの冴えに目を見張る。
剣を扱ったことのあるアルフレッドは、黒髪の少年を見て悔しそうに呟いた。
足を止めて戦闘を見入っていた二人を叱咤するかの如く、エイシャが火魔法の二射目を放つ。


「危ない!!」


――黒髪の少年は、火魔法の発射を全く見ていない。
巻き添えを予感したクララは、思わずケルンに向けて叫んでいた。
盲目の少年はしかし、全て見えている・・・・・
体を軽くずらし、背後から迫る緋色の矢を躱し――ケルンが斬った二匹の屍人に着弾。
着弾後の爆発を予見していたかの如く走り出し、ケルンは爆風を追い風に加速した。


心配が杞憂に終わったクララは、放心したように少年を見つめる。


「背中に目でもついているのでしょうか……?」


「取り合えず、門まで走ろう。魔法使いのヒト、たぶん怒ってる」


放物線では無く、わざわざ低飛行で放たれた火魔法を見て、アルフレッドはクララに促す。
ケルンの向かう先には、十匹は超えようかという屍人の群れ。
かつては弱者。
覚悟を決めて努力した少年は今、剣を片手に冒険をする。

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