旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

「猫族の少女 ナーシャ」


シャルルは空き地にあるベンチに腰をかけた。その隣に、小さくなりながら猫族の少女も腰をかける。しかし周りの目を気にしているのかどうも落ち着かない様子だった。

「はい、これ。まだ暖かい季節だけど、夜はまだ冷えるからね」

シャルルは被っていた帽子を猫族の少女にかぶせた。変装とまではいかないが、無いよりはましかなと思ったのだ。猫族の少女からしてみれば、大きな帽子だ。猫耳くらいなら充分隠せる。そしてシャルルの着ていたコートで身体を包んだ。これも、尻尾をあまり目立たせないためである。

「...暖かい」

そう呟くと身体に擦り付けるようにコートを抱き締めた。

「...そっか。ねぇ、お腹空かない?そろそろご飯タイムにしよ。私もうお腹ぺこぺこなのよねー」

情けない話だ。猫族の少女よりも、先にお腹が鳴ってしまっていたのだ。恥ずかしさからか頬を少し赤く染める。


シャルルは先程買ったパンの入った紙袋を取り出し、コッペパンを一つ猫族の少女に差し出した。はやりまだ、隣にいるシャルルに慣れないのか、恐る恐るではあるがパンを手に取る。そしてじーっとパンを見つめてから、シャルルを見た。

「んー?食べても良いよ。あなたを探したのも、一緒に食べたかったからだし」

少女に微笑みかけながら、一言告げてシャルルはパンにかぶりついた。

「い、頂きます...にゃ」

シャルルにつられ、目の前のパンにかじりついた。一口食べ、そしてまた一口。猫族の少女はあっという間に、一つ目のパンを完食した。

「おいしい?」

猫族の少女は大きく頷く。先程の様子では、仮にお金を沢山持っていたとしても、ご飯には中々有り付けないだろう。シャルルはもう一つパンを取り出すと、また猫族の少女に手渡した。

「にゃう...あの...その...良いの...?」

シャルルから渡されたパンを持ちながら、シャルルを見上げる。
 
「もちろん!全部食べても良いからね」

そう告げると、猫族の少女はパアと笑みを浮かべ、そしてパンにかぶりついた。その様子を横目にシャルルもパンをかじった。少し味気ないパンではあるが、とても美味しく感じられた。一人で食べるよりも、誰かの隣で一緒に笑って食べた方が美味しさは倍増する物だ。

そして幸せそうにパンを囓る少女を見た。せめて一晩だけでも、この子には満腹になって欲しいと思う。


「そうだ、聞きたいことがあるんだけど...えっと、君...名前は?」

首をかしげながらシャルルは問いかけた。

「私は...ニャーシャ...」

「そうなんだ、私はシャルロットって言うんだ。シャルとかシャルルってよく呼ばれてるんだー。よろしくね?ニャーシャ」

ニャーシャと名乗っているが、それは猫族の訛りで実はナーシャだと言うことに、シャルル気が付いては居ないようだ。その辺はやはり少し抜けているシャルルである。

「そういえば、ニャーシャはなんでこんな所に...?私は詳しいこと分からないけど、あんまり歓迎されてないようだけど..」

そう。シャルルが気になったのはそこだ。可愛らしい容姿をしているのに、どうも街の人達の目線は冷たい。ナーシャはパンを囓りつつ、俯いた。ナーシャからしてみれば、デリケートな問題なのだろう。

シャルルの顔を、迷ったような顔で見上げた。シャルルはキョトンとしながらナーシャを見詰める。

ナーシャはシャルルなら大丈夫と判断したようだ。小さな声でだが、ポツリポツリと話し始めた。

「私...この街にね?連れてこられたの...」

「え、連れてこられたって...」

「私の住む村にね...?黒いローブを被った人が来てね....?それで無理矢理...」

「誘拐されたって事だよね...」

「うにゃ...。それでね...?気が付いたら...変なとこに居たの...」

「変なところ...?」

「うん...檻みたいな所」

「牢屋かなぁ...それで...?」

「私...怖くて...。そしたらまた変なお屋敷に連れて行かれて...それで...。朝も夜も沢山...気持ち悪いお仕事...させられて...。それが嫌で...逃げたのにゃ...」

「もしかして...その身体の傷は__」

「言うこと聞かない子にはお仕置きだって...変なとこ座らされて....うぅ...」

思い出してしまったのか、ナーシャはまた涙をこぼした。小さな雫が頬を流れ、パンに落ちる。その様子を見て、シャルルも少し泣きそうになっていた。

「...ごめんね、嫌な事思い出させちゃったね...でも、教えてくれてありがとね、ニャーシャ」

「うぅ...うにゃぁ....」

また泣いてしまったナーシャを、軽く抱き締めながらシャルルは思う。この子だけは必ず村に返してあげようと。誘拐犯の事も少し気になるが、今はこの子を母親に会わせてあげることが大切だ。

明日は迷いの森へと向かう予定だったが、行き先は変更だ。この子の住む村へ連れて行かないと...!

「大丈夫だよー...ニャーシャ。私がきっと、ニャーシャのお家まで送ってあげるから...だから安心して...?」

「ほ、本当...?」

涙を流しながらシャルルを見上げる。
シャルルはもちろんと笑顔を浮かべて答えた。自分の事より、まずは目の前の子を助けなければ。シャルルの堅い意思は、ナーシャの手を強く握った手に込められていた。

「ニャル...ありがと...」

「ニャル?...ニャルって..」

「ニャルルの方が良いの?」

あぁ。とそこまで聞いてやっと理解した。
シャルとシャルルどちらが良いかの話だったのだ。今まで呼ばれたことのない、なんとも斬新な呼ばれ方に、シャルルは少し笑ってしまったが必死に名を呼ぼうとしてくれるナーシャを愛おしく思えた。

「呼びやすい方でいいよー?ふふ、まったく可愛いんだからー」

シャルルはナーシャに頬スリした。ナーシャも、初めて優しくしてくれる人に甘えるように頬スリしてくる。お互いがお互い、擽ったそうにしていた。

ヴェデルティア王国のとある空き地。
その小さな片隅で、月夜が照らす二人の時間は、穏やかに。そして静かに流れて行くのであった。

結局そのまま空き地で眠らせるのも可哀想だと、変装をさせたまま王国のホテルに宿泊することになった。もう一人、妹が来たからと無理な言い訳をし、さらにまだ小さいからとナーシャのホテルの宿泊費を無償にしてくれとかなり強引なこちらの言い分を通した形となる。苦し紛れの言い訳を無理矢理通す事は、交渉において大切なのかもしれない。

しかし本来であれば、警備の騎士達が飛び出してきてもおかしくない訳だが、そこをなんとかと土下座をする勢いで頼み込むシャルルの姿に根負けして了承してくれたのだ。

もう本当に2度とこのホテルには泊まれないなと苦笑を浮かべつつ、二人は部屋に入ったのだった。

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二人が部屋に入ると、ナーシャは隅っこにあるソファーに座った。シャルルはナーシャからコートと帽子を受け取り、ラックに掛け、そしてナーシャの隣に座った。

「ん、どうしたのニャーシャ?」

「な、なんでもにゃいんだけど...ニャルルに迷惑をかけてる気がして...」

「あぁ、そんなの気にしなくて良いよ。私がしたくてしてることだから。ね?」

「にゃう...」

ナーシャは俯いたまま、ごめんなさいと呟いた。それを聞いて、頭を撫でるとシャルルは立ち上がった。

「ねぇニャーシャ。一緒にお風呂入ろっか」

「お風呂...?」

「そう。お風呂。女の子同士だから恥ずかしくないでしょ?」

「わ、私は__にゃう!」

シャルルはナーシャの手を掴むと微笑みかけ、そして部屋にあるお風呂場へとナーシャを連れて入ったのだった。

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