旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

5-3「強い意志」


ケーキを食べつつ、シャルルはカイウスを見た。相も変わらず、男なのか女なのか分からない容姿はなんとも言えない雰囲気を醸し出している。

聞くのはやはり失礼だろうかと思いながら紅茶でケーキを流し込む。今更ながら、木の実のケーキは凄く美味しい。

ナッツの香ばしい香りと、ベリーのソースが絡み合い、そこにトドメと言わんばかりのしつこくない生クリーム...。

「このケーキ凄く美味しい...!」

と満足げにシャルルは笑った。
カイウスもシャルルに喜んで貰えてご満悦な様子だ。

「お口にお合いして何よりです。そういえばシャルロット様、ケルト帝国で紹介させて頂いた料理はどうでしたか?」

「うん、どれも凄く美味しかったですよ?美味しかったんだけれど...」

「ん、何か御不満な点でも?」

「高かった...」

あぁーとカイウスは苦笑を浮かべた。
カイウスが普段食べているものは、どちらかと言えば他の国や帝国からのお客様に向けた一流料理だったのだ。庶民的な食堂なども紹介はしていたが、カイウスが美味しいと思う物は必然的に高いものとなる。美味しい物を意識した故、仕方が無いと言えば仕方が無い。


「ははは...それは申し訳ありませんでした。普段私は自炊ですし...それに、外食は大抵、お偉い方の付き添いですからね...。今度、お手頃の庶民的な価格で食べられるような場所を探しておきます。」

「うん、またケルト帝国に行ったときの楽しみにしておきますよー。」

「はい、心よりお待ちしております。」

談笑しつつも、やはりシャルルの笑顔は少し曇ったように見えていた。初めて会ったときの笑顔とは、はやり違う。事情をカイウスは知っているとはいえ、あまり模索できないでいた。そんな中、シャルルが切り出した。

「ねぇ、カイウスさん...一つ聞きたいことがあるんです」

「はい、何でしょう?」

「...どうすれば強くなれますか?」

少しだけ意外な質問だった。もっと別な事を聞かれるかと思っていたために、少し驚いた表情を見せる。しかし彼女の意思は本物だった。それは目を見れば分かる。

「...シャルロット様...その質問にお答えするには簡単ではありません...。しかし強いてそれをお答えするのであれば__。意思の強さです。」

「意思の強さ...」

「シャルロット様は、人斬りと対峙したと聞きます。その時、...すいません。少し言葉が悪いかも知れませんが...シャルロット様に勝ち目は無かった筈です。」

「...うん、マスターが居なかったら...今頃私が闇の術式を受けていたはずです...」

「しかし、シャルロット様は此処に居る。それが意思の強さです。」

「で、でも私...」

「でもではありません、シャルロット様。貴女は絶対に勝てないと分かっていても、あの人斬りに立ち向かった。それは多分、私が想像するよりも、何倍も恐ろしかったでしょう。怖かったでしょう。その恐怖に立ち向かった意思を。心を。忘れないで下さい」

「そ、それは確かにそうだけど...私が聞きたいのはそう言うのじゃ無くて__。」

感情的にシャルルはカイウスに訴えた。
心や意思だけでは守れない物がある。シャルルの聞きたいのは__。

「...とある国には、このような言葉があります。迷いの剣は全てを鈍らせると__。」

「...」

「シャルロット様...確かに剣術を極める事も大切です。しかしそれ以上に、迷いや雑念、憎しみや悲しみをも断ち切る折れない意思が大切なのです」

シャルルには身に覚えがあった。
マスターが椿を挑発した時、椿の刃は大いに乱れていた。感情的に剣を振った結果、椿の刃はマスターによって折られたのだ。

「....それじゃあ私...どうすれば...」

「シャルロット様はまだ幼い...。それなりに剣を振ってきたと思われますが、きっと心が付いてこなかったのでしょう。しかし今、シャルロット様は強い意志をお持ちだ。」

カイウスは一枚の紙を取り出すと手を翳した。青い光が紙を包み込むと、そこに何やら印字しているようだ。光が消え、そしてシャルルに紙を差し出した。

「どうしても、と仰るのであれば...ここを訪ねてみて下さい。きっと、貴女の期待に応えられる筈です。」

シャルルは差し出された紙を見た。
紙には、迷いの森がある場所と、カイウスの認証が書かれている。

「迷いの森...?」

「えぇ。迷いの森です。そこには祠が御座います。後は...そこに向かわれれば分かるでしょう。私も以前、修行していた場所に御座いますので...。」

「分かった。ありがとうカイウスさん。」

「もしも向かわれるならお気を付けて。」

それから暫くしてから、カイウスはローレンスに報告があると言っていたためシャルルと分かれた。

お会計の時、カイウスは当然のようにシャルルの分のお金を支払おうとしたため、シャルルは必死に説得してお金を支払った。ケーキ代と紅茶代合わせても、そこまで高くなかったからなのだが___。

シャルルはというと、カイウスと分かれてから早速準備を始めていた。今すぐにでも迷いの森へと行きたい所だが、まずは準備からだ。

初めての場所に出向くことになる。
しかも行き先は迷いの森。シャルルの想像する最悪の事態は、森からの脱出が出来なくなること。

そしてもう一つは今度は誰も居ないため、自分の身は自分で守る必要があるのだ。怪我をして動けなくなるかもしれない。


常に最悪の事態を想定して準備すべし__。
久しぶりに思い出した旅人の極意だ。


シャルルはその言葉を胸に念入りに準備を進める。露店やお店を回り、買い漁った道具や食料を鞄に詰めていく。

そして準備が整った頃にはもう日は沈みかけていた。時計台の鐘の音が、街に五回鳴り響く。準備が終わり、よし。明日から頑張るぞと意気込んでいたのだが、今更ながらシャルルは気が付いたことがあった。


「...そう言えば宿の事忘れてた__。」


前にカイウスやローレンスに言われた言葉を思い出す。宿は先に取れと...。

「やらかしたぁぁぁぁ!!」

シャルルの悲鳴にも似た叫びは、町中に響き渡ったのだった。








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