旅人少女の冒険綺譚

野良の猫

1-7「試練を超えて-3」


「あれ....ここは...?」
シャルルが目を覚ました時、とある村の病室だった。体をゆっくりと起こす。身体の痛みは無い。

服は白のパジャマに替わっていた。意識がない間に、着替えさせられたようだ。

周りを見渡すと治癒の妖精が数匹飛び回っていた。妖精の一匹が、シャルルの頭に乗り座る。

「私...あの後...」

シャルルが思い出そうとした時、病室の扉が開く。看護婦だろうか。水の入ったコップとタオルを持っていた。シャルルの顔を見るなり、微笑みながら近寄ってくる。

「目が覚めた...?大丈夫?」

「はい...大丈夫です。あの、えっと...ここは?」

「ここはアストール村の診療所。大変だったんですよー?後少し遅かったら、間に合わなかったかもしれないんですから」

「そうですか...。」
事態は深刻だったみたいだ。まぁ意識を飛ばしてしまう程の無理をしていたのだ。無理もない。

「兎に角無事で何よりです。今はゆっくり休んでくださいね?」

看護婦は、小さいテーブルにコップとタオルを置いた。その様子をぼんやりと眺める。
横に目をやり、花瓶に生けられた花を見て、シャルルは思い出した。

あの少年は無事なんだろうか__。 

「あの!えっと...あの子...えっと__。」

シャルルは少年の事を聞こうとしたが、肝心なことを知らなかった。そういえば、あの少年の名前を聞いていなかったのである。

どう説明したものかとあたふたしていると、看護婦は指を唇に当てた。

「シー...そこですよ」
そしてベットの横を指差す。

「ん...。」
少年はベットの横の簡易ベットで横になり眠っていた。目には涙を流した後が残っている。

「その子、あなたが此処に運ばれてからずっと離れなかったんですよ...?看病も手伝うって、薬草取りを手伝ってくれたり、色々あなたの為に頑張ってくれたんです。もしその子が起きたら...お礼を言ってあげてくださいね」

「分かりました...。ありがとうございます」

看護婦は微笑みを絶やさないまま、一礼すると部屋を後にした。


シャルルは、横で眠る少年に手を伸ばす。
「心配かけてごめんね...」小さな声で御礼を伝えながら、頭を撫でる。

妖精達はヒラヒラと、病室を飛び回った。
シャルルはゆっくりベットから降りると、窓を開ける。

外は黄昏時だ。
黄金色の空の奥は、赤く染まっている。
意識はハッキリしているはずなのだが、まだ頭はボーッとしていた。ぼんやりと、外を眺める。

そしてまた、病室の扉が開いた。
知らない女性が一人病室に入ってくる。

「シャルルさん...!無事だったのですね。」

小走りで駆け寄ってくる女性を、きょとんとしながら見詰めた。一体誰なんだろうか。知り合いにこんな人は居ないはずなんだけど。

「あの、どちらさまでしょう...?」

「あぁ、そうですね。まずは名乗らなくては。私は__。」

「おかあさん...?」
名乗ろうとしたのを遮ったのは、少年だった。少しうるさかっただろうか。起こしてしまったのなら申し訳ない。

少年は目をこすりつつも、二人の姿を見た。

「んー...あぁ!シャルルお姉ちゃん!」
姿を見るなり、ガタンと立ち上がった。
そして泣きそうになりながらシャルルに飛びついた。

「うわぁぁん、良かった...良かったよぉぉ」
少年はシャルルに抱き着きながら泣いてしまった。それを宥めるように、ゆっくり少年の後ろに手を回して、背中をポンポンと優しくたたく。

「あわわ...。うん、心配かけてごめんね。」

「こらアル。シャルルさんは病み上がりなんだからやめなさい」

女性が少年に声をかけた。
お母さん?そして少年の名前を呼んだ?
それはつまり___。

「あの、貴女はこの子の...。」

「そうです。私はアルの母親です」

あぁ、やはりそうかとシャルルは安堵した。

「その子から聞きました...。あの薬草を採ってきたのは貴女だと。そして、アルの事を命をかけて守ってくれたと。」

アルの母親は深々と頭を下げた。

「この御恩は一生忘れません...!アルの為に...貴女は命をかけて守ってくれました...!シャルルさん...私たちに出来ることは限られますが...何か御礼を__。」

「いいえ、御礼は...大丈夫です。」

アルの母親は顔を上げた。シャルルは微笑みながら話を続ける。

「私も助けられました...。あの薬草の場所が分かったのも、私が今此処で生きているのも、全てアル君のお陰なんです。だから__。だから御礼なんていりません!アル君と貴女が無事だったなら、それで十分ですから」

「本当に...ありがとうございます」
シャルルは微笑んだまま、アルの頭を撫でた。

「ありがとね、アル君。君のお陰で私助かっちゃった。」

しゃくり上げ泣いていた少年は、ポケットから小さな小瓶を取り出した。虹の砂の入った小瓶だ。それをシャルルに手渡す。

「シャルルお姉ちゃん..これ...返すね。」

「うん...。預かってくれててありがとね。」

シャルルは小瓶を受け取ると、御礼を伝えた。少年は、涙混じりに笑顔になる。


少年の使命は終わった。
大切な物を守ると言う使命を。

シャルルも、一つ試練を超えた。
笑顔を守ると言う試練を。

窓から爽やかな風が吹くと、シャルルの髪を揺らした。そしてシャルルは、手渡された虹の砂の小瓶を夕日に照らした。キラキラと虹色に輝いている。


夕焼けを見詰めるシャルルの横顔は、
幸せそうに笑っていた。








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