旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

2-3「飛行艇ブルースカイ」


「はぁー...折角の空の旅なのに。変な感じになっちゃったなぁ。もっとこう、パーッと何か出来れば良いのに。」

ベッドで横になり続けるのも、もう飽きたとシャルルはバッと起き上がる。そりゃそうだ。夕方頃に出航してから夜は魔物騒動で眠れず、昼頃に目を覚ましてみたらまた魔物騒動。折角ブルースカイに乗っているのにまだ楽しい思い出が一つも無い。

不気味な思い出だけ残したら、それこそ旅の始まりは残念な物になってしまう。

「あー、うだうだしてても駄目ね。ブルースカイをもっと楽しまなきゃ!」


思い立ったが吉日。
シャルルはコートに手を通してまた外へと出た。相変わらず風が凄く強い。トレードマークの帽子が一瞬で飛んでいきそうだ。

帽子は自室に置いて、シャルルは手摺りに掴まりながら船内へと移動した。そういえば、船内はそんなに探索していないなと思ったからだ。

揺れに気を付けつつ、階段を降りてゆくと、大きな扉があった。ゆっくりと扉を開ける。するとそこには大きな広間があった。奥にはカウンターがあるし、フロア中央にはダンスフロア。ダンスフロアの奥からピアノの演奏が聞こえているし、天井を見上げてみれば大きなシャンデリアが。


他の乗客は楽しそうに談笑している。手に持っているのはお酒だろうか?なんとも大人な雰囲気が醸し出されていた。まだ日は昇っている時間だと言うのに、夜の街へ来た気分だ。

そんな中をシャルルは歩いて当たりを見渡す。そして薄々だが感じていた事があった。

「...ここって私にはまだ早かったんじゃ」

ダンスを嗜んでいる訳でもなく、バーでお酒を飲めるわけでも無く、他のお客とお酒を飲みながら談笑出来るほど、まだ歳は取っていない。もとより、シャルルは島国の田舎で過してきたために、このような場は初めてのことだった。


「で、でもなんかあるかもしれないし...」
と意気込んで歩く。

するとカウンターに座る一人の女性と目が合った。するとヒラヒラと小さく手招きをされる。見たことも無い女性だ。ウェーブの掛かった長い黒髪。黒いドレス。首元には金色のネックレスを身に纏っていた。

この誘いに乗るべきなのか?いや、これはやめた方が良いのでは__。

しかし足はカウンターへと向かっていた。
心に反して身体が勝手に向かっていくような感覚に、シャルルは少し焦りを覚える。手招きをしてきた女性の隣の席へと腰をかけた。椅子が少し高い気もするが、それはもう仕方がない。

「ねぇ...貴女、まだ若いわよねぇ。どうしてこの飛行艇に乗ったの...?」

急な質問だ。独特な雰囲気を身に纏う女性に、シャルルはかなり緊張してしまった。緊張と言うよりは...恐怖心に近いのかもしれない。楽しもうと思って此処に来たが、楽しむとは程遠い感情だ。

「えっと...わ、私はその__。」

女性はシャルルの様子を見て笑みを浮かべた。そして顔を覗き込むように見詰めてくる。

「あらあら、緊張してるの...?別に緊張しなくても良いのに...。折角の船旅よ...?もっと楽しまないと...ね?」

シャルルはさらに焦りを覚えた。
女性の赤い瞳に、心の奥底を見抜かれたような気がしたのだ。

「は、はひ...」
シャルルはもう緊張のあまり、タジタジになってしまっている。

「そうねぇ...。先に名を教えてあげた方が良さそうね...。私の名前はルーシェ。よろしく。貴女の名前は...?」

「シャ、シャルロットです...」

「そう...じゃあシャルって呼ぶわね...?」

ルーシェと名乗った女性は足を組み直すと、また此方を見詰めてくる。シャルルにとって、この様な女性はどうも苦手だ。しかしそうは言ってはいられない。旅をする上で、人との関わりは欠かせない。

「それで最初の質問に戻るけど...なんでこの飛行艇に乗ったの...?」

「わ、私...これから旅人としてその...、師匠からチケットを貰って、それでブルースカイに乗って...。」

「つまり...あの島を出て、新しい場所で旅人になるのね...?そう...そうなの。きっと素敵な旅になるわよ...?」

「そ、そうなると良いんですけど__。」

「ふふふ...なるわよ...私には分かるわ...?シャル...。」

また顔を覗き込まれた。真っ赤な瞳が、シャルルの瞳をしっかり捉えている。目を反らしたいが、それを許さないようにしっかり見詰められる。

「ふふ、怖がらせちゃってるみたいねぇ...?マスター...グラシアのカクテルってある?勿論アルコール抜きでね...?この子の先にある素敵な旅に乾杯しなくちゃ...」

「かしこまりました。」
バーテンダーの男性は、手慣れた手つきで準備を始めた。シェイク音が、やけに大きく感じるほどシャルルはもう、時が止まったかのように緊張の連続だった。

あの目はどうもなれない。しかもあの覗き込む仕草。シャルルは身を縮めながら、下を向いて、早く立ち去りたいと強く願う。

「__お待たせしました。グラシアードプリンスです。アルコールは入っておりませんので、御安心を。」

シャルルの前に、カクテルグラスが置かれた。グラスの縁に、グラシアの切り身が添えられてある。これが一人でならどれだけ気が楽だっただろうか___。

「さぁ、シャル?乾杯」

「い、頂きます」

ルーシェは先程まで飲んでいたであろうグラスを手に取りシャルルに向けた。シャルルは出されたカクテルグラスを手に取ると軽く会釈する。

一口飲んでみると、シャルルの大好きな味だった。グラシアの実よりもスッキリとした甘さと酸味があり、雑味と苦みは無い。果実感もしっかり残っており、シャリシャリとした食感も残っていた。

「美味しい...。」

「そう?気に入ってくれたなら良かったわ...。それじゃあ私は行くわね...?それは奢りよ...良い旅をね...シャル。」

「あ、あの__。」

ルーシェはお金をバーテンダーの前に置いて消えてしまった。先程席を立ったばかりなのに!当たりを見渡してもそれらしい女性は見つからなかった。

「...ねぇ、バーテンダーさん」

「__なんでしょう?」

「さっきの女性って知ってる...?」

「...さぁ。私には分かりませんね。長年ここでバーテンダーをやっておりますが...あの女性は初めてのお客様だったと記憶しております。」

「そう...だよね。ごめんなさい。」

一口飲んでまだ残っているカクテルグラスを見つめた。あの赤い瞳がまだ目に焼き付いているのか、カクテルの水面に赤いもやが見えるような気がして、一気に飲み干した。

さっきまでの緊張感は無くなった。にしてもあの真っ赤な瞳を持つルーシェとは一体何なのだろうか...。冷静に...冷静に。


「__お代わり為さいますか?」

「いいや、大丈夫。ありがとね。カクテル美味しかったよ」

「左様で御座いますか。またのお越しをお待ちしております。」

シャルルは立ち上がり、その場を後にした。
早くその場を立ち去りたかったのだ。折角、楽しい時間を過ごそうと思ったのに!

「はぁ...変に緊張しちゃったなぁ...というか、ブルースカイに乗ってからあんまり良いことない気がするよぉ...。いや、ある意味特別なのかも?噂の空飛ぶ魚の魔物を見たし...あのルーシェって恐ろしい女性と出会っちゃったし...。」


廊下をブツブツ歩きながら部屋へと戻った。通りすがりのお客に変な目で見られていたのを、シャルルは知るよしも無かったのだった。
















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