旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

4-4「一握りの勇気」


___勇気。


それを絞り出す為に、人は心の中でどれだけ葛藤し、考え、恐怖をねじ伏せ、辿り着いた先の勇気を振り絞り、自分を奮い立たせる事が出来るだろうか。

ましてや、今にも殺される寸前。
命を狙われている状態だ。

全ての人は完全に恐怖に狩られ、動くことすら難しいだろう。立ち向かう勇気よりも、恐怖が勝る。シャルルもその例に漏れること無く、完全に動けないで居た。

動くことも、声を上げる事すらも出来ず、ほんのついさっきまで、珈琲を飲みながら笑い合っていた人達が、まるで紙でも切るかのように、綺麗に斬られ、血を流し、虚ろな目で倒れている。

逃げてと言うただ3文字の言葉すら、彼らに届く事は無く、たった一人の少女に斬られて行く。


何が世界は残酷だだ__。
冗談じゃ無い__。

こんなの残酷とは言えない。
一方的な、ただの虐殺だ。

そして今まさに。初めてで不安だったシャルルに一番優しく接してくれたマスターすらもシャルルの前で斬られる寸前だ。


このまま、何もせずに終わるのか__?



これ以上は死なせたくない__。





しかし戦いを挑むとこは死を意味する。



それじゃあ死を恐れずに、
あの少女に立ち向かう勇気があるか_?


そして死ぬ勇気が私にはあるか___?


動け__。

そう簡単に恐怖は消えない。

お願い__。
お願い...動いて....!!


彼を...皆を守る為に...!!


一握りの、ほんの小さな勇気が。
恐怖に勝る可能性だってある。

強大な恐怖に立ち向かうのは誰もが出来ることじゃない。立ち向かうと心に決めた時。
人は勇者になる___。


シャルルの身体はついに動いていた。魔力を最大限足に送り、一気に距離をつめる。

そしてマスターの首を、飛ばそうと刀を振り下ろそうとした時。シャルルは剣を振った。
シャルルにとってまさに奇跡だ。

剣が触れ合うと火花が散り、シャルルは精一杯力を込めて踏ん張る。そうでもしなければ、一撃だけで身体を一気に吹き飛ばされるような衝撃だったからだ。それでもシャルルは椿の刀を止めた。

椿は少し驚いた顔をしていた。

マスターや椿のような剣士は、相手を見ただけで大体の技量を測れるものだ。シャルルには剣の才能はない。メンバーの中では一番弱いだろう。そう判断していた筈の相手に、まさか刀を止められるとは思いもしなかったのだ。

止めた剣を、シャルルは力任せに振り抜く。
椿はフワリと飛ぶかのように後ろに飛び、力を逃がして距離をとった。無表情の赤い瞳は、目の前にいる少女を確実に捉えている。

シャルルも、目の前に居る一人の少女を青い瞳でしっかりと見据えた。しかし手は震えている。足も。身体も。握る剣すらもカタカタと震えた。


シャルルは必死に、勇気を絞り出す。
少しでも油断をしていたら、恐怖にまた身体を浸食され動なくなりそうだった。シャルルの瞳には、涙が流れている。それが本人が気付いているかは分からない。

恐怖に涙を流しながらも、シャルルはそこに立っていた。そんな涙を流す姿を、マスターが見逃す筈も無い。


「シャル...何で来やがった...!荷台に隠れてろって....言っただろ....!」

「...ごめんなさい...でも...私__。」

「でもじゃねぇ...お前が...あいつに...!あの人斬りに...勝てるわけねーだろ...?!動けるなら...俺を...囮にしてでも...!」

「___それだけは嫌...!!」

「嫌だって....ぐっ...」
マスターの斬られた腕の傷口から血が滴り落 ちる。傷口を強く押さえ、止血しようとする。必死に起き上がろうとしたマスターだったが、簡単には起き上がれない。

「くそっ....頼む...頼むぜシャル...頼むから...逃げてくれ....」

直ぐにでも、マスターに駆け寄りたい気持ちを抑えた。椿を見る。目を離せば、一瞬でやられてしまうと思ったからだ。

「私..力も無いし剣もそれなりにしか使えない。だけど__。」

シャルルは覚悟を決めた。
ちっぽけな勇気で、少女と戦う事を。
袖で涙を拭い、前を見る。

「だけど私...戦うよ。マスター」

少し前まで、恐怖に怯えいつやられてもおかしくないシャルルだったが、表情が変わった。今でも泣き出しそうな姿だが、確かに闘志は燃えていた。

「__分かった。もう止めねぇ...。後は...頼む」

そう言い残し、マスターは倒れた。
気を失っただけと信じ、剣を構え直す。
しかし椿は剣を納刀した。戦う意思がないのかは、シャルルには分からない。様子を見守ると、シャルルに背を向けて歩き出す。

この隙に攻撃すれば__。
一気に走り距離を詰め、シャルルは攻撃を仕掛けた。しかしシャルルの斬撃は当たる事を無く、黒の影を斬る。

「黒い影...!?まさかっ、ぐっ!!」

フワリと一瞬で影が集まると、椿の姿が現れた。目の前に、低い姿勢で刀を構えている。そしてシャルルが攻撃を防ごうと体制を立て直す前に納刀された刀がシャルルのお腹に当たる。

そして一気に振り抜かれ、シャルルは見事に吹き飛ばされてしまった。地面に身体を叩き付けられながらも、受け身を取る。しかし完全なる不意打ちで身構えていたわけでもないため、すこし吐きそうになった。


そしてまた、一つの恐怖が生まれた。
もしもあの刀が抜刀されていたら__。
考えるまでも無い。身体は真っ二つにされていた事だろう。ここで倒れていれば、きっともう大丈夫かもしれない。とも思う。

しかし。
後のことは頼むと言われた。
数時間の間だったが、マスターは命を賭けて守ってくれていたのだ。


それなら私だって__!

シャルルは剣を支えに立ち上がった。シャルルの中で。奇跡的に生まれた小さな勇気は大きな炎となってシャルルの中で燃え上がって行く。


剣を握り、またシャルルは椿の元へと駆けて行く。そして剣を振る。

まただ__。
斬った感触は一切無く、影を切り裂いた。
目の前に現れるかと思ったが、今度は後ろ。
当然シャルルの剣速では防ぎきれる訳もなく吹き飛ばされてしまった。

また、月光花の花を散らしながら地面を転がった。身体が痛い。お腹も痛い。少しだけ頭も痛い。


体制を立て直すとまたシャルルは走り、椿へと向かった。今度は攻撃をする前に、納刀された刀で肩を2発とお腹にまた一撃を放たれる。崩れ落ちる身体に、また一撃与えられ、シャルルはまた吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ...やっぱり...勝てない...で、でも...私は...まだ...。」

しかしまたシャルルは立ち上がる。
椿の方を見ると、もう背を向けてはいなかった。シャルルを一切表情を変えずに無表情で此方を見詰めている。夜の暗闇を照らす月光花の花。そしてシャルルを見る赤い目。

少しだけ怖いけど、戦わねば。
剣を構え、シャルルはまた攻撃を仕掛けた。

しかし今回は、影を斬る事は無かった。
シャルルの剣を、いとも簡単に椿は刀で受け止めた。

敵として認めたのか、ただの気紛れなのか。
表情だけでは分からない。もしかしたら、シャルルの思いを剣で受け止めようと思ったのかも知れない。

何故ここまで?とでも思ったのだろうか。
椿にとって、斬った相手の事など何とも思っていない。むしろ意識すらしていない。

ここまでボロボロにしても、シャルルは立ち上がってくる。今でもそうだ。受け止めた剣を弾き飛ばして、回し蹴りをシャルルに当てて吹き飛ばしても、何度も立ち上がってくる。

無表情だった顔が少し変わった。
少し悩んでいるというか、困惑しているというか__。

「......シャル」

小さな呟きだ。
きっと誰にも聞こえてはいない。
椿が発した初めての言葉。
それは何度も挑んでくる彼女の名だった。

シャルルは少しふらつきながらも、剣を構える。椿の呟きは、シャルルには聞こえてはいなかった。

椿は立ち上がるシャルルを見ては、ついに刀をゆっくりと引き抜いてゆく。ついに抜刀された刀は、マスターとの戦いの時とは色合いが変わった。

__刀に闇が宿る。


「ふぅ...。」
一呼吸置いた。何だろう。
最初は怖くて怖くて仕方が無かったのに。
あの刀を見ても、今は冷静だった。最初襲撃された時は、恐怖でどうしようもなかったのに。

次の一撃は確実に止めなくては...!!
と身構えていたその時だった。
瞬間に椿の姿が消えた。
そして目の前にもう、椿が居る__。

防ぐ?!シャルルの反射神経じゃ絶対に間に合わない。かといって、バックステップでかわそうにも刀のリーチは長い。


確実に射程圏内。
アドレナリンの効果だろうか。
スローモーションのように、椿の刀が動いているのが見える。

「___!!」


そして事の見事に。
刀は切り上げられたのだった。






「旅人少女の冒険綺譚」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く