旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

「お前の敵だと男は言った。」


ヴェデルティア王国の市街地。
シャルルの目の前に現れたのはローブを羽織った人影だった。五人ほどの人影がシャルルを取り囲む。敵か味方か、シャルルには分からないが、不穏な気配と不穏な空気からまともではない事は分かる。

剣を構え警戒しながらシャルルは問いかけた。

「貴方達は何者なの...?まさか...魔女の復活を企む組織...!?」

ローブで顔が隠れているため、表情は覗えない。もしもカイウスが言っていた魔女の復活を企む組織なら__。

シャルルは息を飲み、返答を待った。
しかし返ってきたのは意外な答えだ。

「そんなものは知らんな。今の我らの目的はただ一つ。お前が庇ったと言う雌猫だ。」

「雌猫...?まさか...!貴方達...!!」

ローブに隠れていた手。
その手には月に照らされ光るナイフ。
五人全員、ナイフを手にシャルルに構えた。

「事情は知っているようだな...。ならば話は早い。あの雌猫の居場所を吐いて貰おう。さむなくば___」

「さむなくば?」

「今宵は血の雨が降ることになろう」

てっきり、魔女の復活を企む者かと思っていた。しかしそんな大層な物では無い。


ナーシャの話は本当だったんだ。
黒いローブを羽織った人達にさらわれたと。
別にナーシャの話を信じていなかった訳では無い。確証が無かった為に、もしかしたらと言う程度だった。

しかし目の前には、実行犯であろう人が居る。しかも数人。きっとこの人達が、ナーシャの住んでいた村から誘拐して酷い目に遭わせたんだ...。

剣を握る力が、強くなる。シャルルの怒りがどんどん増してゆく。人は斬りたくないと思っていたが、ナーシャの身体に刻まれた傷を思い出すと、もう許せないとしか思えなかった。


「血の雨と言ったよね...。お生憎様。あの子と私の明日の天気は___。」


剣に魔力を送る。斬る覚悟を決めたシャルルは一気に距離を詰めた。そして一瞬の刹那。一人の男は血を流して倒れた。

「笑顔が咲く快晴よ。」

シャルルの頬に、返り血が垂れる。
一人が倒れると、四人は一斉にシャルルに飛び掛かった。一人の男が振り下ろすナイフを剣で防ぐ。

その間にもう一人が、シャルルに目掛けてナイフを突き刺そうとしたが、それを間一髪で身体を捻り回避した。少しではあるが、着ていた服をナイフがかすめていた。

避けて体制を立て直す間にも、別の二人が同時にシャルルの背中にナイフを斬り付けようとしたが、シャルルは剣を振り、またギリギリの所で防ぐ。そして勢いに任せ、二人を弾き飛ばした。

「この女...ただ者じゃないぞ...!!」
一人の男がナイフを構えながら言った。

「...いいや、私はただの女の子だよ」
と、冷静に。しかし怒りに満ちた顔で相手を睨みつける。

「だったら大人しくあの雌猫の居場所を言いやがれ!!」

一人の男が飛び出してくる。そして一太刀浴びせようとナイフを振り下ろした。が。男のナイフは空を斬り、地面に刺さる。

「...遅いわね。マスターのあの剣速に比べたら...全然見えるもの。」

「くそっ...なめやがって。勝負はこれからだぜ小娘...!!」

一本のナイフが、勢いよくシャルルに投げられる。それを剣で払い落とすも、その背後にもう一本。ナイフが投げられていた。

2本目のナイフを弾こうとするも剣を掠めて火花を散らし、シャルルの肩に刺さった。

「うぐっ...!!まさか...同じ場所に2本投げるなんて...!」

刺さったナイフを引き抜くと、当然血が地面に落ちた。肩を押さえつつ、片手で剣を構え直す。

「根性だけはあるようだな...。しかしこっちも、まだまだこれからだぜ...!」

またナイフを取り出すと、一斉に斬り掛かってきた。何とかギリギリの範囲で、振り翳されるナイフを剣で防ぐ。しかし相手の数が多い。当然防ぎきれる訳もなく、少しずつシャルルの身体はナイフで刻まれていく。

「ぐっ...!」
顔にも切り傷が出来ているし、身体にも腕にも、切り傷が増えていく。追い詰められているのは確実だ。

「そろそろ、居場所を吐いたらどうだ...!!」

と四人がかりでシャルルを倒そうと連続攻撃を仕掛ける男たち。

「言うわけないでしょ...!!あの子は...!私が助けるんだから...!!」

剣に魔力を送り、一瞬の隙を突いて一気に斬り伏せた。なんとか一人は倒すことが出来たが、まだ三人残っている。息を整えながら、シャルルは剣を構えた。

「貴方達こそ...もう諦めて...!!でないと全員...!」

「...それは無理だ。」

「...ぐっ!どうして...!!」

「それを答える道理など無い...!!」

そして二人が斬り掛かってくる。
シャルルもこんな所で負けられないと、戦いを挑む。そしてまた同じだ。連続攻撃を仕掛けてくる。シャルルは何とか、魔力を使い攻撃を防ぎながら機会を待つが、それも時間の問題と成りそうだった。

「動きが鈍いな...!!先程までの強勢はどうした...!!」

「うるさいばか...!」

「へへ!!お前もあの雌猫同様奴隷にしてやっても良いんだぜ小娘!」

「なっ...!!奴隷だって...!!あんた達...何処まで外道なの...!!!」

ナーシャを奴隷として扱っていたと聞いてシャルルの怒りは有頂天に達した。

魔力を最大まで送り剣でナイフを払う。
宙を舞う数本のナイフ。そしてシャルルは剣と鞘に魔力を送り、一気に三人を吹き飛ばした。壁に激突して樽が割れる。そして土埃が舞い上がった。

「あの子に...どんだけ傷を負わせたら気が済むの...!!絶対許さない...許さないんだから...!!」

最後の一人に刃を向け、怒りに満ちた顔で相手を睨む。先程、2本のナイフを同時に投げた男だ。その男はゆっくりと、顔を隠していたフードを下ろし、顔を見せた。

まだ若そうな青年だ。もっとゴツい顔した男かと思っていたのだが__。ナイフを2本手に持つと、その男はシャルルに問いかけた。

「聞きたい事がある...。お前、名前は?」

「私?...私はシャルロットよ。」

「シャルロット?ほぉ...そうか。お前が...」

「何?私の名前がそんなに珍しいの!?」

シャルルは剣を構える。
この状況での質問の意味が分からないし、名前を聞いてからの反応も妙だ。警戒しながら相手を睨む。

「家名は無いのだな...。いや、寧ろ知らないだけか...。そうかそうか...。」

「だから...さっきから何なの...!!一人で分かりましたみたいな顔して...!私の事何か知ってるって言うの!?」


何か知っているような物言いは、シャルルにとって不気味だった。

自分の知らない何かを、名前を聞くやいなや全てを知っているような口振り。

幼い頃の記憶が残っていないシャルルにとって、その不気味な感覚は嫌悪感でしかなかったのだ。気持ちを抑えきれずに相手に斬り掛かる。

しかし男はシャルルの不意打ちを完璧にナイフで防いで見せた。しかしシャルルは攻撃の手を休めず、力を込めながら相手に斬り付ける。

「...シャルロット...。ここでお前と相対したのは運命なのかもな......!!」

「そんな運命は知らない...!!貴方が何者なのか...!私には分からないけど...!!」

「ふむ、お前の敵だ。」

「それは分かりやすくて...結構ね!!」

力を込めて、大きく振りかぶり剣を振り下ろした。しかし刃は男に当たる前にたった1本のナイフで止められていた。

剣をナイフで弾き上げられる。シャルルの体制が崩れた隙に、もう1本のナイフがお腹へと突き刺さる。

「ぐっ..あっ....!」
刺さったお腹からは血が垂れる。
そして口から血が流れ、シャルルは剣を落として膝をついた。

「これはきっと運命だ...シャルロット。」

倒れそうになる身体を必死に支え、血を流しながらシャルルは剣を持って立ち上がる。
視界は霞み、身体はもうフラフラだ。最早立つことが出来たのが奇跡なのかもしれない。

「ぐふっ...運命だの...奇跡だの....私には...ぐっ、...わかん...ないけど...」

血を吐きつつも、シャルルは言った。
守るべき者。せめて自分が守ると約束した人は必ず守ると。

「喋るな__。今のお前では何にも守れやしない」

「そ...れでも...私は....絶対、...死んでも...あの子は...まも....」

フラフラの状態で斬り掛かろうとした瞬間、力が抜けてシャルルは倒れた。謎の男の足下まで、シャルルの血は流れ出る。

「ぐっ...本当に...私って....」

「___そうだな。お前は馬鹿な奴だ。」

男は屈み、倒れてもなお立ち上がろうとするシャルルを見ながら言った。

「__その図太い精神...。あいつと何にも変わらないなシャルロット...。」

「......」
答える事が出来ずに、シャルルは倒れたまま、男の話を聞いていた。

「今回は挨拶に来ただけだ。あの雌猫の事はお前がしっかり守ってやると良い。動ければだが___。」

シャルルの耳元で聞こえる様に囁くと男は立ち上がった。そして立ち去ろうとしたときだ。シャルルは最後の力を振り絞る。

「まって...貴方は...一体何者....なの...?」

「俺か?そうだな....。何とも答えずらい質問だが、強いて答えるなら。そして簡潔に分かりやすく説明するのなら__」


「___お前の敵だ。シャルロット。」


それじゃあなと一言告げて男は消えた。


それから数分。シャルルは色々考えようとしたが言葉が見つからない。そして思考もどんどんぼやけてゆく。視界ももう霞んで殆ど見えていない。

そんな中。声が聞こえた気がした。
ナーシャの鳴き声だ。シャルルはぼやけた視界の中手を伸ばす。何かに触れた。それが何かはシャルルにはもう見えていない。しかし確かにそこには、ナーシャが居た気がした。そしてするりと力が抜けて、シャルルの意識は失ったのであった。


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