盲者と王女の建国記
第2項4話 模倣の剣
「……よし、いけそうだ」
――『視界』に多量の魔力を注ぎ込んだまま、ケルンは抜き身の鉄剣を持ち上げ始める。
今しがた見たテインの構えを思い起こしながら、それを自分の体で再現しようと。
ケルンは重い鉄剣に振り回されるようにしながらも、上段までなんとか剣を持ちあげる。
テインの上段は、力の入っていない脱力した状態だった。
ケルンは、『視界』で自分を観測したまま、慎重に足、胴、腕、手指と力を抜いていく――
――ガクンっ、と、黒髪の少年が体勢を崩す。
やはり、力の抜けた手足では剣の重みに耐え切れず、ケルンは慌てて握りに力を入れて支えた。
「父さんっ、どうやって力を入れずに、剣を安定させるのっ!?」
「剣の重心を見極めろ。力を入れなくても、支えられる握りの位置が必ず存在する」
その言葉を受けてケルンは、先程の父親の構え、その握りの位置をより鮮明に脳内にフラッシュバックさせる。
ケルンは、利き手である右手を鍔に近づけ、左手を柄頭ぎりぎりに添えた。剣の重さを支える――重心の位置を計りながら、構えの高さの微調整を重ねて。
――まだ若干ふらつきがあるものの、先程までとは異なり構えがらしくなる。
「……っ、こんな感じ?」
構えを崩さないように集中しながら、ケルンがテインに問いかける。
木剣を布の腰帯に刺し込み、腕を組んだ父はそれを聞いてかぶりを振った。
「ああ、大分良くなった。振れるか?」
「……やってみるっ!!」
自分の体を俯瞰、左右から観察しながらケルンは利き足を擦らせ始めた。
父親の動きを完全に模倣しようと、『視界』に送る魔力量は更に増し、ズキズキと頭が魔法処理の限界を訴え始める。
――構うものか。ケルンはにぃぃ、と口端を上げ歯を食いしばった。
魔法を使いながら剣を振るというのは本来、尋常でなく集中と才能のいる行為である。
リセリルカの身に纏う雷魔法しかり、相応の努力が伴わなければ、使い物にすらならない事がほとんどだ。
並列思考で、敵の動き等眼前の情報を処理しつつ、魔法を編み続けなければならない。適切な魔力量を魔法陣に注ぎながら、敵の攻撃を躱し、受け、剣を振る。
一部の狂いも許されないその戦闘技術を讃えて、ヒトはそれを成す者をこう呼んだ。
――魔法剣士、と。
「――ふッッ!!」
――ヒュィン。
響くのは、木剣のそれとは気色の違う、澄んだ鉄の高音を孕んだ風切り。
次いで――ドサッ、と。
不細工な音を奏でて、ケルンは草の絨毯に顔を埋めた。
「痛った……!! そっか、父さんの真似したら、強く振れ過ぎるんだ。全然、勢いを止められなかった」
「体捌きに剣の振りは良かったぞ、ケルン。後はやはり体づくりだ、お前は体力が無さすぎる」
転んだ息子に手を差し伸べながら、テインが言う。
「ありがと」とその手を取り、ケルンは衣服に付着した草を手で払った。
「こんなことなら、何かやっとけば良かったなぁ……目が見えなくても、腕立てくらいは出来たのに」
はあとため息を吐いて、ケルンはのうのうとしていた過去の自分に恨みごとを零す。
自分の細い腕と、父親の太いそれを見比べながら。
「ふっ、そうだな。だが失敗を重ねて、いずれ成功に至ればいい。百の失敗から学び、一の成功をつかみ取れ。出来ない事への解決策を考え続けることだけが、きっと何より正しい」
ケルンの自嘲を否定するでもなく、テインは不器用に笑う。
――「間違いを気づくのも正すのも、出来れば自分でやるべきだ」と付け加え、テインは息子が落とした鉄剣を拾い上げて手渡した。
「……うん、なんか難しいけど、今のすごいしっくりきた」
剣を受けとりながら、ケルンは少し考えるそぶりをして、こくりと頷く。
父の物事の考え方が気に入ったとばかりに、歯を見せた。
「そうか」
「よし、もう大丈夫。今度は目を凝らさなくても。もう、覚えた」
それからしばらく、鉄と木の風切り音がツィリンダー家の庭に鳴り続けた。
***
二千回目の素振りの音が、ベルグの夕焼け空に吸い込まれる。
先に剣の鍛錬を終えていたエイシャが、その音を聞いてケルンに声を掛けた。
「あ、ケルン。今ので素振り、二千回終わった」
「はあっ、はあっ、はー……初めて、夕食前に終わった……!!」
ガクガクの足腰を休めるように、ケルンは庭の低い草の上に仰向けで寝っ転がる。
『視界』を上に向け、何も存在しない暗闇に手を伸ばした。
――健常者は、この向こうに、空というものを見ることができるらしい。
暗闇を掴むように手を開閉しても、やはりケルンの視界には何も映らない。
暫くそうして体を休めるケルンに習ったのか、エイシャも隣で横になった。
草が彼女の体の重みで倒れる音を聞いて、ケルンは視界を俯瞰に戻す。
エイシャは横向きで寝転がりながらケルンを見て、問いかけた。
「剣の振りも見違えてたし……やっぱり、空間魔法を習得できたから?」
「うん、俺相当変な型で振ってたんだね。視界が開けて初めて分かったよ……」
最早癖というものだが、ケルンは顔だけエイシャの方へ向けて返す。
目が見えなかった頃に付いた、声のする方へ顔を向けるという癖。
そうしないと、「どこを見てるの?」とよくケルンは言われたからだ。
「なんか私まで、嬉しいのはなんでだろ」
エイシャはぐぐーっと伸びをして、清々しく口角を上げる。
ケルンはその様子を見て、彼女の伸びる腕をぱしっと掴んだ。
「義姉さん、腕……もう痛くないの?」
視界が開けて初めて分かる、エイシャの腕の傷。
幾十もの爪で深く傷つけられたその痕は、ケルンの顔を顰めさせた。
話には聞いていて、ケルンは触らせてもらったこともある。
それでも、実際に目にすると、言い表せないような悔しい気持ちが湧いて来た。
「うん? あっ、あははっ、ちょっとくすぐったいって、ケルンっ!! ……もうっ。痛くはないよ、それにこれは、消しちゃいけない傷跡」
すすすーっと傷を指でなぞるケルンに、エイシャは講義するようにバッと腕をひっこめた。
それはエイシャが盗賊団に入る要因にもなった、鋼殻蟻の節足棘によるものだ。彼女の名も無い小さな村は、盗賊団長ゲリュドに誘導された黒い大群に蹂躙されたのだ。
「義姉さんの傷痕を見たら、他のヒトは絶対何か言う。俺が、ずっと言われ続けてたから。ヒトは、ヒトの違いに敏感だ」
ケルンは、難しい顔をしてエイシャに言う。
――「……俺多分、義姉さんが蔑まれたら、我慢できないよ」と、いつになく真面目な顔をするケルンにエイシャは笑いかけた。
「じゃあその時は、ケルンが怒って。ケルンが馬鹿にされたら、私が怒ってあげるから――それに、きっと、そんなヒトなんて取るに足らない。ミゥさんやテインさん、もちろんケルンもそんなこと言わなかった」
夕焼け色に、傷痕を翳しながらエイシャは語る。
言外に。ヒトとの違いを見せることは、ヒトを計る指針になるとエイシャは表現した。
暫く二人で寝っ転がり、心地よい風で汗を乾かしていると、ミゥの作る夕飯のいい匂いが漂ってくる。
匂いにつられるようにケルンとエイシャは立ち上がり、家の裏口へと駆けだした。
――『視界』に多量の魔力を注ぎ込んだまま、ケルンは抜き身の鉄剣を持ち上げ始める。
今しがた見たテインの構えを思い起こしながら、それを自分の体で再現しようと。
ケルンは重い鉄剣に振り回されるようにしながらも、上段までなんとか剣を持ちあげる。
テインの上段は、力の入っていない脱力した状態だった。
ケルンは、『視界』で自分を観測したまま、慎重に足、胴、腕、手指と力を抜いていく――
――ガクンっ、と、黒髪の少年が体勢を崩す。
やはり、力の抜けた手足では剣の重みに耐え切れず、ケルンは慌てて握りに力を入れて支えた。
「父さんっ、どうやって力を入れずに、剣を安定させるのっ!?」
「剣の重心を見極めろ。力を入れなくても、支えられる握りの位置が必ず存在する」
その言葉を受けてケルンは、先程の父親の構え、その握りの位置をより鮮明に脳内にフラッシュバックさせる。
ケルンは、利き手である右手を鍔に近づけ、左手を柄頭ぎりぎりに添えた。剣の重さを支える――重心の位置を計りながら、構えの高さの微調整を重ねて。
――まだ若干ふらつきがあるものの、先程までとは異なり構えがらしくなる。
「……っ、こんな感じ?」
構えを崩さないように集中しながら、ケルンがテインに問いかける。
木剣を布の腰帯に刺し込み、腕を組んだ父はそれを聞いてかぶりを振った。
「ああ、大分良くなった。振れるか?」
「……やってみるっ!!」
自分の体を俯瞰、左右から観察しながらケルンは利き足を擦らせ始めた。
父親の動きを完全に模倣しようと、『視界』に送る魔力量は更に増し、ズキズキと頭が魔法処理の限界を訴え始める。
――構うものか。ケルンはにぃぃ、と口端を上げ歯を食いしばった。
魔法を使いながら剣を振るというのは本来、尋常でなく集中と才能のいる行為である。
リセリルカの身に纏う雷魔法しかり、相応の努力が伴わなければ、使い物にすらならない事がほとんどだ。
並列思考で、敵の動き等眼前の情報を処理しつつ、魔法を編み続けなければならない。適切な魔力量を魔法陣に注ぎながら、敵の攻撃を躱し、受け、剣を振る。
一部の狂いも許されないその戦闘技術を讃えて、ヒトはそれを成す者をこう呼んだ。
――魔法剣士、と。
「――ふッッ!!」
――ヒュィン。
響くのは、木剣のそれとは気色の違う、澄んだ鉄の高音を孕んだ風切り。
次いで――ドサッ、と。
不細工な音を奏でて、ケルンは草の絨毯に顔を埋めた。
「痛った……!! そっか、父さんの真似したら、強く振れ過ぎるんだ。全然、勢いを止められなかった」
「体捌きに剣の振りは良かったぞ、ケルン。後はやはり体づくりだ、お前は体力が無さすぎる」
転んだ息子に手を差し伸べながら、テインが言う。
「ありがと」とその手を取り、ケルンは衣服に付着した草を手で払った。
「こんなことなら、何かやっとけば良かったなぁ……目が見えなくても、腕立てくらいは出来たのに」
はあとため息を吐いて、ケルンはのうのうとしていた過去の自分に恨みごとを零す。
自分の細い腕と、父親の太いそれを見比べながら。
「ふっ、そうだな。だが失敗を重ねて、いずれ成功に至ればいい。百の失敗から学び、一の成功をつかみ取れ。出来ない事への解決策を考え続けることだけが、きっと何より正しい」
ケルンの自嘲を否定するでもなく、テインは不器用に笑う。
――「間違いを気づくのも正すのも、出来れば自分でやるべきだ」と付け加え、テインは息子が落とした鉄剣を拾い上げて手渡した。
「……うん、なんか難しいけど、今のすごいしっくりきた」
剣を受けとりながら、ケルンは少し考えるそぶりをして、こくりと頷く。
父の物事の考え方が気に入ったとばかりに、歯を見せた。
「そうか」
「よし、もう大丈夫。今度は目を凝らさなくても。もう、覚えた」
それからしばらく、鉄と木の風切り音がツィリンダー家の庭に鳴り続けた。
***
二千回目の素振りの音が、ベルグの夕焼け空に吸い込まれる。
先に剣の鍛錬を終えていたエイシャが、その音を聞いてケルンに声を掛けた。
「あ、ケルン。今ので素振り、二千回終わった」
「はあっ、はあっ、はー……初めて、夕食前に終わった……!!」
ガクガクの足腰を休めるように、ケルンは庭の低い草の上に仰向けで寝っ転がる。
『視界』を上に向け、何も存在しない暗闇に手を伸ばした。
――健常者は、この向こうに、空というものを見ることができるらしい。
暗闇を掴むように手を開閉しても、やはりケルンの視界には何も映らない。
暫くそうして体を休めるケルンに習ったのか、エイシャも隣で横になった。
草が彼女の体の重みで倒れる音を聞いて、ケルンは視界を俯瞰に戻す。
エイシャは横向きで寝転がりながらケルンを見て、問いかけた。
「剣の振りも見違えてたし……やっぱり、空間魔法を習得できたから?」
「うん、俺相当変な型で振ってたんだね。視界が開けて初めて分かったよ……」
最早癖というものだが、ケルンは顔だけエイシャの方へ向けて返す。
目が見えなかった頃に付いた、声のする方へ顔を向けるという癖。
そうしないと、「どこを見てるの?」とよくケルンは言われたからだ。
「なんか私まで、嬉しいのはなんでだろ」
エイシャはぐぐーっと伸びをして、清々しく口角を上げる。
ケルンはその様子を見て、彼女の伸びる腕をぱしっと掴んだ。
「義姉さん、腕……もう痛くないの?」
視界が開けて初めて分かる、エイシャの腕の傷。
幾十もの爪で深く傷つけられたその痕は、ケルンの顔を顰めさせた。
話には聞いていて、ケルンは触らせてもらったこともある。
それでも、実際に目にすると、言い表せないような悔しい気持ちが湧いて来た。
「うん? あっ、あははっ、ちょっとくすぐったいって、ケルンっ!! ……もうっ。痛くはないよ、それにこれは、消しちゃいけない傷跡」
すすすーっと傷を指でなぞるケルンに、エイシャは講義するようにバッと腕をひっこめた。
それはエイシャが盗賊団に入る要因にもなった、鋼殻蟻の節足棘によるものだ。彼女の名も無い小さな村は、盗賊団長ゲリュドに誘導された黒い大群に蹂躙されたのだ。
「義姉さんの傷痕を見たら、他のヒトは絶対何か言う。俺が、ずっと言われ続けてたから。ヒトは、ヒトの違いに敏感だ」
ケルンは、難しい顔をしてエイシャに言う。
――「……俺多分、義姉さんが蔑まれたら、我慢できないよ」と、いつになく真面目な顔をするケルンにエイシャは笑いかけた。
「じゃあその時は、ケルンが怒って。ケルンが馬鹿にされたら、私が怒ってあげるから――それに、きっと、そんなヒトなんて取るに足らない。ミゥさんやテインさん、もちろんケルンもそんなこと言わなかった」
夕焼け色に、傷痕を翳しながらエイシャは語る。
言外に。ヒトとの違いを見せることは、ヒトを計る指針になるとエイシャは表現した。
暫く二人で寝っ転がり、心地よい風で汗を乾かしていると、ミゥの作る夕飯のいい匂いが漂ってくる。
匂いにつられるようにケルンとエイシャは立ち上がり、家の裏口へと駆けだした。
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