盲者と王女の建国記

てんとん

第10話 『世界』を感じろ

「どう、ケルン?」
「なんか、手足の指先が伸びていってる感じ」


相も変わらず俺の視界は真っ暗のままだが、手足の指先を延長したような感覚の変化が生まれていた。
電転でんてん』というリセリルカの魔法を用いて貸し与えられた、雷魔法の力。彼女から、まずは纏った雷を動かしてみろと言われて、先ほどから試みている。
見えないのにどうやって、雷が自分の意思で動いたかわかるのかとリセリルカに聞いたところ、
――『私は目を閉じてても分かるもの、私の師もそうみたいだし』
という突拍子もない答えが返ってきた。
そりゃあ、何年も同じ魔法を使ってるんだから分かるようになるだろう。雷が動く様を実際に見て、魔法を操作する感覚を養えるのだから。
俺は突飛に今日初めて魔法というものを体験している上に、盲者だし。だからもうちょっと説明があってもいいのではないだろうか?
客観的に俺の姿を見ることができるヒトが居ないので、雷魔法を操作できているかどうかが分からない。
しょうがないので、俺の感覚を言語化してリセリルカに伝えることにした。

「う……ん、なんか、凸凹していて硬いもの・・・・・・・・・・を触っているような?」


俺は手の指先を伸ばした先に、びくともしない質量を持った、ゴツゴツした感触を感じていた。
実際に指先が伸びているわけではないだろうから、雷が俺の指から伸びていってるって認識でいいのだろうか?
考えていると背後から、衣擦れの音と共にリセリルカが俺に声を掛けた。


「……凹凸があって硬い、ね。ええと、私が雷魔法を操る時の感覚は、枝を伸ばしていく様な感じなのだけれど。伸ばした魔法の枝先が何かにぶつかると、少し抵抗を感じるかしら。なんにせよ、そこまで詳細な――指先で物を触るような感じではないわね」


リセリルカの話を聞きながら、足先からも同様に指を、もとい雷を伸ばしてゆく感覚――すぐに細やかな抵抗を感じるが、先ほどのようにビクともしない感触ではない。ぐりぐりと伸ばした雷をねじ込むように押し付けると、容易に突き抜けた……気がする。
だがすぐに、手の指先を伸ばしたときと同じように圧倒的質量を持った硬いものに阻まれてしまった。


……うーん、少し想像してみよう。自分の全身の形・・・・は盲者の俺にはイマイチ分からない。けど、手足の指は五本ずつであり、そこから真っすぐ伸びた方向に何かがある。
足指の先には、靴がある……さっき何かを突き抜けたと感じたのは、多分雷が靴を突き抜けたのだろう。
そういえば、リセリルカが俺と彼女が今いる場所は『地下通路』であると言っていた。『洞窟』とも表現していたっけ。
ここは、『地下』で『通路』であり、『洞窟』のような場所。
辛うじて、盲者の俺でも想像できる。ここは開けた場所でなく、『通路』であるのだから通行の邪魔になるようなものは置かないだろう。
少なくとも、俺の家ではそうだ。俺が躓いてしまってはいけないからという理由もあるのだろうが。
では他に、『通路』にあるものとは何だろうか。『通路』を通路たらしめているものは、何だろうか。
俺は幾度も『それ』にぶつかったり、『それ』に躓いたりしてきた。
目が見えない俺にとって、最大の難敵、忌まわしいヤツ等――――すなわち『地面』と『壁』である。


多分、おそらくだけど。
今俺が伸ばした指先に感じている硬い感触は、壁か地面のものではないだろうか?


……ひとつ、試してみよう。この雷が俺に当たって、痛みを感じるなら俺は雷を操作できているという証左になる。
伸ばした指先を、固い感触を返してくる場所からどけて、魔法の発生源――俺に向けて漂わせる。先ほどリセリルカに抱きしめられた時の様な、骨の髄まで響くような衝撃が来るかと覚悟をしたが、その時は訪れなかった。


『電転』の雷は、どうやら魔法の操作主である俺に当たらないらしく、皮膚の上をズルリと滑る様に避けていく。
暫く電気を俺の周りに漂わせる。なんかこう……俺に触れるか触れないかのことろを攻めると、肌触りのいい石を撫でているようで気持ちがいい……。
手指から感覚が伸びすぎているのか、雷が今どのあたりを漂っているのかだんだんと分からなくなって来た。
どうやってこの魔法を止めるのだろうか、そんなことを考えていると。


「ずっと黙ってるけど、どうしたの?」


リセリルカが訝しさを声に乗せ、俺に話しかけて来た。自然と意識が背後に居るであろうリセリルカの方を向く。
すると、ふにゅんと伸ばした雷が何か柔らかなモノに触れた。
なんとは無しに、少しあったかいような。明確に温度を感じるわけではないけど……そう、『生きている』って感じがする。
――ぷにぷにしてて、とても気持ちがいい。ずっと触っていたい感触。今すぐ抱きしめて、全身でこの柔らかいものを感じればどんなに――

「――ねぇ、ピリピリするんですけど、ケルン?」


――怖ぁ!?
リセリルカの声に、肝が冷えた。
怒気というか、なんというか。女性が怒るとき独特の、逆らってはいけないと本能が感覚に訴えかける様な。
母さんが本気で怒ると、まさにこんな声。
まずい、殺される……。
慌てて俺は全身で謝意を表すと言われる――土下座の構えを取った。


「あの、リセリルカごめん……決してわざとじゃないんだけど」
「……いい度胸だわ。雷で私を打つことができれば、私からの反応で魔法の操作ができているかわかるという訳?」


彼女がとても怒っているようにその声から感じられる。
とりあえず、故意じゃないってことだけは伝わってくれ……!!


「いや、自分に雷を当てて確かめようと思ってたんだけど、できなくて……」
「貴方が自分を打たないよう調整したのだけど、要らなかったかしらね」


短いやり取りの中、幸い怒りは収まってくれたみたいで、リセリルカの声に柔らかさが戻ってきた。上品な口調の割に彼女はサバサバしているのかもしれない。
……思えば、リセリルカも目が見えないんだから俺が土下座しても意味がないじゃないか。焦りすぎて思い至らなかった。
柔らかな声のまま、リセリルカが続ける。


「で、どうだったの?」


……うん?
イマイチ質問の意味が分からないので、問い返す。


「え、何が?」


その金声玉振きんせいぎょくしんの声は。


「――さっき貴方、やけに詳しく操作した雷の感触を語ってたじゃない? だからどうだったのかしらーって。私の肌、触った感触は?」


清々しい程に朗らかで。


「え、あの」
「――怒らないから、ね? 言いなさい?」


それでいて、俺が今まで生きてきて何よりも怖かった。


「――柔らかくて、あったかくて、気持ち良かったですっ!!」
「それはそれは、良かったわねッ!!」


「~~~~~~~~~~ッ!! へぶっぁ……」


瞬間、今度こそ。
恐らく今生最大級の衝撃と共に、バリバリと大気を震わす音が遠ざかっていった。
薄れかけた意識の中思う。


――ああ、『世界』こわい。



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