盲者と王女の建国記

てんとん

第8話 オリジン

弱者に向ける、輝くような笑顔をぺたりと張り付けて。
私は少年ケルンに言葉を紡ぐのだ。


『――もう大丈夫よ、大変だったわね!』


自分でも驚くほど、すらりと言葉が出た。
とても、先ほどまで何人もを虐殺していたヒト種が発するとは思えない、そんな言葉が。
ああ、気持ち悪い、気持ち悪いッ!!!!
何が大丈夫、だ。何が大変だった、だ。


外面と内面がまるで合っていない、ぐちゃぐちゃだ。
どす黒い内面で、血に染まった両手で。


――ヒト殺しの、私。
リセリルカ・ケーニッヒは、弱者を守ると謡うのだ。


それでも弱者を守るのは、私の義務――――ひとへに、王たらんとするならば。


胸中を誤魔化すように、強く彼の手を取って、私は歩き出す。

「……貴方、目が見えないんですってね?」


彼は、ケルン・ツィリンダー。
テインとミゥの息子で、盲者。
事前に伝えられていた情報と一致する外見――黒い髪に、白い双眸――からそう決定づけた私は、半ば確信めいた口調で確認を取った。


「あの、すみません。あなたは誰ですか?」


見えてはいないはずの双眸を見開いて、ケルンは首を傾げる。
今一度彼を見れば、先ほどまで震えていた体に力が戻っていた。


目が見えない状況で、右も左も分からない場所に放り出される。
その恐怖が、どれほどのものかは私には分からない。
……だがどうやらケルン・ツィリンダーは、それを超克したらしい。


その"強さ"に。
ほんの少しだけど、ささやかな輝きに。
少しだけ、胸が軽くなった。


感謝を込めて、ケルンに向かって私は微笑む。
出来るならば、貴方のような。
少しでもいいから、ささやかでもいいから。

確かな強さを持っている、そんな同齢の、共に歩んでくれる友達が、、――


「――リセリルカよ。リセリルカ・ケーニッヒ」


「ケルンです。ケルン・ツィリンダー」


少年は傲慢にも、王族である私に向かって名乗りを上げた。
それがどうしようもなく可笑しくって――少し、嬉しくて。
私は彼の手を握り締めながら、吹き出してしまう。


「覚えておくわよ、ケルン」


その言葉は地下通路内で残響して、リセリルカとケルンに染み込んだ。


***


コツコツと、二人分の足音が地下通路に響く。
繋がれた手。歩く二人は盲者と王女。弱者と、強者。
初対面、という言葉はこの場にそぐわない。なぜなら一人は"面"を見ることができないのだから。
ケルンが今頼れるのは、つながれた手のぬくもりと、自分と同齢程度の少女の声だけ。
彼が今持っている『世界』の情報は少ない。
自分の前を歩いている少女に、漂ってくる血臭、凹凸のある悪い足場。先ほどまで悍ましい死の音。
前を歩く少女に状況を聞いてしまえば、それで終わる。彼にとってどうしようもなく、絶望的な『世界』が広がっているのかもしれない。
それでも、『分からない』ことの方が、何よりもケルンは怖かった。何も分からないまま助けられたり、殺されたり。それこそ、無意味だと思った。
ケルンはリセリルカの手に一度、ギュッと力を込めて対話の意思を示す。
くるりと、彼女が振り向いた気配を感じてから口を開いた。


「ねぇ、リセリルカ?」


「……なんだか、久方振りに名前を呼び捨てにされたわ。何? ケルン」


名前を呼ばれ、くすぐったそうに笑った彼女は首を傾げて盲者に問い返す。
何から聞けばよいものかと、聞きたいことが多すぎて問いに困ったケルンは、しばし考えてから言葉を紡ぐ。


「……ここはどこなの?」


「地下にある盗賊のねぐらよ、覚えてない? ……テイン・ツィリンダーに聞いたのだけど、貴方攫われたそうよ」


それを聞いた瞬間、ケルンの脳内に嘲笑の声がフラッシュバックした。
――『ひゃははは!! なんだコイツ、何もしてねえのにコケやがった、何にもないところで!!』
魔法具店内で、顔の見えない誰かがケルンに向かい発した言葉。
ぐちゃぐちゃと、内臓をかき乱されるような苦しさを。嘲笑されたという事実を。
ケルンは、改めて認識した。


「――――ッッ!!」


――今更になって、苦い味が口の中をゆっくりと広がってゆくように、情けなさが滲みだしてくる。
言いたいまま言われて、何にもできなかった。
盗賊から見て、自分はどう映ったのだろう?
きっとどうしようもなく惨めで、哀れで。そしてそんな自分に、無力で無価値な自分に、――――不意に、鉄の味がケルンの舌の上に広がった。
無意識の内に噛んでいた唇から、血があふれ出していた。


「……ケルン、怒っているの? どうして?」


隠しきれない怒りの形相を見て、リセリルカがケルンに問いかける。


盗賊アイツらは、俺を馬鹿にしたんだッ……でもそれ以上に、馬鹿にされて何もできなかった俺自身にっ、めちゃくちゃ腹が立つッ!!」


せきを切る様にあふれ出す、純粋な子供の怒り。
馬鹿にされたことに腹を立てる、でも何もできない、弱者の囀り。
ケルンの返答に、リセリルカは苦笑した。
言い聞かせるように優しく手を取って、ゆっくりと二の句を継ぐ。


「……貴方は、盲者――弱者じゃない? 仕方ないわよ、貴方の弱さは罪じゃない。目が見えないんですもの、それも生まれてからずっとでしょう? 誰だって、そうなる・・・・わよ。しょうがないわ」


駄々を捏ねる、分不相応な望みを持った弱者、それが自分であると。
ケルンはリセリルカの目に、自身がそんな風に映っているのが理解できてしまった。


仕方ない、しょうがない。
それはケルンが忌み嫌う言葉であり、無意識の内に最も愛する言葉である。
健常者たにんに『盲者だから――』と言われる分にはなにくそと腹を立て。
自分がやってできないことを、自分の心の中で『目が見えないから――』と言い訳をする。
悪辣で便利な、そんな言葉だ。

そんな自分の性質を知ってか知らずか、ケルンはその心の器を熱い感情で満たす。
――きっと、リセリルカは優しい女の子なんだ。目が見えない俺に対して、嫌悪するでなく、蔑むでなく。
思いやり持ってゆるやかに、分不相応にも腹を立てる俺を戒めてくれているのだ。
目が見えないという理由でもって。


――俺だってっ!! 俺だって、これでも男なんだッ!!
情けない、情けないっ!!
仕方なく、ないだろう!? しょうがなくないだろう!?


暴れ狂う心情は心の器から溢れかえり、口の外へあふれ出す。
濁流のような思いが、留まることを知らず湧き出て来た。


「それでもっ!! ……それでも、嫌だッ!! 俺はちゃんと生きたい・・・・んだ!! 誰かの、役に立ちたい。俺にしか、できないことがしたい。目標に向かって、努力がしたい。できることに向かって、思いっきり突っ走ってみたい。ただ守られるだけ、助けられるだけ、息をするだけッ、のうのうと、淡々と、愛されているだけ、生きているだけ!! 無能だ、無価値だッ!! 生きてるだけ・・・・・・じゃあ、嫌だ!!」


手を引かれるだけの、弱々しい少年は。
彼はリセリルカの手を、小さな力で精いっぱい握り締めて、歯をギリギリを食いしばりながら。
これでもかという位に、心の内を吐き出した。
打算や思惑などまるで無い、純粋な願いに、望み。


「自分はこうしたいんだ、絶対に」ビリビリと伝わる思いに、リセリルカは目を見開く。
ケルンの砲声は、先まで狂気にまみれ、どす黒く濁っていたリセリルカの心中に差し込めていた陰鬱とした黒い霧を吹き飛ばした。


(――まるで、まるでいかづち。周りまで巻き込むような……電火の様な、飛び火するような。きっと弱者だからこその無能と呼ばれたからこその、強い憧憬しょうけい。良いわね……本当に、私好み。でもね――)



――願うだけでは、言ってるだけでは、何も成せない。



リセリルカは、弱者を相手取る憐憫の笑みをその表情から消した。
ケルンの顔を見て、心からの叫びを聞いて、彼女は思う。
彼は、本気で弱者で在りたくないと望んでいるのだと。
彼は、もがくべきだと。本当に自身の気持ちに、報いたいと思うのであれば。
リセリルカは、表情を消してケルンに尋ねた。


「――――そう。それで?」


「……えっ?」


雰囲気が一変したリセリルカの様子に、明確に険を帯びた彼女の声に、動揺したようにケルンが返す。


懸想思うだけじゃあ、ダメなのよ。まだ弱い・・、思うだけでは、何も変わらない、変えられない)


リセリルカは、その苛烈な責め句の火口を切った。
それは、凡そ盲者に。目が見えないという、言い訳を持つ弱者に向けるものではなく。
自分と対等な――友人と呼べる存在を戒める時のような口調だ。

「それで、どうするのよ? 貴方がどう思おうが、何を叫ぼうが、何も変わっていない現状がここにあるわ。私に守られて、手を引かれて、貴方は満足なの?」


ケルンは、何も返せない。
――もちろん、満足な訳がない。だが、ここでそれを言ってどうなるというのだろう。
何とかできるというのならば、貴方一人でこの状況をどうにかして見せなさい。そう言われてしまえば、終わりだ。それこそ、何もできずに野垂れ死ぬことになる。
だから、何も言い返せなかった。
彼女の言うとおり、何を思おうが、叫ぼうが、変わらない。


リセリルカは、なおも続ける。


「結局貴方は、生まれてから今まで何かをしたの? 懸想おもいに足るだけの何かをやろうとしたの? 祈るだけ、願うだけ、思うだけ、行動したようで何もしていない、結果が伴っていない。甘い・・のよ」


挑発のような口調で、リセリルカがケルンを責める。
目が見えない事を無意識に言い訳にしてきたケルンにとって、その言葉は致命的に突き刺さった。
彼女の剣は鋭く、ケルンの心を切り刻んでゆく。
ズタズタになってしまう前に、立ち上がれない程ぼろぼろになる前に、ケルンはその心を怒りという殻で覆った。

――何かをやろうとしたのか、だって?
やろうとしてないとでも?
剣を握るとする、どうやって見えない相手に当てるというのだろう?
魔法を学ぶとする、見えない対象に向かって、なんの魔法を使うというのだろう?
やろうとする、以前の問題なんだよ。
無意味なこと・・・・・・をして、何の意味があるんだよ!?


適当なことを言うな、自分の気も知らないで。

――ぬるり、リセリルカに握られているケルンの手が、湿った何かを感じた。


彼の開きかけた口は、止まる。
握っているリセリルカの掌中の固いだけではない感触に、遅ればせながらも、気づいてしまったから。
手汗などとは説明もつかない液体が彼女の手には付いていた。


唐突に、理解できてしまった。
恐らく彼女は、ヒトを殺してここに来たのだと。その手に持った剣で、切り刻んできたのだと。
ケルンの冷えた頭は、意思とは乖離して状況の整理を行っていく。盗賊の根城、何人かの声、絶命の音。それらを全てつなげると、一つの答えが導き出された。


――リセリルカは単身でここに乗り込んで、盗賊たちを皆殺しにしたのか。
ああ、なるほど、分かったよ。
確かに俺は甘い・・、甘ちゃんだ。
でもそれはきっと、リセリルカから見て、なんだよ。


彼女はきっと、きっと特別なんだ。
剣一つでなんでも、生かすことも殺すこともできてしまう、とてつもない才能。
そんな本物の天才に、凡人以下の俺の考えなんてきっと、理解できないんだ。


ケルンの心は、急激に冷めてゆく。
それこそ、リセリルカを特別視したケルンの心持ちそのものこそが。
健常者がケルンを『欠損者』と蔑むことと、本質的に同じことであると、彼は気づけない。
自分の心を守るためにした、自分が忌み嫌う『差別』という行為に、気づけない。


「弱者で在ることが耐えられないというのなら、盲者みえないことを言い訳にしてはダメ――私は見たことあるわ、盲目の騎士を、軍師を、魔法使いを。彼らは貴方のように、生まれから目が見えなかったかどうかは分からないけど、只の守られるだけの盲者では、ない」


――盲目の騎士、軍師、魔法使い、ね。


ケルンは、苦笑する。
見えなことを言い訳にするな、という彼女の金言は。
ケルンの本質を射た言葉は、届かない。


――そんなものを引き合いに出されても、俺が無能だという事実は変わらないじゃないか。
ずっと見えていない・・・・・・俺が分かることではないかもしれないが、『世界』が少しでも見えていたヒトは、モノの形や色を容易に想像できるのではないだろうか。
だからきっと、視えなくてもやれているんだ。
そも、盲者みえないことを言い訳にするなと、見えるヤツに言われて心が動くわけがないだろう。


ケルンは、自嘲的な笑みを浮かべて、リセリルカに反論した。


「……リセリルカは、見えない事が、どれだけ怖いか分からないだろ? もし君が俺だったら、できるの?」


見えないことが、どれだけ怖いかわかるのか。
見えている者に、それが分かるわけがない。分かったような口を聞くな、と。
弱者は嫌だと言いながら、弱者の地位に甘えるための言い訳を繰り返す。
自分はこんなに正当だ、だって「目が見えない」っていう、どうしようもなく辛い状況の中に居るのだから。
そんな弱者の自己防衛。
くだらない自分へ目を向けることからの、逃走。



リセリルカは、そんな姦計を一言の元に切って捨てた。



「――――いいわ、やってあげる」



――――グシャリ、グシャァッ――――――――!!!!!!!!!!



盗賊の塒に二度、何か・・が潰れる音が響いた。
水分の多いその物体は、潰れた瞬間、暖かな飛沫を上げて。


ぽたり、ぽたりと。
未だ繋がれているケルンとリセリルカの手に、降ってきた。


己が手を伝う、暖かな液体。
ケルンは、リセリルカの放った言葉と、彼女が取った行動を理解した。
潰れた両目から流れる血液を、鬱陶しそうに拭うリセリルカは、その狂気の行いをなんでもないように、些末なことのように、言葉を重ねる。



「今から、盗賊団長ゲリュドを殺しに行くわ。この潰れた眼のままで、やってあげる。ケルンが独りで、できるかどうかわからない事に踏み出すのが怖いのなら、私が先駆者になってあげる――盲目だろうが何だろうが、できるってことを証明してあげる。私と貴方、何が違うかわかる?」


「……な、にを? 何が?」


目を潰してまで、リセリルカは自分に何を言いたいのか??
彼女はケルンに、何を求めているのか??


リセリルカそのものが、もはやケルンには分からなかった。
ただ、彼女は自分を思って行動してくれたのだと。
強く、強く握られる手の痛みが教えてくれる。


「覚悟よ」


ぽつり、と。
呟かれた言葉。
ケルンの耳朶を打った言葉。
なんとはなしに、これだけは理解できた。


――リセリルカは、俺に覚悟がないと言っているんだ。
今までの、何かを思っては何もしなかった、のうのうとした暖かな暗闇がケルンの脳内で再生される。
次の瞬間、それらをすべて吹き飛ばすほどの衝撃が、小さな少女から放たれた。


「――――願望、欲望、希望、羨望、名望、望みと名の付くモノは万象一切っ!! 覚悟無しでは実現しないのよ!! 特に盲者の貴方は、時間を捨てる覚悟をしても、自尊心プライドを捨てる覚悟をしても、身を切る覚悟をしてもなお、足りないかもしれない、届かないかもしれない」


「もう一度よケルン、貴方は、何をしてきたの? 何もしてこなかったのなら、そこで立ち止まっている暇があるの? ――捨てて、切って、断って、這ってでも、何かを成したいのでしょう!? 弱者以外の、無能以外の何者かになりたいのでしょう!? 心が、そう叫ぶのでしょう!? ……じゃあ、腹を括りなさいな!! 覚悟を決めろ!!」



金色のいかづちが、沈んでいた、どこかで諦めを感じていた、そんな泥のようなくすみを焼き焦がす。
後に残るは、純然たる意志の炎だ。



――生まれて始めて、ヒトに本気で叱られた気がした。



解った。今のは、大馬鹿野郎の俺でも痛い程に分かった。
簡単なことだ。
俺は、できないと思うこと・・・・・・・・・に飛び込む覚悟がなかったんだ。


盲者が剣を持つ? 馬鹿が、振っても当たるわけがないだろう、と。
馬鹿は俺だ。
知識を持つ? 馬鹿が、知っても何一つ使えないだろう、と。
馬鹿は俺だ。


何もできないと、決めつけていたのは誰でもない俺自身だった。
事実、俺は盲者だ。
だがそれは、だからといって何もしないでいい理由には、冤罪府にはなりはしないのだ。
健常者並みの努力では到底足りないのだから、死ぬ気でやれ。
他のことをしている暇なんて、これっぽっちもないんだ。
地を這い、泥をすすってでも、何度でも不屈であれ。
それでも足りないのであれば、全てを捨ててでも、無能以外の何かに、成って・・・見せろ。
その覚悟を、しろ。
リセリルカはきっと、そう俺を叱ったのだ。


「な……んで、そこまで? 俺は、こんなにも、」


――何でそこまでしてくれるのか分からない。俺はこんなにも、無能なのに。こんなこと覚悟に気づけない程、どうしようもないのに。
そんなケルンの問いに、リセリルカは血の涙を流しながら心底愉快そうに笑った。


「端的に言えば、気に入ったのよ、ケルンを――――貴方は、弱者にしておくにはもったいない」


――轟雷が脳髄から爪先まで、走り抜けたような錯覚。


万感を齎す雷が、音高くケルンの心を打つ。
『弱者にしておくにはもったいない』なんて。生まれて初めて、自分を肯定されたような気がする。それこそ、自分にはもったいないとケルンはそう思う。
自分の何が、リセリルカの琴線に触れたのかは分からない。


――それでも、自分のことを気に入ったと言ってくれた彼女に、自身の目を潰してまで俺に一歩を踏み出させようとする彼女に、付いていきたい。


自然と、本当に何の疑いも持たず。
ケルン、はそう思った。


「今、分かった――俺は、君の隣に立ちたいみたいだ」


死地の最中、早鐘を打つ心臓に任せて彼は言葉を紡ぐ。
その突飛な言葉に、リセリルカは一瞬きょとんとして、すぐに可笑しそうにころころと笑った。
暫くそうやって笑い声を響かせた後、笑顔のまま彼女は答える。


「……悪いわね、要らないわ」


今度はケルンがきょとんとする番だった。
自分が何を口走ってしまったのかを、ぐわんぐわんと耳鳴りがする中で思い出したケルンは、その気障な台詞に顔を赤くして、辛うじて言葉を返す。


「……そっか」


今の貴方・・・・は、要らないわ」



薄暗い盗賊の塒の中で、それは、きっと。
ケルン・ツィリンダーというヒト種の第一項が、始まった瞬間だ。




『――私の隣に立ちたいなら、もっと強くなりなさい、賢くなりなさい。弱者など、このリセリルカには不要よ』




どん、と。ケルンの胸にその血に塗れた拳を当て、リセリルカは言い放った。
――「期待しているわよ、ケルン。やって見せなさい」と。そう聞こえた・・・・。リセリルカは俺に、そう言っているのだ。
ぶわあと全身に鳥肌が立って、燃える様に、熱い。
なんだ、これ。
無意味で、無価値だった自分。
今は、違う。
ケルン・ツィリンダーは、リセリルカという一人の少女からの期待を背負っている。
それだけで、熱かった。ただひたすらに。
彼女が触れている左胸、彼女の声が残響する耳の奥、無意識のうちに握り締めていた、彼女に触れている自身の手。
震えるほどに、今にも叫びだしたいほどに、熱い。


目の前に居るであろう、リセリルカの姿。
ケルンは視たいと、強く思った。
声だけじゃなく、手のひらの温度だけじゃなく。
彼女の『色』を、この眼で見たい、と。


「色って」
「うん?」


「健常者は、色が見えるんでしょ? リセリルカは、何色?」


その問いに、リセリルカは困ったような顔をする。
くるくると、己が金の長髪を弄び、今は潰れている金の目を宝剣を持っている方の手で撫ぜた。


「私の色? よくわからないけど、たぶん」


「『金色こんじき』よ。王の色」
「金色。いつか、俺は」


「――君の色を視たい」


盲者と目の潰れた王女は、今はどちらも見えない色の話をして、両者とも可笑しそうに相好を崩した。

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