盲者と王女の建国記

てんとん

第1項幕間 血濡れ王女の円舞曲

午後のほんの少し緋色がかった日差しが、二階建ての木造住宅街に降り注ぐ。
雑多な出店を並べる通りが、賑わい始める時間帯。
依頼クエストを終え、疲れと火照りを持て余す冒険者たち。日雇いの仕事終わり、一杯ひっかけようと酒場に入る者たち。


そんな都市ベルグのその中心、堅牢な石製の建造物『都市台座』にて。
舞踏会場である都市台座内の広間へと向かう傍ら、主役である金色の髪を持つ王女は、半歩後ろを歩く従者に話しかけた。


「エリー、これからの段取りはどうなってたかしら?」


「都市台就任の儀の後、各魔法貴族名家との顔合わせも兼ねての舞踏ダンスとなっています。舞踏が終われば、会場を広間に移し、食事会がありますね」


使用人メイド服』に身を包む、長身の麗人。
王女の問いに、ぴしりと整えられた栗色の髪を軽く触りながら返した。


「……食事会は欠席するわ。疲れててまともな応答ができる自信がないから。それと、舞踏ダンスもどうせ誰も怖がって踊ってくれないでしょうし。実質都市台就任の儀だけね」


気丈に振る舞い、何気ないように歩いているが、リセリルカの体は限界に近い。
盗賊団殲滅というよりは、盗賊団長ゲリュドとの戦いが主な理由だが――魔力が底を尽きかけている他、血を流しすぎている。
舞踏会で今日は最後。これ以上修羅場をくぐるのは、流石に持たないと彼女は判断した。


「リセリルカ様、良いのですかな? これから共に働く者たちですぞ、親交を深めて損はないと思うのですが」


もう一人の従者、歴戦の鎧に身を包んだ初老の眉雪ヅィーオはにやりと笑みを浮かべ、意地悪くリセリルカに問いかける。
――「ヅィーオあなた……また不敬な」とメイドからの小言を兵と王女は無視をして。


「あら、思い違いね。これから共に働く者を選別しに行くのよ――どれくらい、残ってくれるかしらね?」


むしろそんな態度を歓迎するかの如く、リセリルカも意地悪く笑い返した。


***


都市台座内の広間で、魔法貴族諸侯が一堂に会していた。
舞踏ダンスのため、男は紳士服タキシード、女はドレスに身を包む。
緊張感はなく、所々で歓談が咲いている。


「どうですかな、男爵殿? 貴公の任された事業は上手くいきそうですか?」


「これはこれは、子爵殿。万事順調ですよ……心配事と言えば、今回フォルロッジから来た新都市台様の事ですかねぇ」


男爵は、自分達がいる磨かれた石床フロアより一段高い、赤い絨毯の敷かれた前任『都市台』が居る場所を見る。
肥えた腹に押され、紳士服がパンパンに張っているその男は、下卑た笑みを浮かべていた。
大方、新都市台の幼い王女を傀儡にしようとでも企んでいるのだろうが。
だがそれは、この会場にいる全員が考えていることだろう。どうにかして甘ちゃんと噂の第五王女に取り入って、権力を、と。


「聞くに、齢八の子供だとか。いかに王女と言えど……はは、我が息子と仲良くしてくれるといいのだがな」


「そういえば、子爵殿の子供も齢八でしたか」


「ほら、そこに連れてきているよ。はは、人見知りなんだ、うちのは」


子爵もどうやら、息子と良い仲にさせて王女に取り入るつもりらしい。
暫し歓談に興じていると。喧騒がシン、と静まってゆく。
どうやら、主役の王女が到着した様だった。


***


舞踏会場に敷かれた、金の刺繍の入った真っ赤な絨毯。
前任『都市台』の男に魔法貴族諸侯達は、その絨毯のように真っ赤に染まった小さな召物を纏う王女を見て、数百はある瞳全てに畏怖を宿らせた。


「聞いてないッ、聞いてないぞっ……!! 第五王女は、弱いのではなかったのか!?」
「魔法適性のない者との間に生まれた子、とも聞いていましたが……」
「どうやら我々は、大きな思い違いをしていたようですね……」


彼女は、左右に従者を引き連れて。片手に無造作にヒトの頭・・・・をぶら下げていた。
冷たい鋭利な瞳は、魔法貴族らの甘ったれた考えを氷漬けにしてゆく。


彼らは、主都フォルロッジに住まう王とその息女達の話を耳にしていた。
彼女ら王女の幼き日に仕えた傍付きの使用人曰く、誰が次期の王になってもおかしくない程それぞれが卓越した剣技なり魔法なりを扱う、と。
ただ、それは第四王女・・・・までの話だった。
高い位にいる諸侯の話題に上るのは、いつでも第四王女までの誰か。
第五王女リセリルカ・ケーニッヒなど、存在すら知らなかったというのが彼らの内殆どだろう。


話題に上らない、世間から隠されていた最後の王女。
――何のために、隠していたのか? 魔法貴族諸侯は首を捻った。
出自? 容姿? いや違うだろう?
そして誰もがいずれ辿り着く、当然の帰結。
ああ、なるほどなるほど、弱かったから・・・・・・だ、と。
弱い者は、噂にすら上らない。小さく、強き誰かに呑まれ朽ち果ててゆくのみ。


森林地域は、実力主義だ。立場はあれど、力の無いものは絶対にのし上れない。
故に、現王ブリッツ・ケーニッヒは森林地域で最も強い。立場、頭、力。すべて含めて、最も強い者が頂点に立つ。
いっそ清々しい程に、単純明快。
故に第五王女などという、話題にも上らない、誰も見聞きしたことの無い者の事など侮って当然というのが、魔法貴族諸侯らの共通認識だった。
そんな下らない浅慮願望は、儚く露と消えることになった。


「――黙して、私を見なさい」


王女は歩を止め、一段高みから美しい金の双眸をもって下々を見下ろした。
響く、金声玉振の声。甘さなど、年相応の幼さなど一欠片も持ち合わせていない。
ぴしゃりと通る声が、都市台座内の広間全体を支配した。


「前任都市台、シャンディ・ベルグ・ローデンバーク。私の前へ跪け」


リセリルカは目線を移すことなく、前任都市台の男を呼ぶ。
司会進行役の魔法貴族は、断りもなく始まった就任式にどうして良いか分からないのかオロオロと辺りを見回して。


「は、はッ!!!!!!」


圧倒的な王女の雰囲気に、前任都市台は一も二もなく走り、彼女の前へ跪いた。
――「両手を差し出しなさい」と続けてリセリルカから命を受け、男は目線も上げずにぷるぷると震える手を出した。


「受け取りなさい。ベルグを騒がしていた盗賊団首魁であるゲリュドのしるし、私の都市台就任のほんの手土産よ」


どっ、と無造作にその手の上にゲリュドのしるしが置かれる。


「ひ、ひィっ……!!」


「下がっていいわ、前任『都市台』シャンディ・ローデンバーク。大儀であった」


前任都市台の男が手を焼き、居場所さえもつかめなかった『盗賊団ゲリュド』。
そのそっ首を新任都市台の王女が、手渡す。それもどうやら、就任の為の舞踏会へ行く片手間に殲滅を敢行した――この時点で、既に前任都市台よりも大きな功を上げたという揺るがぬ事実が、会場にいる魔法貴族たちの共通認識となる。
それは、リセリルカの血で汚れたドレスを見れば一目瞭然だ。
討伐は他の者に任せ、血濡れたドレスはあたかも自分がやったという擬態だ、と考える者は皆無だった。
ひとえに、王女の纏う歴戦の雰囲気がそう語っている。


「さて――初めまして、皆々様。雷帝ブリッツ・ケーニッヒの娘、第五王女リセリルカ・ケーニッヒよ」


跪いた前任都市台に習い、魔法貴族達も自然と固い石床フロアに手と膝を付ける。
誰一人として、目線を上げてリセリルカを見ようとはしなかった。
絶対強者には、畏敬を念を抱く。実力主義の森林地域では、それは当たり前のことだ。


「……怖がり過ぎよ、貴方達。私は魔物ではないのだから、もう少し体の緊張を解きなさい」


その声で、やっと会場のヒトは顔を上げることができた。
震える者も多くいたが、誰一人、リセリルカの顔を見ていない者はいない。


「――私は、弱者を守るためにここに来た。私に付いてくるというのなら、死に物狂いで食らいつきなさい。そうでないものは、早急に失せなさい。敵対は、どうぞご自由に。ただ、今度の舞踏会場には首から上だけで来ることになるでしょうけど」


リセリルカは目に見えない剣を、全員の首元にあてがっている。
自分の下で働くか、離れるか。この二言三言喋った段階で選べと言っていた。
――幼い王女は、会場の全員を暫し見渡す。
果たして、立とうとする者はいなかった。


「……私の下に付くのなら、肝に銘じなさい。貴方達は上の立場にいる、強者。強者は、弱者を守るのが絶対の義務。逆に貴方達の誰かが弱者に成り下がったのなら、私が絶対に守り抜いてあげる。言わなくても分かるでしょうけれど、汚職や下卑た考えを許すつもりは無いわ――発覚次第、必ずこの手で斬り伏せる」


何人かの諸侯が、ビクリと肩を跳ねさせた。
言葉で形作られた剣が、彼らの首元を切り裂いてゆく。


「――私は。あまねく弱者が、手を差し伸べられる世界を目指すわ。弱きを助け、悪しきを挫きなさい。常に、弱者を救う強者でありなさい」


そんな夢物語のような世界を語る彼女の瞳はしかし、真っすぐに前を見据えている。誰でもない、リセリルカ・ケーニッヒが語るそれは、諸侯らのくすんだ心を焼き焦がしてゆく。
純然たる金色、彼らがいつの日か現王ブリッツ・ケーニッヒを始めて見た時の、憧憬の再来がそこにあった。


「私は、いつの日か世界・・の王になる――誇るがいいわ、貴方達は未来の王の下に最初に付いた準家臣として、語られることになるのだから」


金色の王女は、ふっと微笑みを浮かべる。
そこには、魔法貴族諸侯に対する期待が込められていた。


「私の為に、力を貸しなさい。貴方達が困難に当たれば、私が必ず力になる――決して、見捨てないと確約する。共に、人々を守りましょう!!」


強く言い放ったリセリルカは、終わりの合図も無しに、スタスタと従者を引き連れ都市台座内の広間から出ていく。
――シン、と静まり返った広間にて、一人、また一人と。
呆けたように、手をぱちぱちと小さく打ち鳴らし。


やがて、演説者の居なくなった広間は、万雷の拍手に包まれた。

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