旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

2-1「飛行艇ブルースカイ」

飛行艇ブルースカイが飛び始めてから、数時間が過ぎた頃。


シャルルは客室のベッドで横になっていた。
まだ白紙に近い手帳をパラパラと捲り、これからどんな事があるのだろう?どんな景色が見れるのだろうかと想像していた。

手帳には試練の洞窟最深部の景色の絵と、記憶が曖昧だが、一応書いたゴブリンの親玉の絵が描いてある。それほど、重要な出来事では無いのかもしれないが、シャルルにとっては、旅の始まりの絵だ。

新たにブルースカイの絵が描かれるのは言うまでも無い。


「はぁー...眠れない...」

横になり、随分と時間はたったはずなのだが、妙に眠れない。シャルルは遠足前に眠れないタイプだ。ワクワクして、妙に気が高揚してしまう。

旅の始まりの初夜だ。しかも憧れていた飛行艇ブルースカイに乗っている。そりゃワクワクもするだろうが、こんな事で眠れないとなれば、今後の旅はいつ眠れるのだろうか...。



「夜風でも浴びようかな」

シャルルは起き上がると、いつも着ているコートを羽織り、扉を開け外へでた。空の上を飛行しているために、冷たい夜風が吹き抜けてくる。しかしそこには、シャルルの見たことの無い景色が広がっていた。

「わぁ...これ全部星なんだ...」

シャルルの目に飛び込んできたのは、見渡す限りの星空だった。現在飛行艇ブルースカイは海を横断中だ。光はブルースカイにあるランタンの光だけ。シャルルの居た島でも、星は綺麗に見えていたのだが、雲の上を飛行しているブルースカイからの星空は、また一段と綺麗だった。

シャルルの瞳にも、星空が映り込んでいる。まぁそれを見ている者は居ないのだが...。




そんな一面の星空を眺めていると、遠くから何かの鳴き声が聞こえた。鳥だろうか?とシャルルは当たりを見渡す。しかし、何の陰も見えない。身を少しだけ乗り出して前を見ると、そこには大きな魚影があった。

「あれってまさか...!果物屋のおじさんが言ってた...!」

____空を飛ぶ魚の魔物!!



魚にしては、妙に大きい。
ブルースカイよりも大きいかもしれない。
そんな大きな魚影が、空を泳ぐように動いている。もしも噂が本当で、あれがブルースカイを襲ったとなればひとたまりも無いだろう。一撃突進されただけで、木っ端微塵かもしれない。

シャルルは急いでデッキへと向かった。
そこから見ればしっかり視認出来るはずだ。
シャルルがデッキに着くと、魚影は少し遠ざかっていた。しかし、まだ視認は出来る。鳴き声も確かに聞こえていた。

遠ざかる黒い魚影を見続けていると、魚影の周りを雲が覆うように現れる。そして魚影が雲に包まれると、その姿は消えてしまっていた。

「...何だったんだろう...あれ...。魔物なら襲ってきてもおかしくないのに...」

何事も無く風を切り空を進むブルースカイ。
シャルルはデッキから暫く、先程まで居た筈の魚影を探す。魚影が消えても、シャルルの耳には確かに鳴き声が聞こえていたのだ。


空の旅一日目の初夜にして、シャルルは確かに噂の空飛ぶ魚を見たのだった。


___________○___

次の日の朝。
一睡も出来ずにいたシャルルは、フラフラになりながら食堂へと足を運んだ。


ブルースカイに乗る乗客は多いのだが、食堂のスペースが少し狭いため、時間をずらして料理を提供するスタイルだ。指定された時間に来てくださいとアナウンスもあるし、乗務員がわざわざ教えに来てくれた。


食堂の椅子へと座り、出された水を一気に飲み干す。眠気覚ましというか意識覚ましというか。ボヤッとした意識をなんとかしなければ。


そんなシャルルの様子が、明らかに調子が悪そうに見えたのか、料理を持ってきた女性に声をかけられた。


「お待ちどう様です。あらあら、お客様大丈夫ですか?顔色が優れないようですけど。」


「いえいえ...大丈夫です。ただ昨日、一睡も出来なかっただけで...。」シャルルは苦笑を浮かべながら答える。

「ふふ、空の上で寝るなんてことは滅多にありませんからねー。中々寝付けないと言われるお客様も多いんですよ?揺れもありますしねー」


「そうなんですか...。あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんですけど__」

シャルルは昨日見た空飛ぶ魚の事を話した。
誰か見ていないか、あの魚について知っている人は居ないかと。しかし返答は、そんな影は見たこと無いし、昨日もそんな魚影は見えていないとのことだ。

勿論、ご飯を食べ終わってから警備兵にも質問をしてみたが、結果は惨敗。
一晩中警備していた兵士が居たが、そんな報告は受けていないし、鳴き声も聞いていないとの事だった。


「はぁー...夢でも見てたのかな...。」

シャルルは自室の客室へと戻り、ベッドに横になった。昨日は確かに寝ていないはずなんだけど...。夜風の冷たさも、夜景も本物だったはずだ。となれば、あの魚影だって__。

しかしそれを見ていたのはシャルルしかいない。鳴き声を聞いたのもシャルルしかいないという状況だ。当然信じてくれるわけも無い。だが噂は確かに本当だった。

ブルースカイの航路に
空を飛ぶ魚の魔物が居る__。

あれは魔物なのだろうか...。
シャルルはそんな事を考えながら、いつの間にか睡魔にやられ、眠ってしまうのだった。





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