旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

4-5「覚悟と誓い」

切り上げられた刀は、血風を巻き上げた。
そして斬り上げにより空に打ち上げられた腕は、くるくると回転しながら血を飛ばし地面に落ちた。シャルルの服や身体には、当然血がべったりついている。

「あ...あぁ...!」

シャルルの瞳に涙が溢れる。さっきまで格好つけて戦っていた自分が恥ずかしい__。


椿は伏せていた目をゆっくりと此方に向けた。しかし椿は、ほんの少しだけ驚いた表情を浮かべる。



「__俺の腕...欲しけりゃくれてやる...!
だがなぁ...こいつの命は...絶対やらねぇよ..ツバキ!」

吹き飛ばされた腕を生け贄に、マスターは椿の身体を、隠し持っていた剣で一撃を叩き込んだ。渾身の一撃は見事椿に当たり初めて椿の身体を切り裂いた。ユラリと少し蹌踉めきながら、刀を落とす。椿の肩から胸の辺りまで服が血で染まって行く。

「シャル...無事か?」

「うん...で、でも、どうして...?!魔力だってもう無かったでしょ...?!」

「ここは月光花が溢れてる場所だぞ...?少し月光花を囓ればなんとかなる...おかげで少し、頭が痛いけどな...。」

理屈は分からなくは無い。
でも__。

「でもマスター...う、腕が...!」

「大丈夫、なんとかなるさ。」
治癒魔法なのだろうか。
斬られた腕から、血は垂れてはいない。
マナを治癒に回しているようだ。

椿は蹌踉めきながらも、また刀を拾いあげ此方を見た。斬られたと言うのに、相変わらず無表情だ。

「シャル、俺一人じゃ...多分五分ももたねぇだろう...だから一気に片を着ける__。協力してくれるか?」

「うん、分かった。」

マスターはシャルルの耳元で作戦を伝えた。
それを聞いて、分かったと強く頷く。
これが最後の攻撃になるだろう。お互いにそう覚悟した。二人は椿を見る。

先程当てたマスターの斬撃の傷口から、黒い靄が滲み出るように溢れていた。

「___。」

椿の口元が動いた。何かを話したようだが、二人には聞こえない。そして椿は刀を構えた。鋭い刃が二人を捉える。

「行くぞ、シャル___。」

マスターの合図と共に、先に二人が動いた。
それに合わせ、椿も動く。

片腕しか無いというのにマスターは、椿の刀を受け止めた。そしてまた、俊足の斬り合いが始まる。お互いに負傷しているとは思えないような戦いだ。時折、血が飛び交ってる。

先程よりも、少しマスターが押している用にも見えた。

シャルルは二人の攻防を見守る。マスターの掛け声があれば、一気に斬り込めとのことだった。細かい作戦は、シャルルには伝えられていない。その掛け声があるまで、シャルルはいつでも斬り込めるように剣を構え、剣に魔力を送る。


椿とマスターは剣を交えながら、お互いの身を削り戦った。マスターは苦しそうにしながらも、椿に挑発した。
「へへ、ツバキ..!さっきと比べたら随分と苦しそうじゃねーか...!!こっちは腕飛ばされてんだぜ...!!」

「.....」

「憎まれ口もたたけねーか...!!何処までも殺戮人形だな...ツバキ...!!」

「....っ!!」

椿の心が乱れた瞬間だった。
人斬りと呼ばれても、何とも表情一つ変えることはなかったのに、その一言で形相が変わった。否定したい気持ちの表れか、太刀筋に乱れが見える。力が篭もり、刃が乱れる。

今までの攻撃とは変わった。
それをマスターは必死に止める。片腕しかない状態で、力で押し切ろうとする椿の刃を受け止めていく。

「あの子...」

シャルルもその様子を見ていた。きっと、誰も見たことの無い椿の表情だっただろう。その怒りにも似た攻撃。線の様な太刀筋は、無駄な力が入り波打っている様に見えた。

そう。これがマスターの狙いだった。
刀は柔軟性に優れ、折れにくいとされているが、横からの攻撃では簡単に折れてしまう。

力尽くで押し切ろうとしている椿の刀は、悲鳴を上げていた。そしてその時が訪れる。

「これでも...喰らいやがれ!!」

マスターの魔力を込めた一撃。当然の如く椿は刀で受け止める。そして遂に椿の刃は折れた。空中を舞う折れた刀。そして地面に突き刺さる。

「勝負あったなツバキ。お前の負けだ。」

マスターは息を整えつつ、剣を地面に刺し椿を見下ろす。マスターの見せた唯一の隙だ。
シャルルは、掛け声も無く決着が付いたと思い駆け寄ろうとしたその時。



___ボタボタと血が滴り落ちる。



斬られた腕からでは無くマスターのお腹からだ。

「ま、マスター!!!」

シャルルは叫ぶ。
これ以上のダメージはマスターでも流石にもう駄目だと。ただ何も出来ないまま叫ぶ。


椿は折れた刀でマスターのお腹を貫いていた。マスターが倒れそうになると、椿は刀を引き抜こうとした。がしかし。どれだけ力を入れても抜けることは無い。椿は目を見開いて驚いた。目の前にいる男は、まだ目が生きている。口から血を吐きつつ、今にも倒れそうな目の前の男は、笑みを浮かべながら此方の腕をしっかり掴んでいる。

そしてマスターは言った。

___やっと....捕まえたぞ....椿!!


そして叫ぶ。


やれ____!シャル___!

シャルルは一気に高くジャンプし斬り掛かるった。椿は刀から手を離して必死に逃げようとするが、マスターが椿の腕を掴み離さない。



___そしてシャルルの放った一撃は、さらに深く椿を斬り裂いた。パタリと椿は足をつき、そして遂に崩れ落ちた。マスターは椿の手を離してユラリと力が抜けたように倒れる。シャルルはマスターに駆け寄ると身体を起こす。

「マスター...マスター!!」
シャルルは必死に呼ぶ。
このまま眠ってしまうと思ったからだ。

「シャル....良くやったな....」
うっすらと目を開けながら笑って言った。

「私....何もやってないよ....!!」
シャルルはまた泣きそうになっていた。
力を込めつつ、マスターの身体を抱き寄せる。

「いいや...良くやったよ....シャル...お前なら...立派な冒険者になれるさ...」

「私...私は...」

「へ...さて...、そろそろ救援が来るはずだ...それまで...護衛頼むぞ...シャル」

マスターの力が抜け、手が落ちた。
シャルルはマスターを抱き締めながら、静かに涙を流す。

こうして、月光花の丘での戦いは、終焉を迎えたのだった。




__「後日談」__

あの戦いの後。
シャルル達はマスターのギルド支部があるヴェデルディア王国で保護されることになった。店主が救援信号を送る魔道具を使っていたため、マスターの仲間達や帝国騎士団達が助けに来てくれた形となる。


結局。馬車の護衛で生き残ったのは、シャルルと店主を含めて五人だった。五人と言っても、一人は目が覚めていない状態だった。今も帝国病院のベッドで眠っている。


その一人はマスターだった。
マスターの身体は、傷自体はもう癒えているし、命に別状は無いそうだ。しかし目が覚める事は無い。ケルト帝国の魔法医師の話によれば...。


「彼は月光花を囓っている。それにより身体はマナ中毒となり、身体には異常な程、マナが蓄積されていた...。マナ中毒だけなら、まだ回復の余地はあったんだが...その状態で、闇の術式が込められた呪いが身体に刻まれている。彼が目覚めないのは、それが原因だ。」


「マナ中毒で闇の術式を受けたら...どうして目覚めないの?術式を解けばマスターを助けられるんじゃ__!」


「落ち着きなさい...。簡単に言えば命の源であるマナが闇に毒されている状態だ。術式を解く事で直るかもしれないが、闇の術式なんて見たこともない...。下手に術式に触れると患者が死に至る可能性がある...。」


「治る可能性だってあるでしょう!?マスターを...私の命の恩人を..助けて... 」


「私たちにも、何とかしたい気持ちがある。彼にはいつも依頼を受けてもらって助けられていたからな...。しかし、闇の術式は最早専門外だ...。私達の中で誰も知るものが居ないんだよ...それに闇の術式は触れる者も死に至る可能性がある...分かってくれ..。」

「そんな.....。そんなのって....ねぇ...何から方法は...?!これを使えばとか...あの薬草を使えばとか...。」


「...残念だけど...。」


シャルルは絶望した。
そんな僅かな希望ですら、望むことが出来ないとは__。

そして思い知る。
かつて世界を襲った魔女。
その闇の力の脅威を__。

シャルルは泣いた。人の目も気にすること無く、ただ彼を助けてと叫びながら。魔法医師はそれ以上何も言わなかった。

ただ静かに冷静に、首を振るばかり。
最後に頼れるのはマスター自身の回復力。
魔術に対するマスター自体の魔力だ。

為す術無く、シャルルは祈るしか無かった。マスターが闇の力に負けること無く無事に目覚めてくれる事を。


そして闇の術式を使ってマスターを眠りへと誘った椿の死体は、発見されなかった。黒い霧と共に消え去ったと、戦いを見ていた店主が話していた。


闇の術式を仕込んだのは、やはりシャルルを斬ろうとしたあの瞬間なのだろう。椿の刀が黒色が変わったときだ。刀を調べればと思ったが、使っていた刀や、椿の死体すら見付からない。何か術式について掴めるかもと思っていたが、それすらも出来ない状況だ。

マスターを助けること__。
それは完全に手詰まりとなった。
闇の魔術に詳しいローレンスも色々調べてくれているらしい。

結局、シャルルの初めて護衛は失敗に終わってしまった。そして心から思う。

強くなりたい__。
守られるのではなく、全てを守れるくらい。

もうこれ以上、
自分の前では誰も死なせない__。
シャルルは流した涙に、そう誓ったのだった。








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