旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

4-4「月光花に咲く赤い月」

そこはまるで、雲の上を歩いているかのような場所だった。

足下はマナで満ち溢れ、白い煙のような靄が足に絡みついてくる。月光花は膝辺りまで伸びており、白く美しく咲いていた。
初めて見る月光花に、シャルルは見とれていた。風が吹くと、ゆらゆらと花は揺れてマナを出す。

「凄く綺麗...。」

「だろ?ここは夜にしか花が咲かねぇからな。中々見られる光景じゃねぇぜ。俺達のような冒険者か、死にたがりの物好きぐらいだ。」

「一本取っていったら駄目かな?」

「それは止めときな。マナ中毒になる危険がある。そりゃ薬草としては充分使える花なんだが...そいつのマナは、濃すぎるんだ。」

「へぇ...ねぇ?今更なんだけどさ」

「ん?どうしたシャル」

「マナって何かなって」頭を手で押さえつつあははと苦笑を浮かべた。流石に恥ずかしいかもと思ったが、マスターは一つため息をつくと、マナとは何かを教えてくれた。

「マナってのは、人の中を流れる魔力を助ける働きがあるもんだよ。魔力も言ってしまえばマナと同じなんだが、言わば魔力の源だ。勿論、人はマナを使って魔力を生み出すんだが...、マナは人によって蓄積出来る両が決まってるんだ。だから過剰摂取するとマナ中毒になる。」

「確かに一日に使える魔力って限界があるもんねー。気にしないで使ってたから意識してなかったけど。」

「気を付けな。魔力の使いすぎは生命の源を削る行為だ。限界を超えたマナの使用は、最悪の場合死に至るレベルだぜ?」

「ほ、本当?あはは...どおりで意識飛ばしちゃった訳か...」

「にしても、マナも知らずに冒険者やってんのか?こりゃ本当に先が思いやられるぜ...」

シャルルはまた苦笑を浮かべていた。
実の所シャルルは冒険者ではない。旅人だ。今は冒険者として仕事をしているが、これは冒険者の宿の店主が依頼主に言った嘘になる。契約した以上、しかも多額の依頼金が出ている以上は知られる訳にはいかない。

なんとか、話題をすり替えなければ。

「ねぇ、さっきの話に戻るんだけどね?」

「ん?マナの話か?」

「そう、マナの話。それって魔物にも通用しちゃうのかな?相手をマナ中毒にして混乱させるとか!」

「それもお勧めは出来ねぇな。」

「え?どうして?」

「魔物や魔獣は、マナを過剰摂取すると凶暴になるんだ。いや、暴走...?上手い言葉が見つからねえな...兎に角、凶暴化するからやめといた方が良い」

「え?!てことはもしもここで魔獣がとか魔物が出たら...」

「依頼金が高いのも、護衛が居るのも分かったろ?そう言うこった。ほら、お喋りはおしまい。死にたくねぇなら警戒!!」

「はーい...」

つまりは、今が一番の警戒ポイントって事だった。なるほど。ここまで綺麗な花を誰も見に来ない訳だ。

試練の洞窟しかり、月光花の丘しかり。綺麗は場所が沢山あるのに、それを見る為には命を賭けなければならない。

世界は残酷な物だ。
しかし世界は美しい。

誰かがそんな事を言っていた気がするが、シャルルは本当にその通りだなと思った。
そんな綺麗で残酷な場所を、辺りを見渡しながら歩く。

「止まれ」
小さなマスターの声と、手を横に出し店主に合図を送る。流石にいつも声の大きい店主も頷くだけで馬車を止めた。

マスターの視線の先に何か居るのだろうか?
シャルルはマスターの見る方角を見た。遙か遠くに、黒い靄が見える。ギルドのメンバーはゆっくりと剣を引き抜いた。

シャルルもゆっくりと剣を抜く。

「奴は危険だ...迂回できるなら迂回して進みたい。おっさん、それでいいか?」

「あぁ、分かった。極力戦闘は避けていきたい」

「よし、行くぞ。」

再び馬車は動き出した。

それも慎重に、慎重に。

護衛に慣れているマスターが危険と言った相手だ。きっと襲われたら大変な事になる。警戒しなければ...。シャルルは剣を強く握った。また手が震えてきたからである。

しかし、マスターの経験と地形の知識により、見事回避することが出来た。
極度の緊張が少し薄れる。

「ねぇ、さっきのって...?」
シャルルから見れば、黒い靄にしか見えなかった。マスターはしっかりと見えていた。

「あいつはグレンガナードだ。」

「グレンガナード...?ガナードは知ってるけど...グレンって?」

「あぁ。あいつは魔物から魔獣になったガナードの事だよ。ガナード自体はたいしたことは無ねぇ。ただの犬に毛が生えた程度だ。だけど__」

「だけど?」

「闇の力が奴を魔獣へと変貌させる。昔話とかで魔女の話は聞いたことあるだろ?その闇の力がガナードを変えちまったって話だ。」

「魔女...。」
シャルルの苦手な言葉と成った魔女。

等の昔に倒されたはずなのに未だに大地を犯していて、残された闇の力は生物をも変えるのか__。

シャルルは本当に何も知らなかった。
何も知らずに生きてきた。
その現実がこれだ。生きていくために必要なマナと魔力。そしてこの世界の歴史の話。

きっと師匠に、何故教えてくれなかったのかと嘆いても、きっと教えてと言われなかったからと答えるだろう。

読み書きが出来て少し剣と魔力が使えて_。
でもそれだけだった。

シャルルは自分の知識の無さに、嫌気がさしていた。そして決めた。次の街についたら色々なことを調べようと__。

「..ル?..シャル?」
マスターが顔を覗き込んでくる。

「え?あぁごめんね。何の話だっけ?」

「まったくしっかりしてくれよ?急に黙るからびっくりしたぜ...それに、月光花の丘越えはまだまだ先だ。気を引き締めて頼むぜ。」

「うん...あのねマスター。」

「どうした?」

「色々教えてくれてありがとう」

「___気にすんな。」
マスターはシャルルの頭を撫でた。
マナについても、月光花の事も何も知らない彼女にはきっと事情があるのだと思ったのだろう。彼は何も言わす、ただ撫でてくれた。

「私...頑張る。」

「あぁ。」

馬車はゆっくりと迂回しながら月光花の丘を進んで行く。月夜に照らされ、風に揺られる月光花は淡い光で辺りを照らす。

風がやみ、音が消えた。
静かな夜だ。

辺りをまた見渡していくと、人影が見えたような気がした。一緒に隣を歩くマスターの袖を引っ張り人影を指差す。

「あれって...」

マスターはシャルルが指差す方向をじっと見詰める。

___そして叫んだ。

「皆伏せろ!!」

シャルルはマスターに頭を押さえつけられ、伏せると言うか地面に叩きつけられたというか 。でもそれをしなければ死んでいたという現実が、背後にあった。

後ろで何かが倒れた音がしたため、振り返る。すると馬車を引いていた馬の首に、棒のような物が突き刺さっていた。

一瞬の出来事にシャルルは理解できていない。何が起きた?!何が起こった?!もし今マスターに無理矢理倒されなければ...馬の高さから見たら私の首に__。


いつ死んでもおかしくない__。

そう言われた時、それ位の気持ちで警備しろという意味だと思っていた。勝手にそう解釈していた。しかし___。

月光花の丘の夜は想像を絶した。

目の前で起きた現実に、シャルルは恐怖のあまり、声が出ない。

絶叫してもおかしくない状況だが、更にその上に達した。ただただ震えが止まらない。

怖い。本当に、死ぬ。
殺される____。

「___シャル、お前は荷台に隠れてろ。あいつは俺達が相手する」

その言葉にシャルルは首を振った。
一人にしないでと__。

「シャル__。これが護衛の仕事なんだよ...決して楽なもんじゃない。でも俺達は、この仕事に誇りを持ってる。たとえ悪人だろうがなんだろうが、守るべき物の為に戦ってんだ。」

シャルルの訴えを悟ると、マスターはまた頭を撫でた。

「安心しろ。必ず戻る___。」

その一言を伝え、マスターは立ち上がった。
そしてシャルルの命を狙ったであろう姿を確認する。そこには、マスターも予想していなかった者がゆらりゆらりと近付いていた。



___大きな月を背に、銀髪の髪を靡かせ和服のような服を着た一人の少女が立っていた。赤い瞳が、不気味な程に光って見える。
腰には、見たことの無い一本の刀。

容姿を見てマスターは思い出した。
この少女の正体を___。


「まさか...こいつが___!!」

マスターの後ろで斬られた音がした。
マスターが振り返ると、ジャックの肩から腹まで綺麗に割れている。割れて崩れ落ちる背後には少女の姿が見えた。

銀髪の髪が赤く染まっている。
しかし服には不思議なほど、返り血は着いていなかった。

「ジャックーーー!!くそ...この野郎!!」

マスターが剣を構えたその間。
ほんの数秒の間にまた音が聞こえた。
風が吹いたように月光花は揺れる。

その揺れの先にはまた、ギルドのメンバーの後方を守っていた二人が見事に斬られていた。

一人は腰を。

一人は首を。

噴水のように吹き出す血は、月光花を赤く染めていく。

「てめぇ...てめぇだけは...絶対に殺す...!よくも...よくも俺の仲間を....!!」

怒りが有頂天に達した時には、もう斬り掛かっていた。それをいとも簡単に防ぐ少女。
マスターの刃は、少女の腹に当たる寸前で、体格の似合わない刀で防がれていた。
「てめぇだけは生きて返さねぇぞ...人斬りツバキ!!!」

「....」
名を呼ばれた無表情の少女は、無言でマスターの顔を見詰めた。それを鬼の様な形相で睨み付ける。



___それから、少女とマスターの戦いが始まった。


二人の剣筋は最早、凡人には見えない。

光の線が空を斬り、時折火花を散らす。

互角の様に思われたが、少しずつ、マスターの動きは鈍くなっていった。

ツバキの剣を受けるのに精一杯。


そしてこれは当然だ__。
当然の話だった。
ギルドのメンバーやマスターは、月光花の丘に着くまで、ずっと戦い続けていたのだ。勿論魔力は消費している。そしてこの人知を越えた剣術同士の戦いだ。

剣術の腕は互角。
となれば魔力が切れれば勝敗は決する。

甲高い金属音と共に、マスターの剣は宙を舞った。回転しながら地面へと落下し突き刺さる。息を切らして、マスターは膝をついた。腕は今にも落ちそうなほど斬られている。


それに比べ、椿は息も切らさぬままマスターの首に刀を向けた。そして大きく振りかぶる。

「へへ...ここまでか...楽しかったぜ...お前ら...また地獄で会おう...。」

振り下ろされた刹那。
マスターは目を閉じた__。


___。


痛みが無い__。
確か俺はもう斬られて__。

マスターが再び目を開けると、振り下ろされた刀が止まっている。いや誰かが止めている。

一体誰が___。

マスターのぼやけた視界の先に、赤い服が見える。意識がハッキリした時、マスターは心底驚いた顔で名を呼んだ。

____シャル!!!

歯を食いしばり振り下ろされた刀を、全力の剣で受け止めたシャルルの姿が、そこにはあった。

「これ以上...もう誰も殺させない...!!」

恐怖と絶望の果てに__。
一筋の光が差していた。

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